第3話あらやだ! 魔法使いになっちゃうわ!
魔力測定の次の日。イデアル王国からの使者が三人、あたしん家にやって来た。
王国直属特務魔導補佐官主席ちゅう長ったらしくて仰々しい肩書きのおっさんとその部下二人。いわゆる魔法使いに勧誘ってやっちゃな。けど、そないなお偉いさんが来ることなんか?
「えー、補佐官のアリニウスだ。君が近年まれに見るランクSの魔力を持ち主、ユーリちゃんだね」
なんや、あんた自分の肩書きをきちんと言わんのかいと一瞬ツッコミそうになるけど、ぐっと堪えた。ボケとるわけでもないし、いかにも高級役人という服装とできる男の顔をしとるアリニウスさんは真面目に言うとる。せやからそないなこと言えへんかった。やから「はい。そうです」とだけ答えた。
「すみませんがアリニウス様。この歳でまさか魔法使いになれとは言いませんよね? 普通は魔法学校に入学させるのが筋ですよね」
どうやらおとんはあたしを魔法使いにしたくないらしい。そらそうやろな。何故なら魔法使いはこの異世界においては『人間兵器』扱いされとるからな。
優れた魔法使いは国に召集される。ほんで隣国への備えにされてまう。日本で言うところの自衛隊やな。やけどそれは平時のときのみ。今は五年ほど休戦しとるけど、いつまた戦争が起こってもおかしゅうない。
「もちろん。このようないたいけな少女を戦場へ送る真似はしない。まず魔法学校に入学して、それから適正を見させていただく。しかし、ランクSの魔力を持つ人間ならば、間違いなく後備役にはならぬと覚悟していただきたい」
うわあ。この人おっかないなあ。確実に前線に送られる言うてるもん。しかも親の前で。度胸あるなあ。
すると、突然おとんはテーブルをどごんと拳で叩く。同席しとるおかんとエルザは涙目になっとる。二人ともごめんなあ?
「ふざけるな! ユーリは女の子だぞ! 人殺しは絶対にさせない!」
「落ち着いてくれ、ヨーゼフ殿。あくまでも可能性の話をしただけだ」
「――っ! いくら可能性とはいえ、胸糞悪い話はしないでもらいたい!」
なんとか怒りを堪えるおとん。さて。どないしたらええんやろ。
「あの、アリニウスさん。入学しない、魔法使いにならんっちゅー道はないですか?」
恐る恐る訊ねると「そんな君たちに都合の良い話、あるわけないだろう」とすぱっと断言されてもた。
「言っておくがランクCやBの人間ならまだしも、ランクSの人間をむざむざ逃すのであれば、私の首が飛ぶだけでは済まぬ。君たち家族も罪に問われることになる」
あらやだ。人権問題って言葉は異世界にはあらへんのやなあ。まあ、こうして使者を立てることが最大限の譲歩か?
うーん。あたしは難しいこと苦手なんやけど。
「とりあえず、魔法学校に入学しなさい。なに、ランクSならば奨学金も出る。それに卒業すれば少なくとも中尉からスタートできるだろう」
この世界は中世ヨーロッパなはずやのに、軍制度ができあがっとるな。戦争がたくさん起こりすぎて軍事面の発展が著しいんかもな。あくまでも推測やけど。
「……しばらく、考えさせてくれ。家族とも相談したい」
長い沈黙の中、おとんはそれだけしか言えんかった。実の娘を軍人にするんは苦渋の決断やろうなあ。
もちろん、あたしも嫌に決まっとる。何が楽しゅうて人殺しなんてせなアカンのや。
「分かった。二日待つ。くれぐれも逃げるなどしてくれるな? その間見張らせていただく」
そう言ってアリニウスさんと部下たちは家から出て行った。
「くそっ! なんでだ! どうしてこんなことに……!」
「……ごめんなおとん」
苛立つおとんを見て、思わず謝ると「いや、お前のせいじゃない」と無理に笑われて逆に気を使われてもた。
まったく親不孝者やな。
「あなた。どうしたらいいのでしょう。私、ユーリを人殺しには――」
「ああ、分かっている。なんとか考える」
考える言うても、このがんじがらめな状況を解きほぐすような冴えたやり方が浮かぶわけがないわ。
仕方ないからエルザに「部屋戻ろ?」と告げて一緒に部屋に行くことにした。
アリニウスさんが来たときから、二人きりになるまで愛しい妹は黙ったままや。これは謝らなあかんな。
「ごめんなエルザ。お姉ちゃんのせいで――」
「お姉ちゃんは悪くないよ。悪いのはあの人たち」
無表情でエルザはあたしのほうを見ないで壁を睨んどる。ぶつぶつ何か言うとる。耳を澄ますと「あたしからお姉ちゃんを奪うなんて許せない」的なことを何度も言うた。
あたしはエルザを後ろから抱きしめた。お日様のような匂いがして落ち着くわ。
「お姉ちゃん? どうしたの?」
「抱きしめたくなっただけ。あかんの?」
「……駄目じゃない、よ」
あたしの腕をぎゅっと掴んで、ちょっとだけ恥ずかしがるエルザ。
なんて可愛い妹なんやろ! 転生して一番嬉しいんはエルザに会えたことやな。
エルザを抱きしめながら考える。どないしたら人殺しにならずに済むんやろうか。
とりあえずは現状確認や。前世の夫、貴文さんが言うてたな。困ったときは原因を確かめて、そこに至るまでの道筋を辿るんが正しいやり方やって。
エルザから離れて、部屋の机に置いてある、魔力適正の詳細が書かれた羊皮紙を見てみる。これにヒントが隠されとるかもしれん。
「……お姉ちゃん。そんなもの破り捨てなよ」
「いや、なんとか逃れるやり方を探しとる」
貰ったときはじっくり見てへんかったけど、どうやらあたしの属性は水と風らしい。確か属性は全部で六つあった気がする。えーと、光、闇、火、水、風、土やったな。こういうとき勉強しておけば良かったと悔やまれるなあ。
「なあ。エルザ。あたしの属性が水と風らしいけど、水と風ってどないなことできるん?」
「えっ? 水と風を操るんじゃないかな」
まあ、エルザの言うとおりやけど知りたい答えやないな。
「でもお姉ちゃん凄い。二重属性だなんて。才能があるんだね」
「二重属性? なんやそれ」
「えっとね。生まれながら属性を二つ持っている人らしいよ。前に神父様が話してた。普通の人は一つだけだけど、稀に二つも三つも持っている人が居るんだって」
ふうん。黄身が二つ入っとる卵みたいなもんか。しかしますます魔法使いから逃れられるんが難しくなったなあ。
「あたし、お姉ちゃんに魔法学校へ行ってほしくないな」
「うん? どうして? やっぱりお姉ちゃんが人殺しになるんが嫌なん?」
「それもあるけど、魔法学校って古都のテレスにあるんでしょう? 離れ離れになるのは、絶対に嫌」
確かにエルザの言うとおり、家族と離れ離れになるんは嫌やな。古都はここから真西の遠方にあるし、行き帰りが大変や。
新たに行きたくない原因を見つけたあたしは目を皿のようにして、羊皮紙を調べる。うーん、攻撃魔法の適性はそれなりに高い。とてもやないけど、辞退の理由はあらへんな。
次に補助魔法を見てみる。そういえば、補助は攻撃よりもあんまり重要視されとらんかったっけ。
――あれ?
「なあエルザ。これって、結構凄ない?」
「えっ? まあ凄いけど二重属性に比べたらあんまりだよ」
いや、攻撃魔法よりもこっちのほうが凄い。前世の経験であたしは分かった。
明日、神父様に訊かねばならへんな。
「ほう。確かにそれ専門の魔法使いは居ますよ。数は少ないですが」
翌日。教会の神父様のところに向かった。すると希望通りの答えが返ってきた。
「ほ、ほんまですか? でもなんで数が少ないんやろ」
「それほど難しい、狭き門だからですよ。しかしあなたならば容易く大成するかもしれませんね」
「ああ、ランクSだからですか?」
神父様は「そのとおりです」と首を縦に振った。
「よし。これなら――」
「しかしランクSの人間がその道に進むとなると、説得が難しいですよ」
「なんとかするわ。神父様、おおきに!」
そう言うて、急いで教会を出るあたし。後ろから聞こえる「頑張りなさいよ」という声に手を振った。
早く家族を安心させたいと思うて走る。高校は柔道部やったけど、中学のときは陸上部やった前世。他の誰よりも脚力では負けへん、思うてる。
「あ、あの! ちょっと待ってくれ!」
後ろから声をかけられる。立ち止まって振り向くとこの前助けた男の子が居った。
多分同い年。金髪で目が青い。大多数のイデアル王国民らしい容貌やったから、あんまり印象薄かったけど、結構カッコええやん。
「うん? この前の子やな」
「ああ、そうだ。この前はありがとう」
「お礼なら前に言うたやん」
「いや、その、ほら、飴のお礼が言えてなくて!」
ああ、飴ちゃんか。意外と律儀なところは好感が持てるな。
「ええよ。別に。それよりも今度は多人数でも負けへんようにな」
「ああ。負けない! 俺は誰にも負けないようになるんだ」
気合入っとるなあ。こういう子、嫌いやない。息子の義信を思い出すわ。
「そうや。あたしからのプレゼントや。また飴ちゃんあげる」
ポケットからまたぶどう味の飴ちゃんを取り出す。男の子は両手で大切そうに受け取った。
「すまないな。また飴とやらを貰って。しかしこんな甘くて美味しいもの初めてだった」
「ふふ。そうやろ。特別な飴ちゃんやからな」
その後、男の子とは別れてしもうた。急いどったし、それに男の子は飴ちゃんを口に含んでしもうたからな。
そういえば名前を聞いとらんかったなと思い返したんはだいぶ先のことやった。
あの律儀な男の子は後に再会することになるんやけど、それはまた別の話や。
「おとん! おかん! エルザ! 話があるんやけど!」
勢いよく玄関を開けて大声でみんなを呼ぶ。おとんはあたしの件で仕事を休んどるから、家に居ることは知っとった。
「な、なんだユーリ? 何があったんだ?」
呼びかけに応じてリビングに集まった家族三人にあたしは改まって言うた。
「えー、いろいろ考えたんやけども、どうやら魔法学校に行くんは避けられへん」
「なっ!? ユーリ、何を言っているんだ! 気は確かか!」
おとんは立ち上がってあたしの肩を揺する。痛い痛い!
「考え直せ! なあ! なあ!?」
「ちゃうねん! おとん、あたしは人殺しになるつもりはないねん」
それを聞いたおとんは肩から手を放した。
「ユーリ、それはどういう意味なの? 入学したら魔法使いになるしかないのよ?」
「おかん。発想を逆転させるんや。魔法使いでも人を殺さずに済む方法があるやんか」
すると厳しい目であたしを見ていたエルザが「どういうことなの?」と訊ねた。
「あたしは魔法使いになる。やけど、人を殺さん。何故なら、治療魔法士(ヒーラー)になるからや」
その言葉に誰も何も反応せぇへんかった。理由はあたしが突拍子のないことを言うたからや。
「ち、治療魔法士? あの切り傷とか治す奴か?」
「いや、そんな役に立たへんもんを目指すつもりはない」
現在の治療魔法士は精々、切り傷や打撲を治すだけのもんやった。しかしあたしが目標とするんはそないなもんやない。
「どんな怪我や病気でも治すことが目標や。最終的には人の命を救える、治療魔法士を目指すんや!」
家族みんなはぽかんとしとったけど、あたしには自信があった。魔力測定の詳細、補助魔法の癒しの部分はなんと攻撃魔法よりも高い適正があったからや。
そんで翌日。アリニウスさんにあたしの考えをぶちまけた。
「せやから! 人命を救うことのできる治療魔法士は絶対役に立つんや!」
「理論上はそうだが――」
「理論ができとるんなら実践だけやんか!」
「コストが――」
「人の命に勝るコストなんかあるわけないやろ!」
「いや、教育上のコストが――」
「んなもん、あたしを実例にしてカリキュラム作れや!」
「前代未聞――」
「前例は判断の材料やないわ! なければ創り出すんや!」
「君は二重属性――」
「癒しのほうが適正高いやろが!」
流石にあたしのマシンガントークが効いたんか、最終的に納得してしもうたアリニウスさん。少々貧血気味になって部下二人に支えられて帰ることになってしもうたんは可哀想やと思うけど、仕方ないことや。
こうしてあたしは人殺しにならずに済んだ、ちゅうわけやな。
一件落着、めでたしめでたし。
それから月日が経ち、古都テレスへ向かう日になった。
「お姉ちゃん、行かないで……!」
最後まで反対して、行くときもあたしの服をなかなか放してくれんかったエルザに、休暇のときは帰ってくるからと説得するんが大変やったなあ。
ちゅうわけで。
あたしは魔法使いもとい治療魔法士になるために古都へ向かったわけや。
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