第2話あらやだ! 少女になっちゃったわ!
転生して、十年近くが経った。つまり、もうすぐあたしは十才になる。
「ユーリ。いつもありがとうね。私の代わりに、料理を作ってくれて」
「ええよ。気にせんといて。あたしがやりたいからしとるだけやもん」
病弱なおかん、マーゴットは申し訳なさそうに言うんやけど、元々前世で専業主婦をしとったから全然苦やなかった。まあろくな調味料も食材もないんは大変で、工夫も必要やったけど、そんなん言い訳になってまうわ。
「お姉ちゃん。あたしも手伝うー」
二才年下の妹、エルザが小さな身体でこっちに歩いてくる。ああ、可愛いなあ。小さい頃の一美を思い出すわあ。
「そうやなあ。エルザは食器を用意してくれるか? 今日はおとんの帰りが早いはずやから、四つ用意してな」
「分かったー。あたしも頑張るね!」
父親ゆずりの艶やかな黒髪を揺らしながら、エルザは食器棚に向かう。あたしはおかん似の赤毛やから、時折エルザが羨ましくて仕方がない。でも日本ちゃうから黒髪のほうが珍しいんやけどな。
姉妹で甲斐甲斐しく料理の仕度をする様子をおかんは嬉しそうに、そして申し訳なさそうに見とる。
早くおかんの病気、良くなるとええなあ。
「おう。今帰ったぞ!」
筋肉隆々な大工の棟梁――この世界ではマイスター言うんやったっけ――のおとん、ヨーゼフが帰ってきた。黒髪の短髪で結構強面やけど、女子供にはめっぽう優しい。
「あ、パパお帰りー」
「おとん。お帰りやでー」
「あなた。お帰りなさい」
三者三様の出迎えの挨拶を聞いて、満足そうに頷くおとん。
「マーゴット。身体の調子はどうだ?」
「ええ。今までと変わりないですよ」
「……そうか。ま、現状維持は何よりだな!」
無理矢理笑顔になるおとんを見て、ちくりと胸が痛んだ。あたしから見ても、おかんはもう長くない。何の病気か分からんけど、すぐに良くなるもんではないやろ。
「良い匂いだな。今日は何を作ってくれたんだ?」
「シチューや。栄養満点の料理やで」
シチューと聞いて、首を捻るおとん。
「なんだ? そのシチューっていうのは」
「なんや。一週間前に残しておいたやろ?」
「ううん? ……ああ、あの白いスープか!」
ありゃ? この世界にはなかったんやろか? エルザはともかく、おかんは平気な顔して食べとったけどなあ。
「そうや。美味しいはずやで」
「ああ、冷めても美味しかったなあ」
「温め直さなかったん? 温かいんが美味しいのに」
「どういうものか分からなかったからな。それじゃあ今日は温かいシチューとやらを飲ませてもらおうか」
いつもはおとんの仕事で忙しくて、家族で食卓を囲むことが少ないあたしたち。
久しぶりにこの日は一家団欒を楽しんだんや。
その夜のこと。ふと目を覚ましてしもうたあたしはベッドを抜け出して、トイレに向かった。その帰り、おとんとおかんの部屋のドアが開いてて、会話が聞こえてしもうた。
「あなた。ユーリのことなんですけど」
「ユーリがどうしたんだ。悪いことをするような子じゃないだろう」
「ええ。とても良い子です。良い子過ぎるほどに。だけど、時々不安になるのよ」
「……何かあったのか?」
「あの子が産まれてからずっと、不思議に思うことがあるんです。子どもらしくないって」
それを聞いたあたしは内心どきりとした。
「まあ歳の割りに大人びいているが……」
「言葉遣いもそうですけど、私が教えていない裁縫や料理、掃除の仕方をまるで慣れたようにして。それが怖いんです」
「怖い? 自分の子どもが?」
「自分の子どもだから怖いんです。いえ、自分の子どもじゃないみたいで怖い。ああ! 私はなんて罪深いことを! 愛しているのに、怖いだなんて……」
「マーゴット、考えすぎだ。今日はゆっくりと寝なさい」
そこまで聞いて、なんだか悲しい気分でベッドに戻る。隣は天使のように愛らしい表情のエルザがすやすや眠っとる。
「なんや、異世界転生も楽やないなあ」
誰にも聞こえない独り言を呟く。おかんの心労にならんようにこれからはせんといかんなとぼんやり思った。
あたしが転生した異世界は、一言で言えば誰もが想像するような中世ヨーロッパに似とった。いや、似とったという表現はよろしくないかもしれん。はっきり言うなら健太がしていたRPGの世界そのものやった。
街の外には魔物がうようよ居るし、そのせいで街の周りは城壁で囲まれとる。不思議なことに上空から鳥の魔物が襲ってくることはない。ほんまになんでやろ?
この世界は三つの大きな大陸と十の小さな島国で構成されとるそうや。あたしたち家族が住むんは北部の大陸、ノース・コンティネントの内陸国、イデアルの首都、プラトやった。
おとんはプラトに数ある大工ギルドの長、マイスターをしとる。なんやよう分からへんけど、商工会の会長みたいなもんやと認識しとる。
生活水準はピンキリやった。あたしの家は中流で、他の家と比べて特別裕福やないけど、その日の暮らしに困ることはなかった。
せやけど、いかんせんこの世界の文化水準は低い。娯楽がほとんどあらへん。それに職人の家やから学校にも通わせてもらわれへん。やから毎日エルザに絵本の読み聞かせをしたり、ままごとしたり、外で遊んだりしとる。
正直退屈やけど、仕方ないなあ。
さて。あたしは両親から『ユーリ』と名付けられとる。貴族やないから個人姓はない。庶民は慣習的に故郷を姓とするから、『ユーリ・プラト』が正式な名前となる。
一応、歳相応の体格をしとる。それは栄養を満遍なく取るように心がけているせいもあるけどな。
しかし、あの女の子、ミルフィーユとか言うたっけ。なんであたしみたいな一般人をこの世界に転生したんやろうか? あんときは深く考えとらんかったけど、不思議でしゃーない。
何か目的があるはずやと思うけど、向こうから何か言われん限り、何もする気はない。
精々、好き勝手に生きてみるわ。
「ユーリ。悪いけど牛乳もらってきてくれる? 代金はここにあるから」
「分かったでー。行ってくるわ」
翌日、いつもより顔色のええおかんに言われて、牛乳屋さんに向かう。エルザも一緒や。なんちゅーか、甘やかしてきたから、すっかりお姉ちゃん子になってもうたなあ。
「お姉ちゃん。あのね……」
「なんや、飴ちゃん欲しいんか? 何味がええ?」
「いちごがいいなあ」
可愛い妹にねだられてしもうたら、あげへんわけにはいかんなあ。あたしは女神の加護を使ってポケットからイチゴ味の飴ちゃんを取り出した。
「はい。おとんとおかんには内緒やで?」
「わあい! ありがとう!」
慣れた手つきで包装紙を剥がして口に入れるエルザ。まるで彼女の至福だと言わんばかりなとろけた表情にメロメロになってまう。ああ、なんで可愛いんやろ! 天使やな!
おとんとおかんに内緒なのは、飴ちゃんは子どもにあげるものやと思うから。ただそれだけの理由やった。
牛乳屋さんでビン二本を買うて、エルザと仲良くお歌を歌いながら帰ると、なんだか路地裏で騒がしい声がした。
なんやろうと思うて、そっと覗くと小さな子どもが五人の悪ガキに虐められとった。
「おら! 生意気なんだよ! これ以上偉そうな口、叩くなよ!」
「――っ! やめろ!」
「やめてください、だろうが!」
あたしは虐めが嫌いや。大嫌いや。前世でもそうやった。
「エルザ。ちょっと牛乳持っとき」
「お、お姉ちゃん!?」
エルザに荷物を預けて、虐めをしとる悪ガキに声をかけた。
「あんたら何してんの! 大勢で囲んで卑怯やないの!」
びっくりして振り向く悪ガキたち。きっと大人に怒られたと思ったんやろうけど、あたしの姿を見て安心したらしく強気で迫ってくる。
「なんだ。『赤毛のユーリ』じゃねえか。いや『おせっかいなユーリ』のほうがいいか?」
「なんやそのあだ名。センスないわ」
「ふざけたこと言ってんじゃねえ。女は下がってろ」
邪険に扱う悪ガキに、大人気なく怒鳴った。
「この卑怯者! 一人に対してそんなんするなんて、可哀想やと思わんの!?」
「うるせえなあ。こいつが生意気だからやってんのさ」
「ええからやめなさい。あたし、怒るで?」
その言葉に五人の悪ガキの一人が「ちょっと、不味いですよ」と小声でリーダー格に耳打ちする。
「こいつ怒らせたらうるさいですよ? しかも手が早いし」
「はん。そんなの関係ねえよ。ちょうどいい。てめえも目障りだったんだよ」
近づくリーダーにあたしも一歩前に進み出る。
「てめえも生意気だ。ぶっ飛ばしてやる!」
右手で顔面を狙ってくる悪ガキに対して、あたしは腕を掴んで、昔習った柔道よろしく投げ飛ばした。地面に叩きつける。石畳ではなく、土の上やから、あまり痛くないはずや。
「いってええ!! て、てめえ……ぎゃあああ!!」
そのまま関節技を決める。腕十字固めや。悪ガキは左手でバンバン地面を叩く。ほう、異世界でもギブアップの合図は変わらへんのやなあ。
「ええか? 多人数で人囲んで痛めつけるんはな最低の行為なんやで? 男なら正々堂々タイマン張りなさい。分かった? ほら、返事は?」
説教を終えると悪ガキらは声を揃えて「はい!」と言う。結構素直やなあ。
「それじゃあ、帰ってよし!」
「すんませんでした、ユーリさん!」
駆けるように逃げる悪ガキたち。それを見届けてからそれまで隠れていたエルザがこっちにやってくる。
「お姉ちゃん、相変わらず強いね!」
「おかんには内緒やで。あんた、大丈夫? 怪我は平気?」
座り込んでいたボロボロの子どもに手を差し伸べると、その子はキッとあたしを睨んで払いのけた。
「あ! せっかくお姉ちゃんが――」
「うるさい! 誰も助けてとは言ってないだろう!」
悔しそうに地面を見つめる少年にあたしは「そうやろうなあ」と告げた。
「女の子に助けられちゃ、男の立つ瀬はないわな」
「…………」
「今日の悔しさを忘れたらあかんよ。そしたらつよーなれるから」
エルザの手を引っ張って、家に帰ろうとする。すると後ろから「……待ってくれ!」と少年の声。振り向くとぶっきらぼうな感じで言う。
「助けてくれて、ありがとう」
あたしは少年に向かって、ポケットからぶどう味の飴ちゃんを取り出して、投げて渡す。
「これは……」
「飴ちゃんや。これあげるわ。美味しいで」
エルザは不思議そうな顔であたしを見つめる。まあ姉の気まぐれを理解できる年頃じゃないわな。
それから数日後。あたしは十才になった。
おとんと一緒に教会に向かう。そこで魔力測定をするんや。
「ま、俺とマーゴットは適正なしだったからな。あんまり期待するじゃないぞ?」
魔力測定というのは体内にある魔力を測定して、魔法使いの適正があるかどうかを見るためのもんや。ま、元の世界の知能指数を計るもんと同じやな。
「さあ。ヨーゼフの娘ユーリよ。この宝石に手をかざしなさい。そして念ずるのです」
神父様に言われて、無色透明の石に手をかざす。被測定者の魔力に反応して色が変化するようやけど、両親が反応なしやったから、あんまり期待せえへんかった。
目を瞑って、宝石に集中する。
すると――
「おお! なんということだ!」
「ユ、ユーリ、まさかお前が……!」
なんや騒がしいなあ。
そう思って、目を開けた。
「……はあ!?」
そこに映っとったんはおとんと神父様の驚愕の表情。
そして、金色に輝く、宝石。
「ランクSの魔力だ! この子は天才だ!」
あらやだ! あたし天才だったんやなあ!
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