第5話 異性の友情を守るの大変である

 大学四年の頃になると主人公は、相方が出来る。それはもう事実上辞めた漫画・ネットカフェのバイトで知り合った同い年の女の子。

 この子は、そうだな。主人公が幼少の頃から、大学三年生で出会ってきた女の子の中でトップクラスに可愛い女の子だった。

 この女の子と主人公は異性の親友……であったと思いたい。この女の子を葵ちゃん(仮)としておこうか、本当に主人公と葵ちゃんとの間には何もなかった。


 この葵ちゃん、非常に性格も悪くないし、主人公は友達として大好きだった。ただ、この子の問題は、恋愛の感覚が少し歪んでいる。

 DVをする男を好きになってみたり、奥さんのいる男性と不倫をしてみたり、人の物が欲しくなったり、無意味な世話を焼きたがるタイプだったんだろう。

 主人公はそういう意味では、彼女に世話を焼かれるような事もなければ、彼女と恋愛をするような相手でもなかった。


 そして、主人公は紳士だ。

 酒の席であれ、夜通し遊んだ後であれ、彼女に性的な態度を取る事はない。主人公がただの臆病者だったのか? というとそれも違うのだろう。

 今までいろんな女の子で出会ってきて、別れていき、主人公は少しトラウマになっていたのかもしれない。

 そして、主人公は友達と呼べる存在に飢えていた。それが彼女だったんだろう。まぁ今更ながらに言うと主人公もこの時点でちょっとした心の病に陥っていたのかもしれない。



「今日はどこ行く?」

「今津キコーナ」



 葵ちゃんは、プロかというようなスロッターであった。設定とモードを選び立ち回る当時一番ベターな戦い方である。主人公は昼や夕方から稼働しモード及び天井狙いを行うハイエナと呼ばれる立ち回り、彼女は朝一からの稼働を好んでいたのでよく付き合っていた。

 結構二人で勝っていたのでまぁまぁ当時では強い方だったんではないだろうか? 途中からお金を共有し、勝ち分も分け合うという非常に効率の良い方法を取っていたと思う。

 主人公は葵ちゃんの事が好きだったのか? あるいはそうではなかったのか? と聞かれると正直な話、恋愛感情を持っていた事はない。

 それは主人公の中で一番禁忌としている感情だったのだ。それを想ってしまうともう主人公と葵ちゃんの中で友人という関係は崩れる。

 女の子が雌になっているのを男が気づくように、男が雄の臭いを漂わせるとそれに女性もまたすぐに気がつくだろう。



「俺は女脳だから」



 主人公のいつものセリフ。

 主人公は結構物知りである。雑学知識が妙に広いだけなんだが、葵ちゃんはよくそんな主人公にこの掛け合いをふっかけてくる。



「君はなんでも知ってるねぇ!」



 それに対して、主人公はあお化物語で有名なあの一節を唱えるのが二人の中での暗黙のやりとりであった。



「なんでもじゃないよ。知ってる事しか、知らないよ」



 この頃確か、セブンイレブンで働いていたような気がする。そこは家族ぐるみで働いている店で、店長さんは凄いいい人だったんだが、その母親も従業員として働いており、偉そうだった。そのババァはやく死んでくれないかなと主人公は全力で思っていたら、店が潰れた。

 ざまーみろ!

 このコンビニで働いていた他バイトの従業員の人たちはとてもいいひとが多かった。だけど、主人公は彼らと連絡先を取ってはいない。

 まぁ、主人公は友達が欲しいとか言いながら、結局のところ、面倒くさがりなのである。自分の事を一番に考えているので、他人の事が億劫になる。

 まぁ、はっきり言って最低なタイプの人種なのかもしれない。だが、それでもこの葵ちゃんとの関係を崩したくはないので、彼女にドタキャンをされようが、まぁまぁ許していた。


 だが、彼女を叱った事が一度あった。それを主人公は反省していないし、間違った事を言ってもいないと思っている。

 彼女は犬や猫等が好きで沢山飼っていた。彼女は金持ちだったんだろう。というか金持ちの地域に住んでいる。

 確かその日は、スロットか何かで少し揉めたか、喧嘩をしたんだと思う。ビールを買って、主人公は紅ショウガのてんぷらを食べて気分を変えようとそう思っていた。

 紅ショウガのてんぷらって実は関西でしか食べられないらしいが、まぁ一度食べて頂きたい。岩下の紅ショウガは全国区なんだから、多分いけると思う。ビールにスゲー合う。

 ビールのプルトップをプシュと開けた時、主人公の携帯が鳴る。



「ったく誰やねん! 葵ちゃんか……」



 気まずかったが、主人公はそれに出た。すると彼女はとても焦って何かを話す。それに主人公はとりあえず落ち着くように彼女に言い。話を聞いた。

 助けてほしいと、飼い犬が何かを誤飲してしまった。開いている病院がない。だから、終日やっている大阪の動物病院に連れて行ってほしい。

 主人公も鬼じゃない。

 ビールを置いて、主人公は車を出した。赤いスポーツカー、こいつはいまだに乗っている主人公の相棒。

 本当に色んなところに主人公を連れて行ってくれた。

 こいつに乗っているとショボい主人公でも少しは見てくれがよくなるかもしれない。そんな事はないかと苦笑しながらこの文章を書いている事を告白しよう。


 葵ちゃんが見つけた動物病院へと主人公は走る。奇跡としか言いようがないんだが、病院の駐車場が開いていたのでそこに主人公の相棒を停車させた。

 動物病院というところは何度か入った事があるが、動物の阿鼻叫喚は何処も変わらない。今は違うのかもしれないけどね。

 さすがに終日やっている動物病院に患者の飼い主が大量にいた。大変申し訳ない話だが、主人公は動物の臭いがダメなので、外に出て周辺を探索した。

 さすがにその日は昼を抜いてスロットを葵ちゃんと打ってたし、夕食というか晩酌をしようとしていたところ呼び出されて今に至るので、お腹がすいて死にそうだったのだ。

 当時、主人公の住まう西宮では姿を激減させていたローソンが大阪にはやたらあるので、懐かしくてローソンに入ると適当に菓子パンとコーヒーを二人分購入した。

 憔悴しきっている彼女に主人公は外に出てくるように言い。それを渡した。



「とりあえず食べなよ。葵ちゃんも食べてへんやろ?」

「うん……ねぇ! どうしよう!」

「多分、一番辛いのは今治療受けてる犬やろ? それを俺に言われても分からんし、とりあえずお医者さんの処置待とうよ」



 実は、医者の話を主人公も聞いていた。できる事は点滴を大量に流して飲んだ物を体の外に出すしかないと、医者がこういう事を言う時って大体もうダメな事を主人公は知っている。

 だが、葵ちゃんは少し楽天的な主義だったのかもしれない。

 飼い犬を入院させて主人公達は西宮へと帰る。

 それからしばらく主人公は葵ちゃんに会わなかったし、連絡もなかった。そしてある日、葵ちゃんから一通のメールが届く。

 飼い犬が、天に召されたと……

 それにご愁傷様ですと返したのか、なんだったかは主人公には分からないが、それが動物であれ死んでしまうのは悲しい事だ。

 確か、一人で少し泣いた。


 その犬の事なんて主人公は知らなかったが、車で動物病院に送っている間、あの犬は精一杯生きようとしていた。

 主人公は根本的にクソ野郎であればよかったのかもしれないが、結局人間らしくそれなりの良心も持っていて、それでいて責任を感じやすい。

 大学四年生にして内定先ももらってた主人公は、特にやる事もなくバイト以外の時間は全てスロットを打ちに出かけていた。

 今まで隣に、あるいは狙い台に座ってたあの葵ちゃんの姿を探す。だけど、彼女はいない。 主人公は葵ちゃんの事が好きだったんだろうか?

 もしかしたら、好きだったのかもしれないし、そうではなかったのかもしれない。だけど、これだけは言える。


 主人公にとって一番長く友達でいてくれたのは葵ちゃんだった。君がいたから、主人公はそれなりに楽しい思い出や、同じ西宮でとっても美味しい焼き肉屋、千里に連れて行ってもらった。楔という今あるかは分からない隠れ家的居酒屋も教えてもらった。

 主人公を少しグルメにしてくれた事を葵ちゃんには心から感謝したいと思う。君が今、誰かと結婚をして家族作り、もしかしたらペットに囲まれて暮らしているのかもしれない。

 そんな幸せな感じであったら、主人公はとても嬉しい。

 書いていて思ったのだが、主人公は葵ちゃんの事を姉や妹等の兄弟として感じていたのかもしれない。主人公にだけ本音を言ってくれる。


 主人公の気性が激しいところが嫌いだと言ってくれた。

 そして優しい主人公が好きだと言ってくれた。

 そんな記憶をありがとう。主人公はそれだけて生きていてよかったと思うし、大学生活において君と出会わなければ主人公は本当にどうでもいい連中と付き合ってどうでもいい思い出を抱いていたのだろう。

 主人公は大学を卒業し、社会人になる。


 そして、2007年。

 長年主人公が見て来たJR西ノ宮駅からノが消える事になる。

 西ノ宮駅より一駅神戸方面にさくら夙川という駅を作る為にはノを何故か取り払わなければならないらしい。

 神戸にある三ノ宮もノを取り払おうかという話が出ているらしいが、たかがノ、されどノなのである。

 主人公の思い出は西ノ宮と共にあった。


 その西ノ宮のノは主人公がであってきた全ての女の子達との楽しく、悲しく、酸っぱい思い出の全て、それが『ノ』である。

 彼女達ノ、主人公ノ、西ノ宮の思い出。

 それはノが無くなる事で全てが失われていくようだった。主人公は生まれてはじめて西ノ宮からノがなくなったJR西宮駅を見た時、恥ずかしいながら、男泣きをしてしまった。

 何で泣いたのかわからなかったんだ。

 そして、主人公は本当の意味で大人になっていった。

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