第15話あらやだ! 登山の開始だわ!
アブン村に泊まった翌日。朝早くからあたしらはラクマ山へと向こうた。
大の大人なら一日もあれば頂上に行くと宿屋の主人に言われとるけど、十才の少女三人やから二日か三日は掛かると想定したほうがええやろ。観光地やない、それどころか魔境と呼ばれとるラクマ山やし。
途中に山小屋があるらしいけど、同じ課題を貰た他の生徒らや冒険者も利用するかもしれへん。そんときはなんとか揉めへんようにしときたいなあ。
「山登る前に言うとくことがある」
「なによ改まって?」
「何か問題ができたんですか……?」
デリアは朝が弱いんか、あんまり機嫌がよーないみたいやった。対照的にイレーネちゃんは朝が強いけど緊張しまくっとるようやな。
「これから言うてく三つのことを守ってもらいたいんや。もしも守らへんかったら、最悪の場合もあるからな」
「最悪の場合って、なんですかユーリ?」
「そうやな。その最悪の場合をまず考えてみいや、二人とも」
あたしの問いに対して、イレーネちゃんもデリアも考えた。しばらくしてデリアが「誰かが負傷したり病気になったりして、下山するはめになって、郊外訓練が台無しになることかしら」と無表情で答えた。
あたしは首を横に振った。
「そうやない。全員が登山中に死んでまうことや」
この言葉に二人は息を飲んだ。まさか自分が死ぬなんて思わんやろな。
「それに比べたらデリアの言うたことはなんでもない」
「大げさだと思うのは、私の認識が甘いせいかしら」
「せやな。決して大げさやない。人間はあっさり死んでまう。せやからこれから言う三つのことは守ってもらいたいんや」
二人は黙って頷いた。ビビらす真似をしたんは危機的状況を分からすためやった。脅すまではいかへんけど、常にアンテナ張っといてくれたほうが、ありがたいんや。
「まず一つ。できる限り魔物との戦闘を避けること。無駄な体力を使うんはあかんし、目的は登頂やからな。せやけど自分たちの身に危険が及んだら、魔法でもなんでもやって逃れるようにせなあかん」
「逃げるのは性に合わないけど、仕方ないことね」
「分かりました。無理な戦闘はしません」
ちいとばかりデリアが心配やったけど、意外と聞き訳が良くて助かったわ。
ビビらしたんが効いたんやろか?
「第二に、辛いときは素直に申し出ること。その度に小休止するから。無茶はあかん。ゆっくりと進むことが重要なんや」
それにも二人は頷いた。なんちゅうか、デリアは基本的に偉そうやけど、こちらが常識的なことを言えば聞き分けてくれるんやな。まあ貴族優位の考えは変えへんやろけど。
「最後に互いを信頼すること。この課題をクリアするにはチームワークが重要やねん。それは分かるな?」
「庶民と組むなんて、あまり喜ばしいことじゃないけど、まあ一応は聞いてあげるわ」
ふむ。聞いてあげる、か。従うわけやないって意味でもあるんやな。
イレーネちゃんはデリアに何か言いたげやったけど、結局何も言わへんかった。
「ねえ。分かったから早く行きましょう。時間がもったいないわ」
「せやな。時は金なりや。無理せず焦らず行こうな」
「分かりました。早速登りましょう」
そんで登ることになったんはええんやけど、道が整備されとるわけもなく、ひたすら地図を見ながら獣道を歩き続けることになったんや。これがまたしんどい。地図の読めへん女子やないけど、慣れとるわけやないから難しいんや。
スイセンの花が咲く場所は頂上の北にあるんやけど、ちょうど南側から登っとるから距離がある。それに真っ直ぐ行けるわけやないし、回り道や迂回もせなあかんかった。
唯一の救いはデリアがコンパスを持っとったことや。この世界やとコンパスは貴重品やったりする。自作しようにも仕組みがまったく分からへん。もっと勉強しとくべきやったな。
「よーコンパスなんて持っとったな。感心するで」
「はあ、当然、よ、はあはあ、ヴォルモーデン家、舐めないでよ……」
「ふうん。貴族はやっぱり大金持ちなんやなあ」
「ユーリ、はあ、はあ、なんで、あなたは、平気なのよ」
平気? ああ、そういえば登山してから二時間ぐらい経っとる。夢中になってしもうた。イレーネちゃんなんて喋る余裕もあらへんくらい、汗だらだらやった。
「そんじゃあ休憩するで。えーっと、あそこやな。三十分くらい休憩するで」
「はあ、はあ、やっと、休憩ね……」
「良かった、もう、限界……」
開けた場所に到着すると崩れ落ちるように座りこむ二人。あたしは手早く薪木を集めて、身体を冷やさぬように火打ち石で火を起こした。
「火ぐらい、点けてあげるわよ、はあ、はあ……」
「そんなバテてとるのに無茶はあかんで。それにもう点いたわ」
それからリュックの中から鍋と水の入った水筒を取り出す。水を沸騰させるためや。古都でも飲料水は売っとると思うたんやけど、売っとらんかった。いかんなあ日本の感覚を捨てられん。しゃーないから羊の皮でできた水筒に古都の周辺の川から汲んだ水を持ってくることにしたんや。
それを沸騰させて、綺麗にしてから、冷まして飲むしかない。古都周辺の水はそうせんと腹下すからなあ。
まあ、それ以外にも水を確保する方法はないこともないんやが、それはいざと言うときに使うことにする。
「ほんまは塩と砂糖があればええんやけど」
「塩はともかく、砂糖なんて高級品、古都には売ってないですよ」
「……ねえ。あなたに聞いておきたいことがあるんだけど」
息の整ったデリアが厳しい顔でこっちを睨みつけてくる。なんやあたししたかなあ。
「あなたの飴、どうやって手に入れているのよ?」
「うん? 飴ちゃんか?」
「そうよ。そのとおり。あんなに甘くて果実の香りと味のするもの、貴族といえども簡単に手に入るものじゃないわ。それこそ砂糖のような……」
うん? 砂糖のような? もしかして飴ちゃんでポカリ作れるんちゃうか?
「デリア、ナイスやで。これでポカリ作れるかもしれん」
「はあ? ポカリ? ……あなた、知ってる?」
「い、いいえ、知りません」
沸騰したお湯ん中にポケットから砂糖飴と塩飴と取り出した。十個くらいやな。一個ずつ交互に入れて、味を確かめてみる。二人はぽかんとして、あたしのやっとることを見とる。
七個目でようやくポカリっぽい味になった。どないしよ、これ以上入れたら味濃くなるなあ。まあ、これでええやろ。
「できたで。ホットポカリや。ほんまは冷まして飲むもんやけど、十分やろ」
「……あなた、今何したの? 魔法?」
「魔法っちゅうか、料理っちゅうか、まあええやろ。味見はしたで。さあ飲みや」
ホットポカリが注がれたコップをじっと見とったデリアやけど、手が出えへんかった。得体の知れへんもんを口にするんは勇気の要ることやからな。
せやけどイレーネちゃんはちごうた。躊躇なくコップに手をつけた。ほんでデリアが見守る中、ゆっくりと飲んだ。
「……美味しい。こんな飲み物、初めてです」
「そ、それ本当? わ、私も飲む……」
デリアもおそるおそる飲むと目を白黒させて「不思議な味がするわ!」と驚いとった。
「良かったわ。初めての試みやったけど、上手くいって嬉しいわあ」
「ますます分からないわ。あなた何者なの?」
さらに厳しい目を向けるデリア。疑わしいと思われとるんやろか。
「その不思議な飴といい、知らない飲み物を作る知識といい、あなたはおかしいわ。それに初めて会ったときと酒場でのあの技。いくら格闘術に疎い私でも、異常なのは分かるわよ」
そりゃあ日本の武術やから当然やろな。
あらやだ。どないしたやろ。ここで転生者やってことをばらせば説明は上手くいくんやけど、ランドルフたちに口止めされとるし。せやけど言わな信頼に関わるやろし。
イレーネちゃんも不思議そうにあたしを見とる。言い訳できひんかもな。
「今話さんとあかんか? 郊外訓練が終わったら話す――」
「駄目よ。言い訳を考えるかもしれないし、誤魔化されて話さないかもしれない」
うぬぬ。よー考えとるな。しかしここで話せんっちゅーたらチームの崩壊やし。
「ユーリ、私はあなたを信じてます」
イレーネちゃんは意を決したように言うた。
「でも、疑問を抱えたままは嫌です」
「イレーネちゃん……」
「今ここで話しなさい。 さもないと――」
デリアが続けて言おうとする、まさにそのときやった。
バキっという音。何かが近づいてくる気配。ほんで獣特有の唸り声。
あたしらは同時にその方向を見た。
そこには――大きな熊がおった。
「あ、あれは、ツキノワ! 大型の魔物です!」
イレーネちゃんの悲鳴に似た声に反応して、熊がこっちに突進してきた!
「ぐぉおおおおおおおおおおおおおお!」
地の底から響くおそろしい声に反応できたんはイレーネちゃんとあたしだけやった。
イレーネちゃんはなんとか回避したんやけど、デリアはその場から動かんかった。
「――デリア!」
あたしはデリアを跳ね飛ばした。呆然とするデリア。
熊はデリアとあたしの間を物凄いスピードで通り抜ける。
そんときどこかをかすってしもうて、その場に尻餅をついてしもうた。
再び迫り来る熊を見て、なんや前世で死んだときと変わらんやん。成長できてへんわとのん気なことを考えとった。
迫り来る熊の爪。デリアもイレーネちゃんも間に合わへん。
なんとか足掻こうとする――
せやけど熊の爪が――
あたしを切り裂こうとしたんや。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます