第14話あらやだ! 宿屋に泊まるわ!

 ラクマ山の麓にある村――アブンっちゅう名前や――はのどかな田舎の山村って感じやった。寂れとらんし、必要最低限のもんは揃っとる。しかし予想通り食料品はあんまあらへんかった。その代わりにラクマ山の精巧な地図がぎょうさん売られとった。そっちのほうが古都で買うた地図よりも遥かに役立つので早速買い替えといた。


「それで、今日は一泊するのよね。こんなところに旅館があるとは思えないけど」

「宿屋くらいあるやろ。ラクマ山の近くで冒険者たちが仕事で魔物狩りするために必ずあるはずやで」

「ユーリ、あそこにありますよ」


 イレーネちゃんの指差す方向を見ると、あまり上等やないけどそれなりの宿屋があった。


「……あんなところに泊まるの?」

「贅沢言うなや。これから山登るっちゅうんなら野宿するんやで? それに比べたらマシやろ」

「絶対いや、って言ったらどうする?」


 デリアのワガママを聞いて、あたしは子どもがおもちゃをねだったときを思い出した。


「そんなん許さんへん。ほな行くで。まずは宿を押えとかんと」


 笑顔で言うたるとデリアは不満そうに頬を膨らませた。

 もうすぐ夕暮れや。部屋が生徒や冒険者たちで一杯になる前に確保しとかんとあかん。

 宿に入ると、どうやら一階は酒場と併設されとるようで、まだ夜やないのに酒を煽っとる冒険者や村人が少なからずおった。

 イレーネちゃんは怖いんか、あたしのローブの袖をぎゅっと握ってきた。デリアは余裕ぶっとるけど、びびっとるんが分かる。だって手が震えとるんやもん。


「……いらっしゃい。宿泊か?」


 カウンターで帳簿を確認しとった宿屋の主人らしき男が話しかけてきよった。なんとなく無愛想な感じがするなあ。


「せやねん。三人部屋空いとるか?」

「ああ。何泊だ?」

「一泊でええ」

「食事は夕食と朝食がついて、三人で三十イデアル銅貨になる」


 イデアル銅貨っちゅうんはこの国、イデアルで一般流通されとる硬貨のことや。銅、銀、金の三種類で、十イデアル銅貨で一イデアル銀貨、十イデアル銀貨で一イデアル金貨になるんやな。

 ちなみに魔法学校の学生は入学金と授業料は支払わんくてええことになっとる。国が肩代わりしとるっちゅう仕組みなんや。ほんで奨学金なるもんがランクごとに支払われる。

 あたし、ランクSの場合は五十イデアル金貨を一年間支払われておるんや。


「それでええで。二人もそれでええな?」

「はい、大丈夫です」

「……別にいいわよ」


 あたしは三イデアル銀貨で支払った。主人は「なるべく銅貨のほうがいいのだがな」と愚痴っとったけど「手持ちがこれしかないねん」と無理を押した。


「さてと。とりあえず部屋に行くで。少しでも休むんが肝心や」


 そう言うて鍵を受け取って、部屋に行こうとすると――


「へへ。お嬢ちゃんたち。ラクマ山に行くのか?」

「そんな細腕じゃあろくな結果にならねえぞ!」


 酔った冒険者、三十代くらいの二人組みが野次を飛ばしてきた。結構歴戦の戦士みたいな雰囲気があって、なかなか自信のあるようやけど、子供に対してケンカ売るような真似をする時点で底が知れとるな。

 あたしは愛想笑いをしてその場を逃れようとしたんやけど、うちの貴族様がその挑発を受け流すほど大人やなかった。


「ふん。冒険者風情が! 余計なお世話よ!」


 ありゃ、これは不味い。冒険者を軽視した発言でこの場におる冒険者全員を敵に回してしもうた。殺意と言うまではないけど、敵意を持たれとるなあ。


「お? なんだお嬢ちゃん。俺たちとやろうってのか」


 二人組みの冒険者が剣呑な雰囲気を醸し出してこっちに来よった。うーん。やばいな。


「何よ! やる気――」

「デリア、やめとき。ごめんなあ、お兄さん方。生意気言うてほんますんまへん!」


 深く頭を下げて謝ると二人組みは顔を見合わせて、どうしたものか思案しとるようやった。ここまで素直に謝られるとは思っとらんかったようや。

 しかしすぐにいやらしい顔つきに戻る。


「そうだな。わび代を出したら考えてやるよ」

「わび代、ですか? いくらですのん?」

「イデアル銀貨、十枚で勘弁してやるよ」


 こいつらの狙いは強請りやったんか。ゲスやな。まあなんとか払えん額やないけど……


「ユーリ、払うことないわよ。こんな下衆な連中の要求に従うなんて、死んでもいやよ!」


 デリアの言うことも分からんでもないが、従わんとどないなるかは知れとるなあ。飴ちゃん渡して許してもらうわけにはいかんやろか。


「なんだ、払えねえのかコノヤロー!」

「わびの言葉だけじゃ誠意が足らねえんだよ!」


 うわあ。まるでチンピラやな。こっちが手を出さんから調子に乗っとる。

 周りの人間もにやにや見とるか、無視しとる。助けてくれなさそうやな。


「あ、あの、勘弁してくれませんか?」


 この均衡を崩したのは、イレーネちゃんやった。怖い気持ちを必死に押さえつけて、場を納めようとする。


「これからラクマ山に挑まないといけないんです。だから、勘弁してください……!」


 イレーネちゃんの必死の懇願を興味深そうに聞いとった二人組みの一人が「お嬢ちゃん、度胸あるな」とにやっと笑った。

 イレーネちゃんの勇気にほだされたんや。

 そう勘違いしてしもうた。


「そんな謝罪はいらねえから、金出せコノヤロー!」


 そう言って、イレーネちゃんの顔を平手で殴った。


「あう!」


 倒れるイレーネちゃんがスローモーションのように目に映った。

 あたしより先にキレたんはデリアやった。


「……ファイア・ショット!」


 イレーネちゃんを殴った冒険者に向かって、火の玉を放った。余裕の笑みを浮かべとった冒険者は迫ってくる火の玉に反応できんくて、まともに喰らってしもうた。


「ぐわああああ! 熱っちいいい!!」

「お、おい! 大丈夫か!? 水、水ぶっかけて――」

「あんたの相手は、あたしや」


 パニくった片方の冒険者に近づいて、袖と襟を取った。ほんで背負い投げをする。ただし地面に叩きつけるんではなく、投げの途中で手を離した。

 空中をまるで泳ぐように飛んだ冒険者に全員が注目した。

 ほんで宿屋の壁にぶつかって、そのまんま伸びてしもうた。

 火の玉を食らった冒険者のほうを見ると、そのまんま気絶しとった。まあ火は消えとるからほっといてもええか。


「イレーネちゃん、大丈夫か?」

「えっと、びっくりしましたけど、大丈夫――痛っ」

「今、回復したる! 安心せえや!」


 オレンジ色の光とともに顔の腫れを小さくしてく。二週間の練習の成果で、そこまでごっそり体力の減るようなことはなくなったけど、疲れてしまうことには変わりなかった。


「……よし。元のべっぴんさんに戻ったで」

「ありがとう、ユーリ。それから、ありがとうございます。デリア」


 お礼を言われたデリアは「な、なによ、お礼なんて!」とそっぽを向いてしもうた。


「私のために、戦ってくれたなんて、驚きです」

「せやな。いっちゃん最初にブチ切れたんは流石やな」

「ふん! 元々からまれた原因は私だからよ! これで貸し借りなしだからね!」


 あたしらが友情を育んどると――


「おいおい。魔法使いか三人とも!」

「やばいな。俺たちの敵う相手じゃねえ」

「逃げるぞ。あいつらの仲間と思われたらろくなことはねえ!」


 急いで宿屋から出て行く冒険者たち。そして対照的に村人は拍手喝采やった。


「いやあ。初めて魔法見たけど、凄いなあ」

「赤毛のお嬢ちゃんの技も凄かったなあ。大の大人が飛んだぞ!」


 なんや。冒険者は結構嫌われとんのやな。それに無視しとったわけやなくて、怖くて動けんかったんやな。


「調子良いわね。助けようともしなかったくせに」

「しゃーないわ。荒くれに対抗できるほど村人は強ない」


 デリアに諭すように言うた後、宿屋の主人があたしに向かって呼びかけた。


「そこの赤毛のお嬢ちゃん。わび代だ。半額の十五イデアル銅貨でいいぜ」


 そう言うておまけしてくれた分の料金をあたしに渡す。


「なんや。おっさん結構優しいやん」

「あの二人組みには迷惑してたんだ。そのお礼も含まれている」


 宿屋の主人は続けてあたしらに言うた。


「郊外訓練も上手くいくといいな」

「なんや、知ってたんかいな」

「毎年、この時期にラクマ山で行なわれてるからな」


 ほんで無愛想やった主人は初めて笑顔を見せたんや。


「良いチームだ。三人ならラクマ山も攻略できるかもな」


 その後は宿屋で休んで、風呂がないことをデリアが文句言うて、妥協としてお湯で身体を拭くことを提案して。

 食欲旺盛なイレーネちゃんの食べっぷりにデリアが引いて、追加料金も取られて。

 それから各々ベッドで寝て初日は終わった。


 明日はいよいよ本番や。

 今回の騒動でデリアが信用できる人間やと分かって良かった。

 人のために怒れるんは、優しくて気高い人間の証拠や。

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