第21話あらやだ! お見舞いだわ!
「なあイレーネちゃん。そないにほっぺた膨らませんといてえな」
「もう知りません。ユーリなんて嫌いです」
ぷいっとそっぽをむくイレーネちゃんに「ごめんなあ。悪かったと思とるから、許してえや」と後ろから抱きつく。びくっと身体を震わせたけど、何の言葉もなかった。
「そないに怒らんでもええやん。可愛い顔が台無しやで」
「か、かわ!? 勝手に抱きつかないでください!」
「ええー? さっきイレーネちゃんのほうから抱きついてきたやん」
「そ、それとこれとは別の問題です! 私、怒っているんですから!」
怒っているというより拗ねてるって感じやわ。それがまた可愛くて仕方があらへん。
「ユーリさん。怒っているのはイレーネだけじゃねえぜ」
剣呑な声音を出したんはランドルフやった。あたしは「ああ。あんたにも心配かけちゃったん?」と一応訊いてみる。
「当たり前だ。仲間なんだからな。まったく無茶しすぎだ。さっきのクロム卿に訊いたらコレラをなんとかしようとしたらしいじゃねえか」
「まあ、結局は違ったんやけどな」
「違って良かったぜ。もしもコレラになっちまったら、あんたはとっくに死んでたぜ」
それは事実や。もしも狂獣病やなかったら、感染して死んでたはずや。今生きとるんは偶然と運が強かっただけ。自分の力でなんとかできたわけやない。
それでも、あたしは――
「でもな、ランドルフ。あたしは後悔してへんねん」
「……どうしてだ?」
「もしもあのとき行かなかったら、そのほうがめっちゃ後悔すると思うねん。救えたはずの命を見捨てることなんてできひんねん」
前世でもそうやった。目の前の轢かれる子供を見捨てられへんかったんや。もしも見捨てたら、鈴木小百合はあそこで死んでしまう。主人や息子や娘に顔向けできひんかった。
「……ユーリさん。あんたは馬鹿だ。また同じことを繰り返すのか」
ランドルフの言うた言葉はクラウスとあたし以外はよう分からんはずやろう。エーミールとデリアが顔を見合わせとる。
「あはは。あたしはあほうやねん。せやから同じこと繰り返す。でもな、それは失敗やない。正しい道を繰り返してるって信じとんねん」
「……ユーリは馬鹿です。大馬鹿です。何も分かってません」
イレーネちゃんは声を震わせて、それでもしっかりと言う。あたしの手を握り締めながら、涙ながらに言うたんや。
「あなたは自分勝手です! どうして自分を大事にしないんですか! どうして自分を犠牲にするんですか! 見ず知らずの人のために、どうしてそこまで、するんですか! ユーリのことを心配している、私たちのことも考えてください! あなたのことを想うのが、まるで馬鹿みたいじゃないですか!」
その言葉を聞いて愕然とする思いやった。そうや、あたしだけの問題やなかったんや。この『ユーリ』を心配してくれる人がおるんや。ここに来てくれる人はあたしを大事にしてくれるんや。
「……ごめんなあ。イレーネちゃん。あたしはあほうやった。そないな簡単なことに気づけへんかった。ごめんなあ」
「ユーリの馬鹿! 気づくのが遅すぎです!」
今の自分は二度目やから、どうでもええと心の奥底で思ってたんやなあ。反省せねばならんなあ。
「イレーネが私の言いたいことを言ってくれたから、もう何も言わないわ」
デリアがあたしを睨んどる。あたしは「デリアもありがとうな。家を持ち出してまで助けてくれたんやろ?」と言うたら顔が一瞬で真っ赤になってもうた。
「は、はあ!? なによそれ!? 誰がそんなこと言ったわけ!?」
「クロムさんやで」
「あ、あの陰険貴族! 今度あったら文句言ってやるわ!」
「お、その反応やとほんまなようやな」
「……はっ!?」
さらに顔を真っ赤にするデリアにあたしは「ほんまにありがとうな」と礼を述べた。
「な、なによ! 馬鹿にしているわけ!?」
「あはは。なんで感謝が馬鹿にしてるにつながるん?」
「そ、そういう余裕な態度が、腹が立つのよ!」
「あらやだ。貴族よりも余裕が出てしまったわ!」
「こ、この! やっぱりあなたとは相容れないわ!」
さて。からかうのはこれぐらいにして、デリアに本気の感謝を伝えなあかんな。
「今回はデリアがチーム組んでくれて助かったわ。おおきにやで」
「……なによ突然。真面目になっちゃって」
「あんたの魔法が無かったらツキノワにやられてたかもしれん。いや、百パーやられてたわ。ドランも間に合わんかったやろ。魔法以外でも根性見せてくれたし、チームの和を乱すこともせえへんかった。ほんまにありがとうな」
この言葉にデリアは「急に真面目に言わないでよ!」とますます怒ってしもうた。なんやこの年頃は難しいなあ。まだ反抗期には早いで?
「でもまあ感謝だけは受け取っておくわ。その、こっちこそ……ありがと」
「へ!? デリアがお礼を言いましたよ!?」
思いもかけないデリアのありがとにイレーネちゃんは衝撃のあまり叫んでもうた。ランドルフもエーミールもクラウスも目が点になっとる。
「まさかヴォルモーデンがお礼言うとはなあ」
「明日は雨ですかねえ」
「ちょっとランドルフさん、クラウスさん、失礼ですよ! こういうこともたまにありますよ!」
「……そこの男子たち。後で覚えてなさい」
デリアの絶対零度的視線を受けて、三人の男共は身震いしよった。
「デリア。あんたは成長したなあ。おばちゃん――じゃなかった、あたしは嬉しいで」
「あんたもからかう気なの?」
「そんなことはあらへん。ほんまに偉いと思う。デリア、おおきにやで」
「……感謝してるなら、一つだけ条件あるんだけど」
デリアは俯いて何かを言おうとする。でも強気なデリアにしてはもじもじして、言うのに時間がかかった。
そして大声でつっかえながらも言うた。
「その、あの……と、特別に、私の友人にしてもよろしくてよ! ユーリ! イレーネ!」
なんやそないなことかいな。もっと重要なことだと思って身構えてたのに。
「デリア。あんたがどうか知らんけど、あたしはずっと、あんたのことを友達やと思うてたよ?」
「……え?」
「私もですよ。庶民ですけど、これからもよろしくお願いしますね」
デリアはぽかんとしてたけど、徐々に正常に戻って、それから恥ずかしくなったのか「そ、それじゃあ、また会いましょう!」と言うてめっちゃ速い動きで医務室から出て行った。
「あー、イレーネちゃん。デリアを追いかけてくれへん? 何らかのフォローが必要やろ。エーミールも同じ貴族やろ? 付き添い頼むわ」
「え、あ、はい。分かりました、ユーリ」
「僕も? いいけど……」
そういうわけで医務室にはランクSの三人が残った。
「ユーリさんも抜け目ないですね。僕たち二人を残して、何の相談ですか?」
「ま、ろくでもねえ相談に決まっているに違いないがな」
「察しがよくて嬉しいわ。ほんなら、今回の課題の裏を話させてもらうわ」
手短にあたしはクロムさんに問い質した獣人たちを利用した策略について二人に話した。
クラウスは笑顔をやめた。ランドルフは不愉快に思とるようや。
「あんまり聞いてて楽しい話ではないですね」
「まったくだ。吐き気がする」
「この推測は当たっとるやろか?」
するとランドルフは「まずこれをやってどんな利益、メリットが生じるんだ?」と根本的なことを言うた。
「そうやなあ。ランクSの人間を鍛えるにしては手がこんどる」
「僕たちの課題はそれほど厳しくなかったですよ。蛇の魔物、アローナの討伐でしたから」
「アローナって毒持っとるん?」
「ええそうです。血清がないと即アウトですけど、エーミールくんの魔法とランドルフさんの剣でなんとか倒せました」
「おいおい。お前の魔物の知識がなかったら危なかったんだぜ? 謙遜するなよ」
あたしは何か引っかかる気がしてた。なんやろ、この違和感。
「なあ。もしかして、お前の能力を高めるために仕組んだことじゃないのか?」
ランドルフの何気ない言葉。クラウスも「ああ。なるほど」と納得していた。
「どういうことや?」
「もしもランクS同士で組んでたら、間違いなくアローナの毒にやられてたかもしれん。エーミールの魔法は強力だったからな」
「そうですね。しかし結局ランクS同士で組むことは無かった。それは大きなことです」
「つまり、毒治療をマスターさせるために課題を仕組んだ可能性がある」
「ならなんであたしの課題は山登りなん?」
「ランクAとB+だとどう足掻いてもアローナには勝てねえ。毒治療どころじゃねえからな」
そう考えると辻褄が合うような合わへんような……
「でも課題は自分たちで選んだんやで? どうやって操作するん?」
「ユーリさん。前世だってマジックで相手がどの紙を選ぶか、もしくは選ばせるかできるじゃないですか。しかも魔法だったら確実に選ばせられます。それか魔力に反応して紙の内容を変えることができる」
「でもあのとき選んだんはデリアやで?」
「じゃあ三人の誰かが取っても同じような魔力反応させるか、選ばせた紙が全て同じ内容だったんじゃないですか?」
そう考えると課題のクリアもおかしなことになる。『スイレンの花を取ってくる』って持ち帰るとも読み取れるし、取ることが目的なら、頂上付近に教師をおらせたほうが確実やと思うし。
「気にいらねえな。どんな魂胆があるか知らねえけど、他人を利用しようとする根性が気にいらねえ。魔法学校ってのは腐っているのか」
「ランドルフさん、落ち着いて。まだそうと決まったわけじゃないです。何しろ証拠がないんですから」
「分かっているさ。でも証拠を見つけたら――」
「ああ、ごめん。これ以上犯人探しするつもりないねん」
あたしの言葉に二人は当惑しよった。
「じゃあなんで話したんだ?」
「一つは警告のためや。ランクSが狙われているなら、二人にも話しておかなあかんし、気をつけることは重要やろ?」
「まあそうですね」
「もう一つは、なんちゅうか、結果的に獣人の村を救えたから、良しとしたいんや。いくらなんでも狂獣病を流行らせることなんてできひんやろ?」
ランドルフは「ユーリさんは甘いぜ」と溜息を吐いた。
「まああんたがそう言うんなら、仕方ないか。一応気をつけるさ」
「僕もそうします。料理王国を創るまでは死にたくないですし」
「不安にさせてごめんな」
そこまで話した後、鐘が鳴った。もう夕方になってしもたんやな。
「夕食の時間だ。ユーリさんはどうする?」
「うーん、医務室の先生と相談してからやな」
「それじゃあこれで。元気になったら美味しいものでもご馳走しますよ」
「あはは。じゃあ快気祝いにあたしも何かせんといかんなあ」
このときあたしは魔法学校の目的が分からんかった。善悪がはっきりせんかったからや。でも一つだけ言えるのは――いつか勝負せなあかんちゅうこっちゃ。
魔法学校の大きな闇。いつか全てを明るみに出さなあかん。
あらやだ。面倒になってきたわ。
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