第四章 料理対決編

第23話あらやだ! レストランに行くわ!

「ユーリ、郊外訓練の後、一年生がかなり辞めたの、知ってますか?」

「はあ? なんで? そんなん聞いてへんわ」


 ランドルフが予約してくれたレストランにイレーネちゃんとデリアと共に向かっとると、そないな寝耳に水なことを言われたんや。


「本当よ。私の取り巻きの子も全員辞めてしまったわ」

「辞めてどないすんねん。というより辞められるんか?」

「ええ。辞めることは可能です。しかし重いペナルティを科せられます」


 イレーネちゃんは暗い顔をしとる。デリアもさばさばしとるけど、どこかしょんぼりしとる。取り巻きの子が辞めてしまったからやろな。


「まず奨学金の返還。そして奨学金の半分を違約金として国に払わなければいけません」

「払えへん子はどないすんねん」

「公共事業に従事させられるわ。衛兵見習いとか徒弟見習いとかね。ま、ろくな仕事はないわよ。借金を返せばマシになるわけでもないしね。魔法学校の退学はそれくらい重いのよ」

「そんなん分かっとるなら、どうして学校を辞めたんや?」


 デリアが黙ってしまったので、イレーネちゃんが「郊外訓練での負傷が主な原因です」と言いたないやろうに言うてくれた。


「魔法をろくに覚えていない人間には辛過ぎる課題が多いですし、それに死と隣合わせの状況で精神をやられてしまった子もいるそうです」

「……酷い話や。全然救われへん」

「仕方ないわよ。それが王国のやり方なんだから」


 デリアはわざと強がりを言うた。


「課題もクリアできない人間がこの先生き残るとは思えないし、今のうちに逃げたほうが良いに決まっているわよ」

「なあ。前々から訊こう思うてんけど、なんでデリアは魔法学校に行こうと考えたん? ヴォルモーデン家ちゅう貴族なんやから、いくらでも逃れられたん違うの?」


 この問いに「私は逃げたくないの」と前を向いてはっきり言うデリア。


「自分の身は自分で守りたいし、何よりお兄様――一族の人間に自慢できることがしたい。ただそれだけよ」

「デリアは将来、軍に行く気なんですか?」


 イレーネちゃんは何かを期待しとったような声で訊いたんや。


「そうね。おそらく将校になるでしょうね」

「私と一緒ですね。いつまたアストとの戦いが始まるか、分かりませんから」

「へえ。てっきり国軍大学で研究か後備役に行くのだとばかり……」

「そんな腑抜けたことはしません!」


 突然の大声に往来の人らも一斉にこっちを見た。イレーネちゃんはハッとして顔を赤くした。

 デリアは「な、なによ。別に侮辱したつもりはないわ」と驚いていた。


「……すみません。でも私は前線希望です」

「そうなのね。まあ私の見立てだと、ちょうど一人前になったときにアストとの戦争が始まるわよ。良かったわね。私もあなたも人殺しね」

「これから美味しいご飯食べに行くのに、ぶっそうな話やなあ」


 呆れながら言うと「ユーリは戦争に興味ないんですか?」とイレーネちゃんが訊いてきた。


「アストの暴虐をなんとかしたいと思わないんですか?」

「アストの暴虐、か。」


 隣国アストとの関係が悪化したのは、あたしが転生した時から十五年ほど遡った頃である。

当時、イデアル王国の王女さまとその婚約者がアストの青年たちに殺されてしまったんや。そのあまりの死に様はいくらおばちゃんかて語ることはできひん。それ以前にも戦争が起きてたけど、近年まれに見る激しい戦争、十年戦争と呼ばれる戦争が勃発したんや。それもその他の国や自国民以外の種族を戦いに関わらせることを禁じた『ハキル戦約』を結んでもうたから、イデアルとアスト、国力が同じ同士の国家戦争は十年間も続いたんや。


「まあ確かに王女夫妻を殺したアストに問題があるけど、こっちにも傷がないわけがないんや。王女夫妻が襲われたんは中立地帯やった。それもアストよりのな」

「だからと言って、王女さまが殺される名分にはならないわよ」

「あたしもそう思う。でもな、油断しておったのも否め――」

「そんなんじゃないんです」


 イレーネちゃんは厳しい顔つきで立ち止まって、地面を見つめておる。


「……イレーネちゃん?」

「アストの人間が許せないのは、それ以外にも理由があります」

「何よ? その理由って?」

「……今は言えません。いずれ話します」


 なんや気になるなあ。そういえばイレーネちゃんの故郷はアストの領土に近かった気がするなあ。 まあ、調べてもええけど、野暮な気がしてならん。






 レストランの近くの公園にはランドルフとクラウス、エーミールが既におった。


「遅かったな。何してたんだ?」

「こっちはいろいろ用事があってん、堪忍やで」

「ちょっとユーリ。謝る必要はないわよ。待つのはジェントルマンの嗜み。待たせるのはレディーの特権なんだから」

「ふん。貴族らしい傲慢な言い草だな」

「育預のあなたには少し心当たりがあるんじゃない?」


 ランドルフとデリアは仲がええなあ。エーミールは少し離れたところであたしを見とる。せやから強引に「エーミールも楽しんでな!」と声をかけた。


「と、友達と食事なんて、初めてだ。よ、よろしく!」

「ああ、よろしゅうな? そないに緊張せんといて!」


 バンと背中を叩くとびくっと身体を震わす。

 イレーネちゃんはさっきの影響か少しテンション低いけど、クラウスのおちゃらけた態度で明るさを取り戻しておる。


「それでランドルフさん。レストランはあそこですか?」

「ああ。東風亭という由緒正しいレストランだ。意外とすんなり予約を取れたのは気にかかるが、美味しいとの評判だ」


 ランドルフが指差したのは古都の中でも一段と老舗な空気の漂う店やった。人の出入りは少ないけど、美味しそうな風格はある。


「東風亭ですか。いいですね。さあ早く行きましょう!」

「そうですね! 楽しみです!」


 元料理人の少年と健啖家の少女がわれ先にレストランへと向かう。デリアは「まるで子供ね」と呟いた。いや、まあ、あたしら十才の少年少女なんやけどな。


「いらっしゃいませ。ご予約はございますか?」


 店に入っていきなりウェイターさんが訊ねてきた。にこやかな笑顔をしとる。美男子と言うてもおかしゅうない、ここら辺では珍しい黒髪の人。


「ああ。ランドスター家の育預、ランドルフの名前で六名予約した」


 空気に圧倒されへんランドルフが堂々と言う。貴族に育てられているせいか、慣れとるなあ。


「はい。承っております。六名様ですね。こちらへどうぞ」


 ウェイターさんに案内されて店内に入る。客がぎょうさんおるやろうなと思うたけど、生憎、あたしらしかおらへんかった。

 椅子を引いて、一人ずつ座らせると「メニューの説明をさせていただきます」と一礼した。


「今回は当店のフルコースを注文とのことで、オードブル、スープ、魚料理、肉料理、メイン、デザート、ドリンクの順にお出しいたします」


 ほう。なかなか豪華やな。


「何分、量が大人向けでありますので、ご希望の方は少なめにすることが可能です。いかがなさいますか?」


 気遣いもなかなかや。この問いにはあたしとクラウス、デリアとエーミールが手を挙げた。イレーネちゃんとランドルフは手を挙げへんかった。


「では御ふた方以外は少なめにさせていただきます。その分の料金も引かせていただきます。ではお待ちください」


 メニューを渡されると思うたけど、そのままウェイターさんは店の奥に行ってしまった。

 あ、そっか。予約しとるんやから、既に注文は完了しとるんやな。こういう場は初めやから、なんか落ち着かんな。


「なかなか良い店だけど、人がいないのが気になるわね」

「デリア、そないなこと言わんの」


 隣に座っとるデリアは耳打ちしてきたので、たしなめた。まあ、気にはなるけど。

 しばらくしてウェイターさんが料理を運んできた。


「まずはオードブルです。ほうれん草のキッシュです」


 キッシュ? ああ、タルトみたいやな。早速食べてみる。

 ……出来立てで美味しいなあ! ホクホクしとる。語彙が貧弱やからそれしか言えへん。

 でもクラウスが首を傾げておったのは気になるなあ。他のみんなは美味しそうに食べとるけど。


「スープはコンソメスープです」


 これも美味しい。コンソメ特有の塩っ辛さがこれから食べる料理の食欲を増進させよる。焼いたパン生地が細かく賽の目に刻んである具も嬉しい。さくさく食感がたまらん。


「魚料理はスズキのポワレです」


 ポワレってなに? って小声でクラウスに訊くと「調理法ですよ」と教えてくれた。一口食べるとなんとも言えない味が口の中に広がる。焼いただけやなくて、何かしとるやけど、何をしとるのか分からん。でも美味しい。


「次の肉料理は時間がかかりますので、しばらくお待ちください」


 ウェイターさんの深いお辞儀。そして店の奥に戻っていった。


「クラウス。お前は気に入らないようだが、どうかしたのか?」


 ランドルフは怒ってもおらん。ただ単純に不思議に思てるような感じで言うた。


「その前に貴族出身の二人に聞きたいんですけど、ここの料理は美味しかったですか?」


 デリアとエーミールに訊ねると、デリアは「特段おかしいところはなかったわ」と答えた。エーミールも頷いた。


「そう。普段豪華な料理を食べてる貴族も異変が分からないぐらい美味しい。でも僕には違和感だらけです」

「ほう。聞かせてもらおうか」

「ランドルフさんには悪いけど、ここの料理はなんだかちぐはぐだ。まるで一流のシェフが雑多な材料で料理を作ったみたいな印象を受けたんです」


 雑多な材料? つまり安価な食材ちゅうことか?


「食材だけではありません。調味料もそうです。まるで安いものを使ってなんとか形を整えたように思えるんです」

「……ねえ、ユーリ。こいつ何者なの? 味覚が敏感すぎて怖いわ」


 デリアが怪訝そうに訊ねてきた。


「未来の魔法調理師やで」

「なによその魔法調理師って」

「それはやな――」


 説明しようとしたそのときやった。入り口が乱暴に開き、厳つい大男たちが入ってきよった。全部で四人――いや五人やな。


「はん。閑古鳥が鳴いていて悲しいなあ。これが元勤めていた店だと思うとさらに悲しい」


 大男の中から出てきたのはウェイターさんと同じ黒髪の美男子で料理人の格好をしとる。

 すると店の奥からウェイターさんが急いでやってきた。


「あ、あなたたちは! ……ここはあなたたちの来る場所ではありません! 出てってください」


 睨みつけるウェイターさんにボスらしき男は「お嬢様を出してもらおうか」とニヤニヤ笑う。


「この西土亭のロイが来たとな」

「そんなことは――」

「ロニー。下がっていなさい」


 凜とした声に振り向くと厨房から一人の女性がやってきた。十八か十九くらいで、銀髪を整えた、コック姿の人。怒りを込めた目でロイという男を睨む。


「ロイ。お客様がいらっしゃいます。時間を改めてください」

「おっと。気づかなかったなあ。たった六人の子供しかいない店だからなあ。気づかなかったよ!」


 周りの男たちも追従の笑いをした。


「それで話は変わりますが、考えてくれましたか?」

「買収の件は断ったはずです」

「そこをなんとかしてもらえませんかね?」

「くどいです! 私は――」

「ならば、嫌がらせをしてしまいましょうか」


 大男たちはぽきぽきと指を鳴らし始めた。暴れるつもりや――


「気にいらねえなあ」


 ここで立ち上がったんはランドルフやった。大男たちを睨む。


「うん? なんだいぼうや。ああ、食事の邪魔をしてしまったね。悪かった――」

「詫びの言葉は要らねえ。おかげで食欲が失せちまった。腹が減ってたのによ。代わりに腹が立ってしかたがねえ」


 大男たちに向かうランドルフにデリアもイレーネちゃんも不安そうにしとる。

一方エーミールとクラウスはランドルフではなくて男たちのことを心配しとった。

 あたしは「最近トラブルが多いなあ」と感じとった。


「お客様! 何を――」

「悪いが暴れさせてもらう。さあ、かかってこい!」


 大男の一人が小ばかにした笑みを見せながら、追い払うように手を差し伸べる。それを避けて、大男の懐に入り、鳩尾目がけて、思いっきり殴りおった。ズドムっちゅう音がした気がした。


「う、ご、おおおお……」

「次はどいつだ?」


 悶絶する男を蹴りでどかしながら男たちを見つめた。ようやく彼らは何を相手にしておるのか、気づいたんや。一人の子供やない。大きな一匹の龍を相手にしとるんや。


「――やめろ。こっちが悪い。お前たち、大人しくしろ」


 三人の大男が一斉に襲いかかるのを言葉で制したロイ。続いてランドルフに笑顔で応じた。


「失礼しました。見かけによらず、お強いですね」

「……あんたは強いというより強かだな」

「褒め言葉として受け取ります。今日のところは引かせていただきます。それではエバお嬢様。いいお返事お待ちしておりますよ」


 去っていくロイと気絶した男を背負って帰る三人。入り口が乱暴に閉められて、すぐさまロニーと呼ばれたウェイターさんが近づいてくる。


「……すみませんでした。本日は――」

「何があったのか、説明してくれますよね?」


 クラウスがすかさず訊ねる。


「もしかして、食材が貧弱なのは、ロイと呼ばれる人が原因ですか?」


 続けてクラウスが言うた一言にエバと呼ばれた女主人は顔を真っ青にしおった。


「どうしてそれが――」

「僕も料理人です。だから分かります。もしかしたら力になれるかもしれません。話してくれますか?」


 エバさんとロニーさんは顔を見合わせた。

 そして――


「実は、この店は買収されようとしているんです」


 沈痛な面持ちで話し始めたんや。

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