第20話あらやだ! 魔法学校に戻ったわ!

 次に目が覚めたときは、獣人の村の小屋の中やなかった。窓から暖かな日差しが顔に当たる。石造りの壁と天井。やけに白かった。そして自分がふかふかのベッドの上で寝ていると知ると、慌てて上体を起こしたんや。


「ここは!? どこや!?」

「魔法学校の医務室だよ」


 パニくるあたしに冷静に事実を告げたのは、ベッドの脇で分厚い本を読んどった男性やった。若い男性。青年か成人か分からへん。少なくとも中年やないやろ。髪型は黒のオールバック。今まで見たことのない燕尾服を着とった。なんちゅうか音楽家のようで、ピアノとかバイオリンとか弾きそうな感じやった。

 あたしが何か言おうとして、何から訊くべきか分からへんから、何も言えへん状態やった。それに対して、男性はページを捲って続きを読んでいる。そのまま沈黙が訪れて、キリの良いところまで読んだと思われる男性が再び口を開いた。


「まずは自己紹介しておこう。僕はクロム・フォン・ククルドフ。十三人いる魔法学校の理事の一人だ。君はユーリくんだね」

「え、ええ。そうです。ククルドフさんは――」

「クロムでいいよ。どうせ名ばかりの理事だ」

「名ばかりでも偉いことには変わりないんちゃいますか? じゃあクロムさんで」


 クロムさんは「そう呼ばれるのは新鮮だな」と本を閉じた。


「君が一番知りたいことを最初に話しておこう。獣人の村は救われたよ。君の活躍のおかげだ」

「――ほんまですか!? あの人たちは、助かったんですか!?」

「同じ言葉は繰り返したくないけど、そのとおりだ。罹患した獣人八人は意識を取り戻して、健康になった。君の的確な治療のおかげだ」


 そうか。助かったんか! そら良かった!

 でもすぐにいろんな疑問が頭の中を巡った。


「せやけどクロムさん。あたしは確か、コレラに罹ったはずやないですか?」

「……まさにそこが奇跡だな」


 奇跡? なんやろ? 


「そもそも獣人たちが罹患したのは――コレラではない」


 前提を覆させられることをさらりと言うたクロムさんにしばらく何も言えへんかった。


「……どういうことですか?」

「そうだ。君はどうして獣人がコレラに罹患したのだと思ったんだ?」


 必死になって症状を思い出す。


「吐瀉物と排泄物が白かったし、体温も低かった。加えて脱水症状もあったんです」

「君は獣人について何も知らないようだね」


 クロムさんはまるで手品師の種明かしのように結論を述べた。


「獣人の吐瀉物と排泄物は元々白いんだ。獣人の体質か生肉しか食べない彼らの習慣からか判明してないが、とにかく白い。加えて獣人は低体温だ。人間より五度低い。だから毛が覆われて体温を逃がさないようにしている。そして脱水症状は――単純に与える者がいなかったからだ。危険な疫病患者を看病などできないだろう」


 そう言われるとあたしの見立てが間違っていたことに気づかされる。

 それでも――まだ疑問が残っとった。


「せやったら、あたしがなんで白い吐瀉物吐いて、倒れたんですか?」

「君は看病している間、何を食べてたんだ? まずそれを聞かないと判然としない」


 何を食べてた? 記憶を辿っても、何も思いつかん。それどころか、今まさにお腹が空いて……

 ぐうっとお腹が鳴った。


「失礼。君は三日ほど寝込んでいたんだ。お腹が空いているのも仕方ないだろう」


 そないなこと言うて、クロムさんは傍らに置いてあった包みの中から林檎を取り出して、包丁を使って切り分けてくれた。しかも器用なことにうさぎちゃんやった。


「食べなさい。ゆっくりと食べるんだ。いきなり食べると胃がびっくりするからね」

「……いただきます」


 林檎を食べている間、クロムさんに投げかけられた疑問について考えておった。そして林檎を食べ終えたときには疑問の答えが見つかった。


「あのう。クロムさん。あたし、食べて無かったです」

「うん? ……ああ。看病の間か。君も無茶するね」


 そう思えば飴ちゃんと味見で飲んだホットポカリしか口にしてなかったんや。

 そら吐き出したら白いもんしか出えへんかったんや。


「君が三日ほど寝込んだのは、看病疲れと課題の山登りだね。もしかして君は他の二人を助けるために、わざと余裕を出してたんじゃないか?」

「……そのとおりです。あ、そういえば課題はどうなったんですか!? イレーネちゃんやデリアは!?」


 今更ながらの質問にクロムさんは「安心しなさい。順を追って説明するから」と優しく言うた。


「課題は三人とも合格だよ。そもそも魔法学校にスイレンを持ってくる必要はなかったんだ」

「それはどういうことですか?」

「課題は『ラクマ山の頂上に生えるスイレンの花を取ってくること』だ。つまり採集した時点で課題は終えたんだ」

「え、で、でも、どうして、採集したと分かるんですか?」

「何を言っているんだ? 課題を選んだときに君は質問したはずだろう。課題を確認しなくていいのかって。するとゴルド先生は魔法で分かると言っただろう。僕はそう聞いているが?」

「ほな課題をクリアしたって分かる魔法を仕掛け取ったんですか!?」

「そうでもしないと、スイレンの花をどこかで購入したり、他の生徒から奪うことも可能になってしまう。不正は許されないだろう?」


 そう考えると納得してしまう。


「それで、君のチームの二人が先生たちに訴えた。『不合格でいいから、獣人たちを助けるために、ユーリが看病しているから、助けてほしい』と」

「そうだったんですか。イレーネちゃんはともかく、デリアまでが……」

「二人は必死だったが、デリア嬢が特になりふり構わなかったな。自分の家まで持ち込んでまで、説得したんだ」


 なんやねん。デリアええとこあるやんか。


「それで君の魔力を辿って――入学したときに登録しただろう――獣人の村を見つけて、高熱を出している君をここまで連れてきたんだ。ああ、獣人たちは説得したよ。手は出していない」

「そうか。それなら安心やけど。じゃあ獣人の病気ってなんなんですか?」


 気になっていたことを訊ねるとクロムさんは「獣人特有の病、狂獣病だ」とあっさりと言うた。


「狂獣病? どういう病気なんですか?」

「食欲がなくなる。具体的には何も食べられず、食べても吐き出してしまう。子供から大人まで関係なく罹る」

「なんやコレラと似てますね」

「コレラと違うところは我々人間には罹らないところだ。獣人の間しか罹らない。どうして獣人が差別されているのか。住みかを追われて山間部に住まないといけないのか。それは君と同じ、コレラと誤解されたからだ」

「誤解? ……そっか。人間の間でコレラが流行った時期と狂獣病の関連性があるのだと誤解されて――」

「ああ。悲しい歴史だな」


 クロムさんはあたしに向かって「しかし君の成したことは大きい」と突然褒めた。


「狂獣病の具体的な治療法は確立されていなかった。しかし君の作ったホットポカリが有効だと分かった。強靭な肉体と体力のある獣人には効果覿面だった。後でホットポカリの作り方を教えてほしい。あれは味もなかなか美味しいのだろう?」

「ええ。冷やしても美味しいです」

「レシピを作って提出。そうすれば評価を上げてもよいと教師陣からも言っている」


 しかし砂糖飴と塩飴は流石にないやろ。しゃーない、材料は後で請求するとして、砂糖と塩から作るか。


「それと君の名前で狂獣病の治療と対策をまとめた書類も提出してくれ」

「治療はともかく対策言うても思いつかんです」

「予防の話ではない。医師への感染を防ぐ方法の対策だ」

「そら簡単です。人間に感染しないなら、人間の医師が治療すればいいです」

「それはできない。獣人は差別されている。加えて医師は総じてプライドが高いんだ。やってくれないだろう」


 ならどうして――と訊ねるところやったけど、はたと思いついた。ようするに狂獣病は獣人たちの間でなんとかせいちゅう話なんか。

 大人は汚いなあ。


「他に訊きたいことはないか? 無いなら失礼する」


 そう言ってクロムさんは帰ろうとするけど、あたしの中にはかなり大きな疑問が残っとった。


「クロムさん。あたしには分からんことが一つだけあるんです」

「なんだ? 言ってみなさい」

「どうして、獣人たちは魔法学校の生徒のスイレンを狙ったんでしょうか?」


 クロムさんは「それは初耳だな」と何の感情も示さず言うた。


「それがきっかけで獣人と知り合ったんですけど、向こうもなんや誤解してたんですよ。スイレンの花が毒やのうて、病気に効くって思い込んでたみたいです」

「……それで?」

「ここからはあたしの想像なんですけど、もしかして魔法学校の教師が嘘言って獣人たちをけしかけたんちゃうのって」


 クロムさんは黙ったまま、話を聞いていた。


「お頭にいつスイレンのことを知ったのか、スイレンが難病に効くと誤解したのは何故かと訊いたら、答えられなかったんです。思い出せないって。それって忘却魔法か記憶操作魔法のせいやないかって」

「だとしたら相当な使い手だな。どちらも高等魔法だ」

「ええ。そないな魔法使えるんは、教師しかおらへん」


 知らず知らずシーツを握り締めとる自分がおることにようやく気づいた。


「だから質問に答えてください」

「ああ。一つだけ答えてあげよう」

「もしかして、課題の難易度を上げるために、こないなことしたいんですか?」


 クロムさんは「課題については教師陣に一任してある」とだけ答えた。


「じゃあ一体誰が?」

「一つだけ、のはずだ」

「……真面目そうに見えて、結構意地悪ですね」


 クロムさんは「こちらからも質問はいいだろうか」と言うてきた。


「ええです。一つだけ答えましょう」

「もしも先ほどの推測が事実だとしたら、君はどうするんだ?」


 あたしは目を閉じて。そしてゆっくりと開いた。


「そないなもんは決まっとります。絶対に許せへん。人の弱みに付け込んで、自分の手を汚さないやり方は絶対に許されへん。そういうのを、卑怯ちゅうんですわ」


 そしてクロムさんに向かって言うた。ある意味宣戦布告や。


「誰か知らんけど、同じことしたら、後悔どころで済まされへんことになるで。そう伝えてください」


 思わず魔力を発してしまったけど、クロムさんは動揺もせずに「もしもそのような人物が居たら伝えよう」とだけ言い残して、そのまま去っていった。

 ふうっと溜息を吐いて、そのままベッドに横になろうとしたとき。


「ユーリぃいいいいいい!」


 大きな声で入ってきたんは、イレーネちゃんやった。そのままあたしに抱きつく。


「イ、 イレーネちゃん――」

「もう心配ばかりかけて! もう知りません! 大嫌いです!」

「あはは。ごめんなー」

「何笑っているんですか!」


 その後、気恥ずかしそうなデリアやちょっと怒っとるランドルフ、面白がっとるクラウス、心配そうなエーミールが医務室に入ってきた。

 あらやだ! なんや、賑やかになってきたなあ。

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