第二章 魔法学校編

第4話あらやだ! 魔法学校に向かうわ!

 治療魔法士を目指すんは、魔法使いという人間兵器、もっと直接的な言い方をするんなら人殺しにならへんことが目的なんやけど、もう一つだけ理由があった。

 それはおかんの病気を治すためや。あのままやとおかんはいつ死んでもおかしゅうない。せやからどんな病気でも治してまう立派な治療魔法士にならんとあかん。

 せやけどその前におかんが亡くなってしもうたら意味あらへん。そんなわけでアリニウスさんにプラトで一番の医師に診てもらうように頼んどいた。


「本来は私の職務ではないのだけどね。まあランクSの頼みだ。聞かないわけにはいかないだろう」


 なんちゅうか、前世で流行ってたツンデレみたいな言い方やったけど、それでもありがたいことこのうえなかった。おおきにやで、アリニウスさん。

 おかんに気味悪がられとることは知っとる。もっと言えば恐れられとることも十分承知の上や。せやけど、それで助けへんっちゅーことはない。血のつながった親なんやで? そら助けるに決まっとるやろ。精神年齢より年下のおかんでも、恐がりながらもあたしを愛してくれたおかんや。こっちも愛するやろ。


 加えておとんやエルザにも便宜を図るようにしといた。具体的にはおとんのギルドに大きな仕事を回すことやエルザだけじゃ家事ができひんからお手伝いさんを雇ったりとか。あたしが居らんでも平気なようにしておいた。


 諸々の用事を済ませた上で古都へと出発した。新しく新調したローブを身に纏って、気分も良かった。まあ家族に見せたら微妙な顔しとったけど。なんやねん。虎柄最高やっちゅうねん。ほんまなら髪にパーマを当てたいところやけど、そんな技術はあらへん。仕方なしに赤毛で真っ直ぐなポニーテールにするしかなかったんや。

 魔法学校のある古都へは大きな乗り合いの馬車で向かう。あたしの他にも大人や子どもとかが乗っとって、老若男女区別なく乗っとる。深夜バスみたいや。昔はよく乗っとったなあ。大学んときの友人は一人で怖くないの? と言うてたけどあんま気にしとらんかったわ。


 馬車の中で、アリニウスさんから貰うた暇潰しの本を読む。タイトルは『古都の今昔』やった。いわゆる歴史書やな。

 古都、テレスは百年前くらいに時の王様がプラトに遷都したせいで廃れてしもうた。遷都した理由っちゅうのはテレスは騎士や魔法使いの古巣で、貴族や王族の地元やなかったことが原因らしいな。つまり自分の発言力を高めるために新興都市としてプラトを創ったんや。王様の引越しは理由も規模も壮大やなあ。

 あたしは一応文字が読める。エルザもそうや。まあ職人の家に産まれたから読み書きぐらいできひんと話にならん。せやけど学校なんてもんはないから、おかんに教えてもろたんや。教え方が分かりやすぅて、時代が時代なら良い教師になれたと思うわ。

 識字率の低い異世界において、読み書きができることはプラスや。これから行く魔法学校でも役立つやろうな。


「あの、あなたも魔法学校に行くんですか? よろしければお話できませんか?」


 プラトから古都へ向かう途中の街で乗ってきた、魔法学校に入学するらしい女の子が話しかけてきた。ちょっと汚れた白いローブを着とって、緑髪の大きな三つ編みを左肩から垂らした、可愛らしい女の子やった。


「あらやだ。あんたもそうやの? 可愛い顔して大変やね。一年生?」

「はい。そうです。あなたもそうですか?」

「いやね。あなたちゃうわ。ユーリと呼んでほしいわ」

「ユーリさん、ですね」

「さんはいらへんよ。同じ一年生やから」

「そうなんですか? じゃあユーリと呼びますね」

「あんた敬語キャラなん?」

「えっとキャラってなんですか?」

「うーん、性格って意味やな。まあ気にせんといて。あんた名前は?」


 女の子ははにかみながら可愛らしく自己紹介してくれた。


「イレーネといいます。姓はありません」

「そっか。あたしも姓はなしやわ。イレーネちゃんか。君可愛いなあ」

「か、可愛い、ですか? そんなこと言われたことないです……」

「はあ? 周りの男共は見る目ないなあ。あ、飴ちゃん舐めるか?」


 ポケットから飴ちゃんを取り出した。イチゴ、オレンジ、レモンの三種類や。


「な、なんですかそれは?」

「なんや。イレーネちゃんは飴ちゃん知らへんの?」

「飴ちゃん? これの名前ですか?」

「そうや。みんな大好き飴ちゃんやで。一つ食べや」

「えっ? ガラス細工じゃないんですか!?」


 うん? ああ。そういう風に見えなくもないなあ。というか異世界の人にとったら飴ちゃんはガラス細工に見えるんか。やけどエルザやあの男の子は普通に食べとったなあ。


「まあ食べや。びっくりするほど美味しいで」

「そ、それじゃあ。この黄色いのいただきます」

「レモンか。ちょっと酸っぱい思うけど、甘いで」


 イレーネちゃんは恐る恐るレモンの飴ちゃんを口に運んだ。そして目を見開いた。


「美味しい……こんなの初めてです!」

「そうか。まだまだあるから遠慮なく言うてな!」


 飴ちゃんが好きな子に悪い子は居らん。やからイレーネちゃんも良い子や。


「そういえば、ユーリはどこから来たんですか?」

「うん? プラトからや」

「ええ!? 首都から!?」

「首都言うても職人街の住人やから、貴族や裕福な人ちゃうねん」

「そうなんですか?」

「なんちゅーか、下町の人間やな」


 下町という単語が通じるか分からへんけど、一応言うてみる。するとイレーネは「首都にもいろいろあるんですね」と納得したように頷いた。


「私は田舎の出なので羨ましいです」

「そうなんか? まあ無いものほしがりやな。都会の人間は逆に素朴な田舎町に憧れるらしいし」

「ああ。貴族のいう別荘ですね」

「せやねん。たまに羨ましくなるときはあるけどな」


 そんな会話をしとると「もうすぐ古都だ」と御者さんが大声で言う。


「ユーリ。今年の新入生は凄いらしいですよ。ランクSが三人も入学するって」


 ランクSと聞いて少しだけ驚いたけど、おくびに出さずに「へえそうなんや」と話を合わせる。


「私はランクBだから、憧れちゃいますね」

「ランクなんて関係あらへんよ。魔法学校で何を成すかが問題やから」

「あはは。凄いですねユーリは」


 イレーネちゃんは目を伏せてから「魔法学校で何を成すか、ですね」と呟いた。


「私は魔法使いになって、出世するのが目標です」

「珍しいなあ。女の子やのに戦争したいんか?」

「ええ。特に隣国のアストには個人的な恨みがありますから」


 そう語るイレーネちゃんの目は暗い。何かあったんやと感じるけど、下手に突っつくと薮蛇になりそうやな。


「なあ。イレーネちゃん。このローブ、どう思う?」

「え? な、なんというか、斬新ですね……」

「はあ。やっぱりあたしのセンスは時代の一歩先を行くんやなあ」

「首都でも流行ってないんですか?」

「なんやねん。『でも』って。まあでも魔法学校行ったら流行らせたるねん」


 そんな馬鹿話をしとると、馬車が止まった。どうやら古都に到着したようやな。衛兵隊に御者さんが誰何されとる。

 しばらく経った後、ようやく中に入れた。馬車の窓から覗くと、プラトと違って古ぼけた、それでいて美しい街並みが広がっとる。なんや京都を思い出すなあ。

 駅舎に着いて、ようやく外に出られた。ふう。やっと解放されるわ。

 さてと。まずは魔法学校に行かんとあかんな。入学式は二日後や。到着の報告を終えたら古都でもぶらぶらするか。


「イレーネちゃん。魔法学校一緒に行こうや。どこにあるか分かる?」

「ええと、駅舎から真っ直ぐ行って右ですね」


 てくてくと歩くとほんまに京都に似とると思うわ。まあ、西洋風やけど、どこか懐かしく感じてまう。

 そんで目の前にある大きな大きなお城っぽいんが、魔法学校か。へえ。結構立派やなあ。

 イレーネちゃん曰く、敷地の中に入って、すぐ左の塔に受付があるらしい。よう知っとるなあ。


「ユーリは入学案内書を読まなかったんですか?」

「あ、家に忘れたわ」

「……私が居なかったらどうするつもりだったんですか?」


 まあそこは臨機応変やな。


「えー、新入生の方ですか?」


 塔の入り口のところに二人の男女がおった。

 どうもやる気のなさそうなおっさんと二十代後半の巨乳な姉ちゃんという異色のタッグが受付をしとったから「そうです。登録お願いします」とイレーネちゃんは言うた。


「それじゃあ名前の記入と入学証明書の提出をお願いします」


 巨乳な姉ちゃんに言われたので、イレーネちゃん、あたしの順で手続きを済ませた。


「最後に魔力測定します。一応確認のためです」


 まずはイレーネちゃん。手をかざすと暖かな光とともに宝石が深い藍色に変化した。

 巨乳の姉ちゃんは何やら羊皮紙に書き込みをした。


「ランクB……いやB+ですね。間違いがあったようですね。修正しておきます」

「ええ? なんでですか……?」

「質の悪い測定宝石ですとたまにあるんですよ」


 やる気のないおっさんはあくびをしながら「次、ユーリさんお願いします」と言う。あたしは、これで反応せぇへんかったらおもろいのに、と思いながら手をかざした。


 すると強烈な光とともに宝石が金色に変化した。


「うん。ランクSですね」


 おっさんの声で手をかざすんをやめる。これで問題はないはずや――

 と思ったら、視線を二人分感じる。

 振り向くと巨乳な姉ちゃんとイレーネちゃんが驚愕の表情で見とる。


「ええええええ!? ユーリ、あなたがランクSの生徒だったんですか!?」

「あれ? 言うてへんかった?」


 するとイレーネちゃんは学校中に響く声で叫んだ。


「聞いてないですよ! なんで隠すんですか!?」


 そういうわけで古都に着いて早々、友人兼ツッコミ役と知り合えたわけや。

 やっぱりボケとツッコミが居らんと話にならへんな。

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