第25話あらやだ! 料理対決するわ!
三日後。東風亭と西土亭の料理対決は古都の大衆食堂、『空きっ腹』で行なわれることとなったんや。この大衆食堂はイレーネちゃんと出会って間もない頃に行ったことがあって、それなりに美味しかったことを覚えとる。
そのイレーネちゃんなんやけど、この場には居らんかった。いや、イレーネちゃんだけやのうて、デリアとエーミールも居なかったりするんや。理由は授業があるからや。ランクSは自習が多いから、こうして立ち会うことができるんやけど、三人はびっしりと時間割が決まっとるからな。三人、特にイレーネちゃんは残念そうな顔をしていたけど、こればかりはな。
というわけで、ランクSの三人がこの勝負の発起人となったわけや。まあ発起人ちゅうのは審査員ちゃうねん。どっちかと言うたら東風亭に肩入れしてるあたしらは公正な審査なんてできひん。
せやから、審査員は古都でも美食家の名の華々しい人たちにやってもらうことになったんや。総勢五人。街一番の精肉業者、野菜の卸売り業者、魚介の輸入業者に銀行の副頭取、そして古都の貴族議員。彼らは公正な判断を下してくれるやろ。
「しかし、どうやって集めたん? まさか暴力的なことしてへんやろな?」
気になったので隣で立っとるランドルフに訊ねると首を横に振った。
「そんなことはしてない。ちょっとランドスターの名を使っただけだ」
「それだけでこれだけのメンバーが集まるのかいな?」
「ランドスターの名を舐めるな。それに美味しいものが喰える。集まるのに十分な理由だ。ましてやこの街の老舗と新進気鋭のレストランの対決だ。不味いものは食わせないだろうと考えたんだろう」
まあそれは分かるのやけどな。
他にも気になっとることがあった。それは三人の関係や。エバさんとロニーさん、そしてロイの関係。あたしの勘が正しかったら、ロイはそないな『悪者』ちゃうんやけどな。
でもそれは勝負に勝ってから訊いたほうがええな。
審査員席に五人が座って、その正面にはエバさんとロイが直立不動の姿勢で立っとる。
「それでは料理を作ってもらいたい。できればフルコースが食べたいところだが、それでは審査に時間がかかるし、優劣もつけがたい。だから一品だけで勝負してもらいたい」
代表して議員さんが言葉を発した。これは前もって決められたことやけど、食堂にひしめく観客に向けての言葉でもあった。娯楽の少ない時代や、料理対決は祭りと等しいのやろ、たくさんの人が集まっとる。
「それで、今回の料理なのだが、肉料理とさせてもらう。材料は自分たちで用意する手はずになっているが、準備はいいか?」
ロイは「もちろんです」と答えた。エバさんは不安そうやけど「大丈夫です」と答えた。
「よろしい。では始めたまえ。先攻は西土亭からだ。ロイくん自ら料理を行なう。しかし東風亭は――」
そこで議員さんは困ったような笑みを見せた。
「魔法学校の生徒、クラウスくんを代理として料理を行なうらしいが、本当にいいのかね?」
「はい。私は彼に賭けました」
その言葉にロイはなんともいえない笑みを見せた。嘲笑っているのか、同情しているのか分からん笑みやった。しかしこれであたしは確信した。
この人は偽悪者やと。
「本当に大丈夫なんでしょうか。お嬢様が心配です……」
あたしの傍に控えているロニーさんは心配そうにしとるけど、あたしは何の心配もせえへんかった。
クラウスの実力はエバさんとの勝負で証明されたからや。エバさんでは勝てない相手でもクラウスなら勝ってしまう。そんな気がしてならないんや。
「勝ったほうが相手の店に対して、いかなる要求も通すことを許される。古都テレスの名において認められる。それでは始め!」
特別に食堂内に設置された調理場で料理は行なわれる。不正がないかをしっかりと見極めるためや。
まずロイは自分で持ち込んだ牛肉を五人分切り分ける。かなりの上質な肉やと素人目にも分かる。観客も驚嘆の声をあげとる。
マスタード風味のソースを仕上げ、付け合せも完成した後、かまどに火を入れた。牛脂を大きな鉄板に引き、十分に熱してから牛肉をのせて一気に焼き入れる。なるほど、鉄板焼きの要領やな。しかも審査員の好みを事前に入手していたのか、焼き加減が微妙に違う。
最後に美味しそうなソースをかけて完成や。茹でた野菜を添えるのもポイント高いわ。
「フィレ肉のステーキ、季節の温野菜とマスタードソース添えです」
ロイは自信満々に料理名を言いながら、料理をテーブルの上に置く。
あかん。涎がずびっと出そうや!
「おお。これは良い。ソースのピリリとした辛さがなんともいえない」
「臭みを消すためではなく、単純に肉とソースの相性がいい」
「上質な肉を上品に焼いていて素晴らしい」
賞賛の声があがっとる。伊達にレストランの料理長やっとるわけやないな。
「大変美味しかった。では次はクラウスくんの番だ」
はっきり言って観客も審査員もロイも、もしかしたらエバさんたちもクラウスが勝てへんと思とったはずや。でもあたしとランドルフはそうは思えへんかった。
クラウスが負けるはずがないと確信しとったんや。
「では始めさせていただきますね」
クラウスが取り出した食材を見て、精肉業者の人は「あんまり質の良くない肉ですね」とついこぼしてしもうた。まあそうやろうな。ろくな肉が回ってこないのは承知の上や。
でもクラウス。あんたならなんとかするやろ?
「――正気か! なんてことをするんだ!」
そんな言葉が出たのはロイやった。そりゃあそうやろ。異世界においてはこんな調理法はなかったはずや。
上質ではないにしろ、牛肉を細かく刻んでミンチにするなんて。
「正気ですよー。さらにここで豚肉も加えます」
「はあ!? 豚肉!? 味が落ちるに決まっているだろう!」
牛肉よりも豚肉のほうが下等であり、それを組み合わせるなんてとんでもないことや。そう思う気持ちが料理の発展を妨げたのやろうな。
クラウスはそれに刻んだ玉ねぎとパン粉、卵、香草を加え、塩を少々振った。観客も審査員も唖然としとる。まあ奇怪なものができるんちゃうかと思うのは自然やろうな。
それらを練ってから、俵状に形を整えて、両手で投げて空気を飛ばす。その後は付け合せの野菜とソース作りをする。どうやらデミグラスのようや。あらかじめ用意しとったケチャップとソース――作るんは苦労したやろうな――を使うて即席で作る。デミグラスソースのええ匂いが食堂中に充満する。
「ほう。ソースは良いものですな」
副頭取の言葉に四人は頷いたものの、不安は隠せないようやった。
そして五人分の肉をフライパンでカリカリに焼く。流石に火加減は絶妙やった。
最後にお皿にのせて、上からソースをかけて、完成や。
「お待たせしました。デミグラスハンバーグステーキです」
審査員は顔を見合わせた。聞いたことのない料理やったからや。
「熱いうちにどうぞ召し上がってください」
クラウスの言葉に従って、恐る恐るナイフをハンバーグに入れる審査員。
「うお! こんなに肉汁が溢れるなんて!」
「しかも柔らかい。力も必要ない。こんな肉料理初めてだ!」
なかなか好評のようや。さてお味のほうは――
「美味い! この世のものとは思えん!」
「ソースが肉を引き立てている! なんだ、このソースは!」
「柔らかくてジューシー! 付け合せの野菜も工夫されている。なんだこの甘いにんじんは!」
みんなが絶賛しとる。ロイは信じられへんといった顔をしとる。エバさんとロニーさんはなんや顔が明るくなっとる。
料理を食べ終えた後、審査員たちは相談して、結果が発表された。
「結果は言うまでもなく、東風亭の勝ちだ。こんな素晴らしい料理を作り、しかも食材があまりよろしくないのにここまで引き立てるとは。まさに至高としか言いようがない」
議員さんの言葉で結果は決まってもうた。ロイはがっくりと肩を落とした。
「そ、そんな。私の料理が、こんな子供の料理に負けるなんて……」
「約束よ、ロイ。もう私の店を買収しようなんて考えないで」
エバさんの言葉にロイは力なく頷いた。
「ええ。お嬢様。私はもうあなたたちに関わりません。食材の独占もやめますよ」
そんな素直なロイを見て、あたしの考えがつながった気がしたんや。
「ちょお待って。ロイさん。あんたもしかして――」
唐突に発言したあたしを皆が注目する。ロイは不思議そうな顔をしとる。
でも次の言葉で驚愕の顔へと変化させた。
「あんたはエバさんとロニーさんをくっつけるために悪人になったんちゃうの?」
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