第22話あらやだ! 完全復活だわ!

 体調が回復するまでに三日かかってしもうた。まあそれくらい疲労困憊やったちゅうことやな。絶対安静って医務室の先生――ホップズ女史は言うてたけど、時は金なりや。そないわけで、クロムさんに言われとったレポートを書いたりしてた。書くことぐらいなら許されるやろ。ホップズ女史はあまりええ顔せんかったけど。


 三日目の午後、ようやく外出の許可が通ったので、クヌート先生に頼んで砂糖と塩を食堂からもらった。ホットポカリを作るためや。作る場所は食堂の空き厨房を借りた。

 とりあえずクヌート先生に立ち会ってもらうことになったんやけど、相変わらず面倒くさそうでやる気のない顔をしとった。


「ランクSは魔力量が埒外なだけじゃなくて、人格もまともじゃねえなあ」

「あらやだ。クヌート先生。それ差別やで」

「差別じゃねえよ。経験則だ。長年教師やっていると分かるんだ」

「ふうん。何年くらいやっとるんですか?」

「魔法学校だと六年だ」

「……なんや言うほど長くやっとりませんやん」

「それ以前は私塾もやってたからな」


 へえ。意外やなあ。私塾を開くほど情熱があるとは思えへんな。


「ほら。喋ってないで早くホットポカリを作れ」

「分かりました。それでは作りますわ」


 かまどに火を点けて、そないに大きくない釜に水を入れて、沸騰するまで待つ。お湯が煮えたら砂糖と塩を順繰りに入れる。飴ちゃんを同じくらいに入れたら作れたから、気持ち砂糖多めやろうか? まあ味が近ければそれでええやろ。

 味見を経て、ようやく比率を見つけた。2リットルの水に砂糖大さじ7、塩小さじ1ぐらいや。しかし、異世界でも物の単位は変わらへんのやな。不思議やわ。


「それがホットポカリか。そういえば『ポカリ』ってどういう意味なんだ?」

「飲むと身体がぽっかり治るからポカリや」


 確かそうやったと思う。間違えてたら堪忍やで。


「多分違う気がするが……まあいい。これはクロム理事に届けることにする。レポートも添えてな。お前の名前で特許申請しとく。上手くすれば特許料で莫大な財産を築けるぞ」

「ほんまかいな。じゃあその特許料の半分は実家に送金できるように手続きできますか?」

「できないことはないが、面倒だな」

「面倒がらずにやってくれな。頼むで先生」


 とまあクヌート先生に無理強いしてクロムさんに頼んでおいた。これでまた、実家で臥せっておるおかんや仕事で忙しいおとん、それに可愛い妹のエルザの生活の足しになるやろ。

 ちなみに異世界でも銀行ちゅうものがあった。国立の銀行しかあらへんけど、証である銀の指輪を示すことでお金を預けたり引き出せたりするんや。まあ、利子はつかへんから、専らお金持ち用かおとんのようにギルドの長ぐらいしか利用せえへんけど。

 あたしの場合はおとんが口座を開設してくれた。奨学金が大金やったことも理由の一つになっとる。


 さて。こうしてクロムさんとの約束を果たした翌日。晴れてあたしは医務室から解放されたんや。


「お、やっと出てきたな。その後医務室に入れなかったから心配してたぜ」

「ホップズ先生は厳しい人、ですからね」


 ランクSの教室に行くとランドルフもクラウスもにこやかに向かい入れてくれた。部屋に行ってもイレーネちゃんはもう授業で居なかったし、なんや淋しく思うとった。


「やっと解放されたで。そういえば、快気祝いは何がいい?」

「そうだな。イレーネたち三人も誘って、古都のレストランに行こうぜ。外出許可は出てるしな」

「それええなあ。クラウスは大丈夫か?」

「僕も異存ありません。美味しいものを食べないと舌と腕が鈍りますから」

「よっしゃ。今日はあたしがおごるで!」


 そんな風に楽しく話しとるとクヌート先生が教室に入ってきた。


「ユーリ、お前授業が一週間ばかり遅れているぞ。後で課題を渡すから必ず提出しろよ」

「そないなテンション下がること言わんといてえな」

「ざけんな。お前の手続きが煩雑で一食抜いてしまったんだ。どうしてくれる?」

「飴ちゃん舐めるか?」

「いらん。それより課題をやれ。月末試験に出るからな」


 異世界の暦は意外とシンプルやった。一年が六ヶ月、一ヶ月が六十日あり、それぞれ六大属性を冠しとった。前世での感覚を元に当てはめると、一月から二月は光の月、三月から四月は風の月、五月から六月は水の月、七月から八月は火の月、九月から十月は土の月、そして十一月から十二月は闇の月となっとる。うるう年はない。

 けどなぜか一週間は七日ある。六日間のほうがすっきりするやろと思うのやけど、そないな風に決められとるから、何にも言えへん。

 そんで、あたしが入学したのは土の月の初めやから、入学して半月、前世で言うと一ヶ月が経過したことになる。なんやややこしいな。


「それじゃあ授業やるから。今日はユーリが復帰したことだから簡単なところからやることにする。そうだな。種族について勉強しよう」


 クヌート先生の授業は久々やなあ。この人やる気なさそうに見えて、意外と分かりやすい授業をしてくれるから嬉しいわあ。


「ランドルフ。お前の知っているかぎりの種族を挙げてみろ」

「おう。人間、エルフ、ドワーフ、ホビット、巨人、小人、獣人、魚人、鳥人……ぐらいか?」

「そのとおりだ、と言いたいが一つだけ抜けている。ま、それは後で説明する」


 一つ抜けとる? なんやろう?


「基本的に他種族との交配はできない。つまりハーフやクォーターと言ったものはない。また、人間以外を俺たちは亜人と呼んでいる。ではクラウス。亜人と魔物の違いはなんだ?」

「えーと、言語を解することのできるか否か、でしたっけ」

「そのとおりだ。独自の言葉だけではなく、世界共通の公用語を習得できるかによって亜人と魔物は分類を異にしている」


 うわあ。人間至上主義な感じがして嫌やわ。


「ちなみに俺たちが今話しているのは公用語だ。大陸に住む者、ノースやサウス、セントラル・コンティネントの人間が話す言葉を公用語と定めたのは滅んでしまった龍族だ。元々龍族の家来だった人間が今、こうして覇権を得ているのは何故か? ユーリ、知っているか?」


 家来ちゅうよりしもべか家畜扱いやった気がするけどな。あたしは「人間が龍族の秘術を盗んだからです」とあっさりと答えた。


「そうだ。秘術とされた魔法、剣術、政治能力、経済感覚。その他諸々の秘術をとある人間の女三人が盗んだとされている。彼女たちの名前は伝わっていない。龍族によって火あぶりにされ、『記憶の破壊の刑』に処せられたからだ。しかし秘術は人間たちに伝わり、反乱を起こした。四百年間の戦いの末、大陸は我らのものとなった」


 龍族なんてえらい凄そうなもんに、どないして勝ったんやろうか。それに龍と聞いて、ランドルフの刺青のことが気になってしもうた。


「そのとき、人間側についたのはドワーフとホビット、獣人と小人だけだった。まあ獣人は後に裏切ったがな。その他は全て龍族についた。戦力は圧倒的だったが、人間の中に『勇者』『聖女』『賢者』『剣聖』『教皇』そして『皇帝』と呼ばれる六英雄が同時期に産まれて、人間が一気に龍族を滅ぼしたのだ」


 ほんまにメルヘンとかファンタジーの話やな。かっこええなあ。


「大陸は人間のモノとなった。三つの大陸は人間が支配し、十個の島のうち、ドワーフは三つ、ホビットは二つ、小人は一つ、支配することになった。この三族は友好種族と呼ばれる」

「エルフとかはどないになったんですか?」

「残りの五つのうち、エルフは二つ、巨人は二つ支配している。獣人と魚人、鳥人は大陸に点在している」

「あれ? 残りの一つはどうなっているんですか?」


 クラウスの質問に「先ほどランドルフが答えた中で抜けているのがあると言っただろう。それが残りの種族だ」と言うてから、クヌート先生は改まって答えた。


「この世で最も醜悪で最悪、それでいながら最強の種族――魔族だ」


 まぞく? 聞いたことないなあ。

 そのとき、鐘の鳴る音がした。なんや、ええところやったのに。


「今日はここまで。次回は魔族について話す」


 そう言うてそそくさと教室を出るクヌート先生。


「なあ。魔族って聞いたことあるか?」

「俺はないな。教科書にも載ってない」

「一応、今日の授業は他の生徒には言わないようにしましょう」


 クヌート先生は教科書に載っとらんことを教えようとしているんやけど、ほんまにええんやろうか?

 あの人のことがよう分からん。不思議や。




 その後、戦闘訓練の授業でイレーネちゃんたちと再会して、授業終わりにご飯を食べに行く約束をした。

 その前にお金をおろしとかんといけないから、古都の銀行まで向かった。

 その道中のことやった。


「あの、ユーリさんですか?」


 気配もなく後ろを取られた。内心驚きながら振り向くと、そこには覆面をした小柄な女の子がおったんや。えらい可愛い声やった。

 周りには人がまばらにおったけど、誰もこっちに注目しとらん。


「うん? あんた誰?」

「……あなたに助けていただいた獣人の一人です。名前はアイサです」


 獣人? アイサ? ああ、お頭の娘やな。


「ああ。なるほど。君がアイサちゃんか。確かお頭の娘やったな」

「……度胸あるんですね。後ろを取られたのに、余裕があるなんて」

「いや、心臓ばっくばくやで? 今度からやめてえな?」


 アイサちゃんは「ごめんなさい」と謝ってから何かを差し出した。白い布に包まれたものやった。


「うん? これは?」

「私が作った首飾りです。よろしければ、どうぞ。お礼です」

「ありがとうな。大事にするで」


 受け取るとアイサちゃんは心底不思議そうに「どうして獣人を助けたんですか?」と訊ねてきおった。


「うん? 困っている人を助けるのは当然やろ?」

「私たちは差別を受けています。それなのに――」

「差別なんてくだらん。助けたいから助けたんや」


 あたしはアイサちゃんの手を握った。


「生きてくれてありがとう。救えて嬉しいわ」


 笑顔で言うと、アイサちゃんは顔を背けてしもうた。可愛いなあ。


「……ありがとう、ユーリさん。じゃあ私は帰ります。ゴンザレスが待っているから」

「そうか。ほなまたな」


 手を放すとアイサちゃんは瞬きしとる間に消えてもうた。獣人は素早いんやな。

 いつかまた会いたいなと思いつつ、銀行へと向かった。

 首飾り、どんなんやろ。楽しみやわ。


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