第27話あらやだ! 三人の役目だわ!

「しかし、君の料理は素晴らしかったな。確かハンバーグステーキと言ったね」


 拍手が鳴り終わった後、クラウスを褒めたんは街一番の精肉業者さんやった。

 するとクラウスはにやりと笑う。なんや知らんけど策が上手くいきそうな策士のような笑みやった。


「ええ。どんな屑肉でもこのように美味しく調理できます。ハンバーグ以外にもいろいろありますが、なんと言っても安価な肉が美味な料理に変わるのは魅力的じゃないですか?」

「うん。確かにそうだね。だから――」

「特許は既に申請してありますよ。だから自由に店に出すのはできません」


 さらりと言うたクラウスにそれまで穏やかに話しとった肉屋さんは固まってもうた。多分、なんやかんや言うてハンバーグの調理法を譲ってもらおうとしたんやろうな。


「でもご安心ください。みんなが幸せになるような提案を用意していますから」

「……それはどういう意味かね?」


 今度は銀行の副頭取が口を挟んだんや。これはおそらく金の話になると踏んだからやろうな。


「まず、最初に言っておくのは、あなた方五人全員に利益があるということです。付け合せの野菜を食べましたか? それから魚でも代用可能なのは分かりますか?」


 それを聞いた野菜の卸売り業者と魚介の輸入業者も色めきあった。そらそうやろうな。自分たちは関係ないと思っとったやろうし。それが自分にも利益があると分かったら嬉しいやろうな。


「まず、付け合せの野菜。以前は薬として使われていたのですが、最近野菜として食べられるようになった人参。これは調理次第で子供も嫌がらずに食べられます。グラッセというやり方です。他にも不味いとされる野菜を美味しく食べられる調理法で付け合せにします」

「それは素晴らしい! どんどん野菜が捌けるというわけだな!」

「次に魚ですが、大衆魚とされるいわしを使います。いわしのハンバーグですね」


 けれど魚介の輸入業者は「しかしいわしは包丁を入れると鉄臭くなってしまう。ハンバーグでも同じではないか?」と苦言を呈したんや。

 まあ確かにミンチにするには包丁で刻まなあかんからなあ。


「それにだ。いわしは小骨が多い。まさか骨ごと食べさせるのか?」

「ご安心ください。そのための道具はあります」


 そう言うて取り出したのは、包丁の形をした白っぽいものやった。


「な、なんだねそれは?」

「竹でできた竹包丁という調理器具です。いわしは身が柔らかい。竹でも十分に捌けます」


 なんや知らんけど、テレビの実演販売を観てる気分や。


「この竹包丁の作り方も特許を申請しました。だから他の方に使われることはありません」

「――では、君は何が目的なんだ?」


 議員さんの質問にクラウスはにっこりと笑った。


「ハンバーグを古都の特産品にしましょう。そうすればもっと古都は賑わうでしょう」


 この提案は概ね受け入れられた。受け入れられない理由がなかったからや。

 精肉業者は屑肉が売れる。野菜の卸売り業者も人気のない野菜が売れる。魚介の輸入業者も下魚とされたいわしが売れる。副頭取も古都に落ちるお金が増えることはプラスになるし、議員さんは言うに及ばずや。

 クラウスの強かだったのは次の言葉からやった。


「ハンバーグの最も美味しい作り方は僕だけしか知りません。ハンバーグを売りたい場合は僕に使用料を払うこと。そしたらレシピを差し上げますよ」


 周りに観客がおったおかげで、古都中に話が広がった。今やクラウスは『ランクSの魔法使いでありながら一流の料理人』という名声を得たんや。

 なんちゅうか、そのために代理になったんちゃうかと思うてまう。

 ……いや、まさかなあ。






「なあ。クラウス、ユーリさん。今度の自習のときに騎士学校に行かないか?」


 料理対決の四日後。基礎演習の授業のときにランドルフに提案されたんや。


「騎士学校? どうして? あたし剣なんか振れへんよ?」


 唐突すぎて意味が分からんかったから訊ねると、クラウスも「僕も肉体派ではないですよ?」と疑問に思うたらしい。


「いや、一緒に授業受けろってことじゃねえよ。お前ら有名人に会いたいって騎士学校の連中がうるさいんだよ」

「なんや有名人? あたしが? クラウスじゃなくて?」


 謙虚やなくて事実を述べると、ランドルフは呆れ顔になった。


「何言ってるんだ。ホットポカリの発明者が。あれ、騎士学校でも人気があるんだぜ?」

「あらやだ。そないに広まっているの?」

「試験的に騎士学校に導入されたんだ。運動後の水分補給はホットポカリのほうが効果的だってデータも出てるしな」


 知らんかった。世界は分からんうちに回っとるんやなあ。


「クラウスもハンバーグで有名だからな。子供が有名人に会いたいのは当然だろうよ」

「何を言っているんですか? 聞きましたよ? ランドルフさんこそ魔法使いでありながら騎士学校じゃ次席だってね」

「次席といっても実技だけだ」

「それが埒外なんですよ」


 なんか知らんけど、みんな頑張っとるなあ。あたしも負けてられへんな。


「まあ話は分かったわ。騎士学校に行ってもええで。クラウスもええやろ?」

「別にいいですけどね。暇ですし」

「おお。すまないな。ミーハーが多くて困るんだ」


 そこまで話したとき、教室の扉ががらりと開いた。クヌート先生や。相変わらずやる気のなさそうな顔をしとる。


「えー、三人に言っておくことがある。お前ら全員外出許可が出た。自由に魔物を狩ってもいい」

「本当ですか! 夢にまで見た魔物料理ができるなんて!」


 クラウスが飛び回らん感じで喜んどる。クヌート先生は複雑な目で見とるけど、あたしは結構楽しみやった。魔物食は珍味なんやろうか。


「突然だな。どうしてだ?」


 ランドルフの言葉にクヌート先生は「この前の郊外訓練の結果からだな」と言うた。


「だけど危険なことには変わりない。特にユーリ。もっと攻撃魔法を勉強しろ」

「ええー。今ちょっと『浄水』と『清風』の練習しとるんやけど」

「なんでそんなしょぼい魔法を練習しているんだよ」

「便利やからな。『浄水』はいつでも飲用水が飲めるし、『清風』は心地良い風が当たるからな」

「ざけんな。真面目にやれ」


 真面目にやっとるけどなあ。絶対に必要になる魔法やし。


「まあいい。今日は前回の続きだ。魔族について話す。教科書はいらない。真面目に聞くように」


 そうしてクヌート先生の講義が始まった。


「前回の授業で魔族を『この世で最も醜悪で最悪、それでいながら最強の種族』と評したんだが、これは間違いではない。かつて龍族が滅ぶ寸前、最後の生き残りが自分の生命を生贄にして、新しい種族を創った。それが魔族の始まりだと言われる。その後、魔族の中から王、通称魔王が生まれたんだ」


 うわあ。まるっきりRPGの設定みたいなんやな。


「しかし魔王は六英雄の手によって滅びたんだ」


 六英雄、『勇者』『聖女』『賢者』『剣聖』『教皇』そして『皇帝』やったっけ。


「魔王との戦いは筆舌に尽くし難いほど激しかった。まず『剣聖』が死に、『聖女』が『勇者』に後を託し、『勇者』は相打ちで魔王を倒した。残された三人はそれぞれ別の大陸に渡り、国を創ったとされる。この大陸、ノース・コンティネントは『皇帝』が建国したんだ」

 なんか謀ったように三人と三つの大陸に分かれたなあ。それは疑いすぎやろか。


「ではどうして六英雄たちは魔王と魔族を滅ぼさなければならなかったのか。クラウス、分かるか?」


 クラウスは首を捻りながらも「龍族が復讐で創ったものだからですか?」と曖昧な答えを出した。


「違うな。魔族が最悪なところ。それは――自分の種族以外を『食べる』からだ」


 食べる? つまりそれは――


「そうだ。人間、エルフ、ドワーフ、ホビット、巨人、小人、獣人、魚人、鳥人その全てを奴らは食べる。食べる食べる食べる。もっとおそろしいのは言葉が通じるところでもあるな。魔物と一線を画すのは言葉が話せる。それだけの理由だ」


 なるほどなあ。生存闘争の面もあったんやな。


「だからこそ、魔族は打倒しなければならないんだ。それがランクSの役目でもある」


 ランクSの役目? あらやだ。さらりととんでもないことを先生は言うたわ。


「役目ってどういうことだ?」

「ランドルフ、決まっているだろう。何年後か分からないが、お前たち三人は魔族の住む島に行くんだ」


 クヌート先生は慈悲もなく言うた。


「だからこそのランクSだし、その分大切に育てているんだ。理解したか? 理解したらさっさと強くなれ。でないと死ぬぞ?」

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