第6話 君想う、今もあの頃の図書館と
気が付けば年を取るもので、主人公は高校三年生になっていた。主人公はそれなりに馬鹿だったので秋くらいまでは勉強というものを一切してこなかった。
それも高校受験もそれなりの勉強で受かったので、同級生が赤本を元に勉強をしている事の意味を理解はできていなかった。それは主人公の首を随分絞めていたという事を本人はその頃になるまで気が付かなったのだ。
「よしむらさん、ゲーセンいかね?」
「いや、ごめん。家かって勉強する」
普段一緒につるんでいた友人にこの一言を言われた主人公の絶望感は半端ではなかった。嗚呼そうか、これは選択肢を間違えたのだと……この頃も年下の舞ちゃんやヤサちゃん達なんかと馬鹿みたいに遊んでいた主人公は相手が年下で、まだ受験を控えていないという事に気づかない。
いや、恐らくは気づこうとしなかったんだと思う。多分とっくの昔に皆受験への準備を始めていたのに、主人公は何もしはしなかった。
(まずいまずいまずいまずいまずい)
大学生になれないという不安もさる事ながら、一体何をしたらよいのか分からない主人公は完全に負のループに入っていた。別に行きたい大学があるわけではなかったが、自分だけが取り残されてしまったというその感じに得も知れぬ不気味な何かを感じていた。
そんな主人公は一体どうしたか?
そうだ! 図書館の勉強部屋に行こう!
主人公の安直な考えはそこに着地した。本当に主人公は今思えば馬鹿だったと思うが、この選択は本当に間違ってはいなかった。
これは主人公のつまらない西宮市を舞台にした恋をして失恋を繰り返す物語、この受験勉強の時も主人公は当然の如く恋をする。
主人公が向かった先は西宮浜に隣接する西宮中央図書館、この図書館は結構広く勉強部屋がある。まぁそこではもくもくと勉強をしている人々がいるので主人公もそこで参考書を開いて勉強を始めるのだった。
……まぁ勢いだけではじめたこんな方法が長続きするハズがなかった。主人公は30分程でなんだか疲れてきた。
当時主人公の心の支えであったMDプレイヤーの音楽を聴きながらなんとか思考を勉強に持っていこうとするが、ゲーセンに行きたくなってきた。
中央図書館からだとタロフォフォも近い、凄く困り果て、そわそわし、ひょっとすると貧乏ゆすりなんかをしていたのかもしれない。
「あの? ちょっとうるさいんですけど」
かなり挑発的な表情でそう主人公に言う女の子、あぁ? とか主人公は言わず。多分、自分がここにいるべき人間じゃないという事を理解して苦笑したんだろう。
「ごめん、出ていくね」
鞄に勉強道具を入れて主人公は勉強部屋を離れた。彼女の言葉と目線にはさすがに堪えた事を主人公は告白しよう。あれは、自分達とは違う格下の生き物を蔑んだ目だった。主人公はあと数か月で受験だという時にいつのまにか落ちこぼれてしまっていた事にようやく気が付いた。
(終わった……)
主人公はこれからどうしていこうかと不安に思いながら今は無き中央図書館の軽食が取れる場所でブラックコーヒーを飲んで動悸を諫めようとしていた。
「ねぇ、君!」
主人公が振り返ると先ほど主人公を注意した女の子の姿があった。年は高校生だろうか? おっぱいが小さい子だ。
主人公はなんとなく会釈すると彼女が話し出すのを待った。まさかこんなところまでクレームを言いに来たのかと身構えていると彼女は主人公に何故か頭を下げた。
「ごめんなさい。少しきつく言い過ぎたかもしれない」
この女の子は多分、とっても良い家庭で育ち、自分の信念と正義を持って生きて来たんだろうなと日陰者の主人公は思いながら手を振った。
「そんな事ないよ。俺の方こそ勉強の邪魔してごめんね。俺にはあーいう場所は合ってなかったみたい」
「どういう事?」
この女の子は言う事が少しキツいが決して悪気があるわけではない。そんな子なんだと主人公は気が付くと愚かな主人公の話を彼女に聞かせた。受験シーズンに入ってはじめて自分が受験生である事に気づきそして足掻いた結果が今ここにいる主人公なんだと笑いながら彼女に離した。
「馬鹿じゃないの?」
素晴らしい。
100点の回答を彼女はしてくれた。そう、主人公は馬鹿なんだ。いつのまにか、みんなとは違う道を歩んでしまっていたようだった。
「うん、今さら足掻くのは馬鹿だと思うよ」
「じゃなくてぇ!」
少しイラつきながら彼女は主人公を真直ぐ見る。化粧っ気のない顔に、地味な服装の彼女、髪型も特には意識もしていないんだろう。
だけど……
綺麗な心を持っている人だったんだ。主人公は人生でこんな人にもう二度と会えないだろうなと思った。
「なんで頑張ろうとしている自分を諦めるの?」
そんなの絶対おかしいよ的な事を言って彼女は泣きそうな顔をする。こんな愚かな主人公に泣いてくれるのだろうかと、主人公は何も言えず彼女を見つめていた。
「いこう。勉強教えてあげるから」
覚えているだろうか? 主人公は中学生の頃、少し頭の弱い女の子にこの中央図書館で勉強を教えていた事があるんだ。
それをまさか名前も知らない女の子に言われるとは思わなかった。彼女の勢いに負けて主人公は勉強を教わる事になる。
と言ってもこれはこの一日だけの話この時が確か昼の十四時くらいだったと思う。それから閉館までの数時間、数学と英語を彼女にみっちり、教わる事になる。中学生までの基礎はあったので、必要な事を必要なだけ教えてくれる彼女。
と……そろそろお気づきかもしれないが、彼女の名前を主人公は知らない。彼女に名前を聞かれる事もなく、主人公が彼女に名前を聞くというような空気でもなかったのだ。
高校三年間の数学と英語を数時間に凝縮した彼女の勉強方法、それは詰め込み式に近かったのかもしれない。
だが、参考書がスラスラと解けてしまう主人公は自信をつけていく。勉強って面白いんだなって生まれて初めて彼女のおかげで思う事ができた。
彼女は主人公が長考している間に自分の勉強をこなしていた。
「勉強好きなの?」
怒られるかなとか主人公は思ったけど、彼女はシャーペンをくるくると回すと少し考えたような表情を見せてこう言った。
「うん、好きよ」
成程、好きこそものの上手なれというやつかと主人公は本当に愚かな考えを持っていた。努力なくして彼女がこの境地に立てるハズがないのに……実に恥ずかしい話である。
教わった部分を反復し、短時間で仕上がってきた主人公に彼女は初めて笑った。
「結構勉強するセンスあるじゃん」
「そうかな? 教えてくれる先生が優秀だから? とか?」
そう言うとはじめて彼女は赤くなって照れた。
さすがに主人公もこれは胸を撃ち抜かれてしまった。なんとも可愛い仕草で、否定も肯定もせずただ赤くなる。
何この可愛い生き物?
みたいな胸中であった。
「君もさ、行きたい大学があるなら、勉強が好きってくらいの気持ちでやらなきゃダメだよ? じゃないと嫌になっちゃうから」
この言葉であるが……実はいまだにトラウマを抱えている。凄くいい言葉なんだけど、なんだか主人公の人生全てを見透かされそれでいて叱られたように……主人公は生まれてから今まで何かに全力を出した事というのがないのである。
それは恰好が悪いからという気持ちもあったり、みんなと合わせてたという事もあったり、あまり前向きではない考え方だったんだろう。
だから、彼女と同じ大学に行けば主人公はもしかしたら生まれ変わる事が出来るんじゃないかなと本気で思っていた。
この子は言う事はまぁまぁきついけど、もしかしたら付き合うととっても楽しいかもしれない。もう既にこの時には主人公は彼女に惚れていたんだろう。
勉強を教えてもらったお礼にサイゼリアか、ジョリーパスタあたりで夕食でもごちそうしようかと思いながら勉強をしていた主人公。この時も主人公は音楽を聴きながら勉強をしていた。
「君は何を聴いてるの?」
「いろいろだけど、今は明日への扉」
IWishの有名な一曲だが、まさか彼女はそれを知らなかった。主人公のイヤホンを一つ使ってそれを聞くと彼女はほほ笑む。
「いい歌ね。元気が出たよ」
主人公は切なくなった。彼女は今まで強気だったり可愛らしく笑っていたのに、少し悔しそうな顔をしていた。
主人公は彼女の表情を生涯忘れない。ありふれた言葉を使うとしたら、彼女は主人公の人生を変えた人物だったのだ。
彼女と同じ大学に行きたいとそう主人公は思った。頭の中で明日への扉はリピートされ、主人公は残りの時間で勉強を楽しむ事を決める。
「ねぇ、何処の大学を受けるんだい?」
主人公の真剣な顔を見て彼女はシャーペンを置くと少し照れてこう言ったのである。
「オックスフォードだよ」
あーあ、オックスフォードねぇ……えっ? 何処?
それから図書館で彼女に何度も主人公は勉強を教わる事になる。そして主人公はまぁなんとか大学受験に向かう事になるのだが……彼女が果たしてオックスフォードに受かったのかは主人公は知らない。
そして彼女の名前も……ただ、今の主人公があるのは、彼女に諦めない心を貰ったからかもしれない。
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