第24話あらやだ! 事情を聞くわ!

「詳しく訊こうか。話を聞く限り、あいつらは地上げ屋ではなく、同業者――料理人だろう? なんでこの店を欲しがるんだ?」


 元やーさんのランドルフの言葉にエバさんは頷いた。


「ええ。それに彼らにはきちんとした店もあります。この店を買収するメリットはないはずです」

「それは違うな。おそらくあいつらはこの老舗から独立して日も浅い。ギルドに加入したのは確実だが、正当性というものはない。それを欲しているのだろうな。加えて同業他社を潰すのは鉄則だ。独占することで集客力も増すに決まっている」

「……ランドルフ。あなた結構そういう方面に頭回るのね」


 デリアは意外に思うとるやろな。貴族の家に育てられたのは同じやけど、これは経済というかやくざの手口そのものやねんから。


「まあな。もし俺が向こうの立場なら、食材の流通を制限する。つまりここにはあまり上等でないものしか回さない」

「おっしゃるとおりです。そのせいでお嬢様は上質ではない食材を使って料理を行なうしかありませんでした。しかし常連客は舌の肥えた貴族さまや商人ばかりです。すぐに評判は地に落ちました」


 ロニーさんの話を聞いたランドルフは「クラウスの舌は確かなようだな」と笑ったんや。


「どうして、ロイはこんな嫌がらせをしてくるのでしょうか。一緒に修行した兄弟子なのに、他の料理人も引き抜いて、どうして――」


 エバさんが俯いてしまったのを見て、ランドルフは何かを思いついたんや。


「うん? ああ、なるほどな。つまりこの店の先代はエバさんの親だったわけだな」

「え? はい。父の跡を私が継ぎました」

「それがロイは気に入らなかったのか?」

「そういうわけではありません。最初の一年は手伝ってくれました。それに婚約もしたんです!」


 婚約? うん? ロイとかいな?

 ランドルフも顔をしかめて「訳が分からないな」と疑問に思っとる。


「そのままでいれば店は自動的に手に入るはずだ。なのに――」

「ランドルフさん。僕にはなんとなく分かりましたよ」


 クラウスはにやにや笑いながら口を挟んできた。


「どういう意味だ?」

「うーん、詳しくは言えませんけど、似たようなことが前にありましてね。だから分かるんですよ。まあそれは置いておくとして、エバさんに言わなければいけないことがあります」


 そう前置きをして、クラウスはエバさんとロニーさんに向かって言うた。


「はっきり言いましょうか。エバさん。あなたには料理の才能、というより料理人の資格がないようですね」

「なっ――」


 その言葉にいち早く反応したんはエバさんやのうて、ロニーさんやった。


「失礼じゃないですか! お嬢様の料理はこんなにも美味しいのに! 何故そのような酷いことを!」

「事実を言ったまでです。エバさんには料理人として何かが欠けています」

「何を根拠に――」

「なら、勝負しませんか?」


 クラウスは自信たっぷりに言うた。


「次に出てくる予定の肉料理とメイン。そしてデザートとドリンクを持ってきてください。その後に僕が料理を作ります。肉料理からドリンクまでね。それでどっちが美味しいかを決めてもらいます」


 エバさんは顔を真っ青にしながら「分かりました。もう既に用意はできてます」と言うた。


「あなたが何者か知りませんけど、そこまで言われて引き下がれません」

「結構。厨房を借りてもいいですか?」

「ええ。いいですよ」


 クラウスは立ち上がり、店の奥に行ってもうた。


「な、なんだか変な風になりましたね、ユーリ」

「そうやな。でもイレーネちゃんには得やろ? 美味しい料理が食べられるんやから」


 そないな会話をしているとエバさんの肉料理が来よった。ローストビーフやった。食べてみると確かに肉は上等やないけど、調理法もそないに間違ってはないな。


「次はメインです。大トロのステーキです。こちらの二種類のソースからお選びください」


 これも美味しい。文句のつけようがないな。


「最後のデザートはプティング。ドリンクはコーヒーです。砂糖をどうぞ」


 甘さひかえめのプティングとコーヒーは相性がええ。

 しかしクラウスはこのフルコースを超えられるんやろうか?

 それから三十分後、クラウスは厨房から出てきよった。


「それじゃあ。僕の肉料理から食べていただきます」


 クラウスはにこやかな顔で肉料理を出してきた。


「まずはビーフストロガノフです。こちらのパンを浸して食べてください」


 え? こんな短時間でビーフストロガノフ? 煮込み時間が足らんちゃうの?


「……見た目は美味しそうですけど、こんな短い時間で十分な旨みが出るわけがないわ」

「まったくです。料理を舐めていますね」


 エバさんとロニーさんは口々に文句を言うとる。あたしはそんな二人を尻目にスプーンで掬って一口啜る。


「……こら美味しい! なんやねん、これ!」


 お腹が一杯なのに食わずにはいられへん。牛の旨みが口を喜ばせてくれる。深い味わいが食欲を増進させる!


「……嘘でしょ? 今まで食べたことないわ」


 デリアも驚嘆の声をあげる。エーミールは夢中で貪っておる。イレーネちゃんは自然と涙を流してる。ランドルフは頷きながら食べている。

 エバさんとロニーさんは不思議でしゃーない顔をしとった。


「次はメイン。マグロの素揚げに特製ソースをかけたものです」


 丸っこいマグロの素揚げ。一口かじると汁が溢れて、口を喜ばす。ほんのりとした苦味も感じる。これも美味しい!

 みんな黙って食べとる。言葉がないようや。エバさんもロニーさんは愕然としとる。


「最後はレモン・メレンゲパイと紅茶です」


 ふわふわする食感とレモンの刺激がさわやかでたまらんな。お腹一杯なのに、食べられた。


「さて。どちらのほうが美味しかったですか?」


 クラウスの言葉に誰も何も言われへんかった。そら圧倒的にクラウスのほうが美味しいんやけど、エバさんが泣きそうな顔をしとるから、誰も何も言えへんのや。


「……お嬢様。これは私たちの負けですね」


 ロニーさんの言葉にエバさんは大粒の涙をこぼした。そしてクラウスに向かって「どうして、このような美味しい料理が作れたんですか?」とけなげに言うた。


「僕の料理はあなたの作った料理の余り物を使って調理したんです」

「……え?」


 クラウスは「どんな食材でも長所があります」と説明し出したんや。


「牛やマグロの骨周りの肉は部位によっては大きく勝ります。特にマグロの中落ちは生でも食べられるほどです。それを骨やワタと一緒にすりおろして素揚げして調理したんです。メレンゲパイもあなたの卵黄を取り除いた卵白から作れます」

「…………」

「でもあなたは食材を活かす調理をしてこなかった。先代から受け継いだ調理法だけで料理をしています。それは食材のことを考えていないことになります。食材に向き合えない料理人。だから――あなたには料理人の資格がないんです」


 エバさんは目に見えて落ち込んでおった。ロニーさんは何も言えへん。


「クラウス。お前の言いたいことは分かったが、どうやって買収からこの店を救うんだ?」

「簡単ですよ。工夫してメニューを変えるんです。安価な食材でも美味しく食べられるメニューにね」


 そうは言うても難しいやろな。新しくメニューを考えるって。


「もう一つ、簡単な方法があるぜ」


 ランドルフが険しい顔で提案したんや。


「ロイの西土亭と料理対決するんだ。正々堂々とな。勝てば嫌がらせをやめることを条件に戦うしかない」

「……もしもこちらが負けたら?」


 ロニーさんの言葉にランドルフは「簡単なことだ」と言う。


「料理人を引退する。そして買収に応じるのだ」

「そ、そんなこと、許されるわけが――」

「安心しろ。必ずこっちが勝つ。何故なら――」


 ランドルフは立ち上がってクラウスの肩に手を置いた。


「クラウス。お前が手伝うか、代理に料理をするか選べ」

「……僕がですか?」

「ああ。偉そうに言っておいて、見放すのは良くねえだろう」


 クラウスはどうしたものかと悩んどった。そこにエバさんは頭を下げたんや。


「お願いします! 私たちに協力してください! この店を守りたいんです!」


 クラウスは天を仰いで考えて、そして溜息混じりに言うた。


「……はあ。分かりました。乗りかかった船って言葉もありますし」


 それを聞いたエバさんとロニーさんは喜んだんや。


「それで、対決はいつにするん?」


 あたしが何気なく訊ねるとランドルフは「向こうに俺が話をつけに行く」と言うた。


「まあ、近いうちにケリをつけるさ」





 ランドルフがどんな交渉したんか知らんけど、料理対決はすんなりと認められた。

 勝負は三日後。場所は両者に関係のない食堂で行なわれるらしい。

 なんや、ドキドキしてきたなあ。

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