あらやだ! コレあれやろアレ! なんやったっけ? そうや転生やろ! ~大阪のおばちゃん、平和な世の中目指して飴ちゃん無双やで!~

橋本洋一

第一章 異世界に転生編

第1話あらやだ! 死んじゃったわ!

「あらやだ! 高いやないの! 少し負けてーや!」

「おいおい鈴木さん。無茶言わんといてーな。これ以上下げたら首飛んでまうわ!」

「なに言うてんねん! 負けられるやろ! 気合入れや!」


 困り顔の魚屋のおっちゃんに「なんでや、この前は負けてくれたやん」と文句を言うた。


「なんや不景気言うて、仕入れ値があがっとんのや。鈴木さんも分かるやろ?」

「頼むわ、主人の小遣い減らして家計やりくりしとんのや。な? あんたとあたしの仲やろ?」

「……そこのアジも買ってくれたら考えたるわ」


 折れてくれたおっちゃんに「いよ! 流石大将! 男前やわ!」と言うて、嬉々としてマグロとアジを買う。いやあ得したわ。


「それにしても鈴木さん。マグロ買うなんてどないしたん? 家計やりくりしとるんちゃうの?」

「上の子が野球のレギュラーになったんよ。そのお祝い」

「ほう。そらめでたいな。それに水臭い。言うてくれな」

「あはは。祝いで値切るってあんまり良くないやろ? ありがとうな、おっちゃん」


 手を振っておっちゃんと別れて、商店街をぶらぶら歩く。魚も買うたし、野菜も買うた。後は帰るだけやな。


「あー、小百合ちゃん! 元気しとるん?」


 るんるん気分で家の方角に歩くと、大きな声で名前を呼ばれた。振り向くとそこには同年代の恵子、明美、和子の三人がなんや話し込んどった。いわゆる井戸端会議やっちゃな。


「あらやだ! お久しゅう。三人とも元気やった?」

「小百合ちゃん、しばらく見いひんかったけど、どないしたん?」

「主人の実家のほうへ少しな。おとんが腰いわしてしもうて」

「ああ、兵庫やったな。親孝行しとかなあかんな」

「せやなあ」


 その後は益体のないことをぺらぺら喋った。女三人集まると姦しいというけど、そこに一人加わるだけでさらに喧しくなるのは当然のことやな。


「それで、小川さんの息子が悪戯で先生に怒られたんやけど、どんな悪戯したと思う?」

「あの子のことや。しょーもない悪戯に決まっとるわ」


 一体どんな悪戯をしたのか、楽しみにしていると急に明美が「あの子ら、なんだか危ないわね」と指差した。

 見ると車が往来する道路脇でサッカーボールで遊んどる小学生たちが居った。まったく、あんなところで遊んだら危ないやん。公園か空き地で遊ばんと。


「あかんわ。ちょっと注意してくる」

「小百合ちゃんらしいわねー。気をつけてなー」


 のん気な和子の声を聞きながら、早足で子どもたちの元へ向かう。

 せやけど、案の定、危惧していたことが起こるべくして起こってしまったんや。

 子どもの一人がサッカーボールを追って、道路に飛び出した。


「――危ない!」


 急いで子どもへ駆け寄る。目の端に迫ってくるトラックが見えてもうた。

 これでも若い頃、地元の県大会で活躍した短距離走者や。なんとかなるやろと過信していた。

 ビビッて凍りつく子どもを抱きかかえたんはええけど、トラックが近くまで来てたから、その場を離れることはできひんかった。

 仕方ないから、子どもを庇うように抱きしめる。

 クラクションが鳴り響く。やけどブレーキが間に合わないようやった。

 背中に物凄い衝撃。身体が投げ出される。そして強烈な痛み。背中だけやなく、頭も痛かった。せっかくきっちりセットしたパーマが台無しやとぼんやり考えた。


「小百合ちゃん! ああ、なんてことや!」

「早よ救急車呼んで! ぼさっとせんといて!!」


 ああ、恵子や明美の声が遠くに聞こえる。目の前には泣きそうな男の子の顔。


「あ、安心せえや……おばちゃん、平気、やから……」


 勇気付けるためにポケットに入れてある飴ちゃんを渡そうとするけど、力が出えへんかった。

 あ、やばいかも。


 ごめんなあ。貴文さん。

 ごめんなあ、義信、一美、健太。

 家族にごめんなさいをして。

 あたしは意識を手放した。





「鈴木小百合。享年四十二歳。既婚。夫と子ども三人の五人家族。夫のほうの祖父母とは別居。身長百五十七cm。体重五十二kg。性格は陽気。座右の銘は『懸命に生きれば報われる』。見ず知らずの子どもを助けて事故死、ですか」


 気がつくと何もない白い空間に居った。いや、何も無くはないわ。目の前に綺麗な女の子が居る。まるでこの前観た映画で出てきた、昔のギリシャかローマの人が着るような白い布みたいなんを着とって、頭には葉っぱの王冠、黒髪が腰まで伸びとるべっぴんさんやった。そしてA4サイズの石版を持っとって、なんや知らんけどあたしのプロフィールを言うてる。


「えっと、あんた誰? ここはどこなん?」

「私の名前はミルフィーユ。ここは私の世界――」

「なんや美味しそうな名前やなあ。こんなところに独りでおるの? 淋しくないん?」

「いえ、ここに住んで居るわけでは――」

「ていうか! そんな肌を出して平気なん!? 若い子が寒い格好してはあかん!」

「いえ、私は人間でも若くも――」

「駄目や! あんたこれ着なさい! そんなんあかんで!」

「と、虎柄――」

「まったく。あんたの親はそんな格好させて平気なんやろか」

「私に親は――」

「それより聞いてえな。うちの子の一美、最近色気づいてな」

「は、はあ……」

「化粧なんかまだ早いと思うのよ。中学生やし。でもなあ、好きな子が居る言うて聞かへんのよ。まったく、三人とも言うこと守らんし。こんなことだと先が――」

「あ、あの! 私の話を聞いてくれませんか!」

「うん? どないしたんや?」


 気がつくと女の子が涙目になっとった。いかんなあ。歳を取ると人の話を聞かんくなってしまうわ。


「あー、ごめんなあ。おばちゃん、話しすぎたなあ。ちょっと待ってえな。ポケットに飴ちゃん入っとるから。ほら、食べ?」

「……いただきます」


 飴ちゃんを渡すと、女の子はコロコロと口の中で転がしている。その間、あたしたちは黙っとった。

 舐め終わると女の子はこほんと咳払いした。


「それでですね。あなたは自分が死んだことを自覚していますか?」

「死んだ? あたしが? ……車に轢かれたような気がしないでもないな。あー、そっか。死んでもうたか」

「……悲しいですか?」

「うん? そら悲しいやろ。あ、思い出した。助けた子、怪我ないん?」

「軽い擦り傷だけです。命に別状はありませんよ」

「良かった良かった。なら思い残すことはあらへんな」


 そう言うて女の子に「はよ、天国でも極楽でも連れてってくれや」と促した。こないに可愛い子は天使か何かやろという判断やった。

 せやけど、女の子は予想と違ったことを言い出した。


「あなたは天国や極楽に行くことはありませんよ」

「えっ!? なら地獄!? そんなあ! 別に悪いことしてへんよ!?」

「地獄でもありません。あなたはこれから、異世界に転生してもらいます」


 いせかいにてんせい? なんや分からんな。

 ううん? そういえば健太がそんな漫画だかアニメだか観てたな。

 ……あかん。思い出せへん。こうなるんやったら観とけば良かったなあ。


「その異世界に転生という意味が分からへんけど」

「簡単に言ってしまえば、第二の人生を歩めるということです」

「なんや。死んだら死後の世界に行くんやないの?」

「ええ。なんというか、あなたは特別なんですよ」


 苦笑しながら女の子は言う。


「人を庇って死ぬ。いわゆる自己犠牲は問答無用で天国行きなんですけどね。事情があってあなたは特別に転生します。前世の記憶とチート能力を授けてね」

「……ちーとのうりょく? もっと分かりやすー言うて?」

「あら? こちらの言い方のほうが伝わると思ったのですが。そうですね、女神の加護という特別な力です。好きな能力がもらえるんですよ。超能力でも魔法でも何でも。たった一つだけ叶えますよ」

「マジで? そんなら夢やったことがあるんや」


 前々から夢やった、叶えたいことを女の子に告げた。


「ポケットから好きなときに好きなだけ、飴ちゃんが出てくる魔法が欲しい!」

「……はあ!?」


 その言葉に女の子はそれしか言えへんかった。それだけじゃなくて目を見開いた。びっくりしとるようやな。


「そ、そんなくだらないことで、いいですか?」

「くだらん言うなや! 昔からそういうのあったら便利やと思っとったんや!」

「時を止めるとか、不老不死とか、憧れないですか?」

「それこそくだらんわ。飴ちゃんが出てくるほうが何百倍も嬉しいわ!」


 みんなに配る用の飴のお金って結構かかるんよ。


「はあ。分かりました。それで――」

「おっと。好きな味を選べるようにしてな?  全部イチゴとかあかんで?」

「……細かいですね。そうしますよ」


 女の子はあたしに向かって手をかざすと、何やら呪文のようなものを唱えた。すると身体が暖かな光に包まれた。


「これで女神の加護はつきました。それでは転生させますよ。他に訊きたいことはありますか?」

「うーん、特にないな。異世界がどんなんか知らんけど、知らんほうが楽しめるやろ」

「楽観的な人ですね。気楽というか……そういえば、残された家族のことは聞かなくていいですか」


 そう訊かれたけど「いや、聞かん」と断った。


「どうしてですか? 家族の情はないんですか?」

「あたしが死んでも、元気で暮らしてくやろ。そういう風に育てたし、これからも育ってくれるやろ」


 ま、信頼しているから言える言葉やな。

 女の子はなんだか羨ましそうな顔をした。


「……分かりました。それでは転生させます」


 すると空間が歪んで、身体がよじれるような感覚がした。まるでジェットコースターのスクリューみたいやな。


「お元気で頑張ってください。鈴木小百合さん」


 このときあたしは訊くべきことを聞かなかった。

 なんで異世界に転生されるのか。

 なんでその異世界なのか。

 なんで前世の記憶を引き継ぐのか。

 そしてチート能力を持たされたのか。

 そんな疑問を抱く間もなく、あたしは転生した。




「おぎゃあ、おぎゃあ」


 自分の口から出る、赤ちゃんの声。

 目はまだ開けられないけど、確信する。

 あらやだ! 転生しちゃったわ!

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