第4話 林間学校で距離が縮まるのは嘘である

 主人公は小学校五年生になった。あの西宮に大打撃を与えた阪神大震災から既に二年も経ち、街は平穏を取り戻していた。

 この頃になると主人公も、早く六年生卒業しないかなーしかし、とか思っていたのだが、それ以上に興味を持っていたのが、格闘ゲームであった。



「松下殿、サムスピしにいこうか?」

「俺はウォーザード随分レベル上がったんでするわ」



 各種ゲームに関してはwikiあたりで調べて欲しい。少しだけ説明すると魔界転生を格闘ゲームにしたような作品と、ロープレを格闘ゲームにしたような作品である。この当時のゲームセンターは大きく4つだった。阪急夙川のダイエー、通常グリンタウンの三階らんらんランド、阪神西宮の駅前にあるタロフォフォ、なんとこのゲーセン2018年5月現在まだ存在している。一体何年前からあるのかは主人公も知らない。同じく阪神西宮駅前の王冠、ここは残念ながら無くなってしまった。


 そして甲子園のダイエー、通称プランタンの最上階ゲーセン、2018年5月の今はイオングループのコロアが燦燦と聳え立っている。ちなみにそこにもゲーセンはあるらしい。

 この4つから主人公と松下殿は決める。ガラが悪すぎる王冠は却下、タロフォフォとらんらんランドは他校生と喧嘩になる可能性がある。



「ここはプランタンだな」



 松下殿の素晴らしい読みで主人公はチャリを漕いで阪神西宮から今津、久寿川と越え主人公たちはあの高校球児達が春と夏に汗を輝かせる甲子園へとやってきた。



「腹減らん? ハンバーガー食べへん?」



 さて、皆さん。ハンバーガーと言えばどこのお店が思い浮かびますか? マクドナルド! 成程、次! モス! 次! ロッテリア、フレッシュネス!

 そんな高級バーガーを小学生が食えると思うか? 否!

 何処よりも早く、異常に安いバーガーを提供していたお店がこのプランタンの中にはあったのである。


 その名も『ドムドムバーガー』


 餃子バーガーやら、コロッケバーガーやらちょいちょいわけのわからないバーガーを出してはいたが100円という価格で買えてしまう。ちなみに、今から何年か前にドムドムを食べたのは最後になるが、全然マクドとかより美味しかった。

 そこで主人公と松下殿は餃子バーガーをなけなしの手持ちで購入。このプランタン、最上階にフードコートがあり、その奥がゲーセンとなっている。本当に素晴らしい作りで無くなってしまった事が本当に悲しいものである。


 松下殿はわりと小遣いを沢山もらっている子供だったので、主人公は彼のプレイを長々と眺めている事が多かった。主人公はこの頃、みんながもっているスーパーファミコンを持っていない。何故か一世代古いファミコンが家にあったくらいだ。

 二人してゲームセンターの中へと入っていくと男の顔に変わっていく。この当時は対戦ゲームに負ける=金を失うくらいの気持ちだったのだ。松下殿は歴戦の戦士のような顔でウォーザードのコーナーへと、主人公は剣客の顔をしてサムスピのコーナーへ行く途中なんと声をかけられた。



「あれ!」



 こんな盛り場に女子の声がすると主人公は振り返ると、そこには美夏(仮)、同学年のアニメとか漫画とか大好きな女の子、多分後々腐女子になった少女がいた。この子は元気一番で頭もよくて、正直主人公は嫌いではなかった。人懐っこい子犬のように主人公を見る彼女は手元にコインを入れる箱を持っている。



「コインゲームか?」



 このプランタンのゲーセンは格闘ゲーム以外にもファミリー層を狙ったコインゲームコーナーもだだっ広かった。そんな女子供のゲームを主人公がするわけはないので気にした事もなかったが美夏は手元にある数百枚のコインを主人公に見せてこう言った。



「一緒にやるっ?」



 ははっ、困った子犬ちゃんだ。主人公は侍として天草四郎を倒すという目的があるのだ。だからこそ彼女には大き目の声で言った。



「うん!」



 すまぬ松下殿。美夏の可愛い笑顔といい匂いには主人公は勝てなかったんだ。頑張ってウォーザードのレベルをあげておくれとこの時思った。



「美夏、コインわけてもらうのわるいから何か飲み物おごるぜ」



 男前の主人公は再びドムドムバーガーへと美夏を連れていく、だいたい100円くらいで飲める飲み物なのだが、美夏はレモンティーを所望した。


(おいおい、こいつレモンティーとか大人かよ)


 オレンジジュースかコーラを与えておけば延々と動く機械のようだった主人公は驚きを隠せなかった。



「じゃあ俺はアイスコーヒーにしようかな」



 完全に見栄である。残念ながら珈琲なんぞ飲んだ事もない主人公はガムシロップとミルクを入れて美夏の隣に座る。



「アイスコーヒーなんて飲むんだぁ! おっとなー!」



 そう、一番欲しかった言葉をありがとう。それをもらえただけで主人公は百六十円をドブに捨てた事が救われたよ。

 美味しそうに、そして可愛らしくチューチューとレモンティーを飲んでいる美夏の前で主人公は生まれて初めてのアイスコーヒーに口をつける。


(う……うまっ!)


 正直この時は本当に驚いた。家でたまに飲んでみる珈琲の不味い事不味い事。この時のコーヒーはひょっとするとレギュラーコーヒーだったのかもしれない。時代的に考えられないが……。冷たい物を楽しんだ二人はコイン落としゲームや、どうやったら勝てるのか分からないじゃんけんゲームをひとしきり遊ぶと美夏は時計を見て帰らないといけない事を主人公に伝える。そして最後にこう言った。



「自然学校の班一緒になろ?」

「うん、なろ!」



 自然学校というのは所謂林間学校的な奴で、何泊か五年生が泊まりがけでウォークラリーをしたり、ハイキングをしたり、色々お遊びをする修学旅行よりも長い旅行なわけだ。これは最後にキャンプファイヤーがありまぁまぁ盛り上がる小学校のイベントの一つとなる。


 そんな若い男女が寝泊まりすれば恋愛の一つや二つは生まれてもおかしくはないだろう。翌日学校で会うと美夏は可愛い笑顔を主人公に向けて横にちょこんと近寄る。それを見た他の男子たちが主人公に「ひゅーひゅー」と謎の擬音語を投げかけてくるのでそれなりにあしらうと美夏と一緒に図書室へと向かった。当時はやっていた猫の船乗りの物語を一緒に読み、休み時間になる度に美夏と一緒に遊んでいた記憶がある。


 彼女は今思えば、女子の友達をどちらかというと作れないタイプの子だったんだろう。主人公は知っていた。美夏が他女子の交換日記でムカつくだのウザいだの書かれていた事を……こう言うとあれだが、主人公はクラスカーストでは上位に位置する生徒であった。そんな主人公と一緒にいれば美夏はこれ以上の被害を受ける事もないだろうと主人公はさながらナイトの気分で彼女と一緒に日々を費やしていた。


 日が過ぎ、自然学校が近づいた時ついにクソ教師が自然学校の班決めをするように生徒たちに指示をする。もちろん主人公は美夏と同じ班になる。男子三人、女子三人の計六人の班となった。主人公たちの男子は所謂普通のカースト組、美夏のところは美夏を含めてもう一人可愛い女の子がいる中々当たり班だったのではないだろうか? その班で何をするか決めていき、六人共々仲良くなっていった。



「この班で良かったねー!」



 だなんて可愛い女子二人が言えばテンションも上がる事は間違いない。この自然学校で主人公は生涯の伴侶を得る事になるかもしれないと、少しばかり興奮して当日を迎える事になる。さて、これは面白おかしく脚色はしているが事実を元にしたお話である。タイトルの回収はまだまだされない。

 この時もまだJR西ノ宮駅と表示されていたのだから……

 結果として物語は続く。主人公には平穏等訪れはしないのである。


(俺はこの自然学校で美夏に告白する)


 君の事が好きだと、つたない言葉かもしれないがそれを彼女に伝えると決意したのである。当日、リーダーなる大学生の男女が二名ずつ加わる事になる。先生ではなくこのリーダーなる訳の分からない奴らを頼らねばならない事に主人公は少し閉口する。一日目はリーダーと仲良くなり、確かカレーなんかをみんなで作った本当にくだらない一日だった。小学生の身ではあったが、このころ既に主人公はカレー程度であれば自炊ができた。ちなみに大学生の愚かなリーダーよりも包丁使いも上手かったのである。


(カスが、早く田舎に帰れや!)


 そう思っていた一日目の晩、主人公は美夏に呼び出される。夜に少しだけ会おうと、これはキタわー! と主人公は思ったね。これはむしろ男子なら皆思うだろう。廊下で美夏と二人、ピクニックを飲みながら彼女の言葉を待った。



「私ね。〇〇リーダーの事好きになっちゃった! 応援してくれる?」



 は? このビッチ何言ってんだ? というのが主人公の真なる気持ち、そしてこの恋も終わると共に主人公はナイスな笑顔で言ってのけた。



「当然じゃん!」



 と……主人公良い奴だよね?


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