主人公小学生の時の恋

第1話 小学生の主人公はクールだった。

 主人公は裕福な家の子供ではなかった。かといって食事が取れないような貧しい家庭でもなかった。市営住宅の最上階に住む主人公は窓の外を見る。

 南を向けばJRの線路が、その奥には阪神の駅、北を向けば阪急の線路が見える。


 この当時は鉄道オタク所謂、鉄ちゃんや鉄子には堪らない環境だったのかもしれない、そういう主人公も幼少の頃は電車に対して並々ならる愛を持っていた。プラレールに目を輝かせ、踏み切りで本物の電車を見る事が日課というくらいには……

JR側に広がるのは木造の長屋、この市営住宅よりも高いマンションは遠くにポツポツと見える程度。


 お金もなく、今程趣味に没頭できる程の事もない。ましてや外に出るとやや危なそうな人間が闊歩している。

 平成初期、スラム街時代の西ノ宮に主人公は生きていた。父も父の職場の同僚も全員が組長ではないかという風貌。母とその近所のオバサン達も負けてはおらず兵揃い。

 主人公の家が普通ではないかというとそうではない、皆一様にそんな感じだった。今の高校生の上品さに対して、この頃の高校生は平気で自動販売を破壊して、喧嘩を売った側のチンピラ風の男が逃げ出すような事が印象的だった。


 主人公はそんな無法地帯の中では、まともな方だった……と思いたい。普通に玩具で遊び、友達とゲームをして、甘いお菓子が好きなそんなとても可愛い子供だったのだ。

 補足をするが、最初に脚色をすると記載しているので、ん? と思うところは目を瞑って欲しい。そして息を吸って、吐いて! さぁ続きを読もう!


 幼稚園でも可もなく不可もなく、小学校でも可もなく不可もなくな生活を送っていた主人公、近所のプラモデル屋に新しいガンプラが並ぶだの、新しいミニ四駆が入荷されただのという話を聞きながら、小遣いという制度を持っていない主人公はただそれらを毎度の如く買っている同級生達を見て羨ましくもあり、別世界の人間なんだろうと思っていた。いつもどおりランドセルを背負い主人公は家路につく、謎の宗教の協会が柄杓で手を洗う水場を作っているところで一頻り水遊びをし……今思えば、よく分からない宗教だったにも関わらず子供に対して相当温厚な対応をしていたんだろう。


 まだあるなら掃除くらいしにいきます!

 有名な樹齢何年だよ? という西宮の名物の一つである一本松で賽銭を入れないおまいりをするのが大体の主人公の帰宅コースだった。

 そんなお勤めを終わらせた主人公は家に帰って牛乳でも一杯入れるかと思っていたら家の前で何やら怪しげな男が怪しげな掘っ立て小屋の中にいる。


(こいつはやべぇ)


 単純に浮浪者の類かと思っていた主人公だったが、近所のオバサン連中がこぞってその男の下へ物騒な事に包丁を持っていく。

 よく見ると男の掘っ立て小屋にはそこらじゅうに包丁が吊るされている。


(こ、こいつはやべぇ!)


 見るからに如何わしさ満載なオッサンは主人公に手招きする。逃げようかと思ったが、そこで逃げ出すのもなんだか格好がつかずオッサンの元へと恐る恐る主人公は近づく。



「何?」



 おっさんは正直小汚い恰好をしているが彼の笑う笑顔には愛嬌を感じる事ができた。主人公はわりと心を許すのが速い。



「おじさんはそこに住んでるの?」

「おじさんは、包丁を研いで生活してるんだよぉー」



 おじさんの話す口調は耳障りだった。しかし、子供相手だからそんな感じの話し方をしていたのかもしれない。このクソ小汚いおっさんの元に街の主婦達は包丁研ぎを依頼しているのだから腕は確かなのだろう。

 おじさんは角砂糖とくれたり、カンパンをくれたり、わりと主人公に優しくしてくれた。主人公もこのおっさんには敵意はないのだと学校が終わる度におっさんの元へと遊びに行く、おあっさんは包丁研ぎの掘立小屋から出てくる事はない。主人公とおっさんはバーテンダーとその客くらいの距離感を持ってつまらない話を談笑する。この距離感は大人と子供の距離感なのだろう。そこから先は仕事の領域、主人公はおろかではないがそこそこ馬鹿なのでそこまでは考えが及ばない。



「坊ちゃんは、好きな女の子とかはいないのかい?」



 好きな女の子ときた。この当時の小学生男子は吸った惚れたという事に妙な恥ずかしさを持っていた。



「そんなのいるわけないよ」



 当然嘘である。

 主人公の最初の恋。所謂初恋の女の子は確かに存在した。それは別のクラスの全然喋らない女の子、可愛い系の守ってあげたくなるような子だった。

 おじさんは今にして思えば何かを見抜いていたのかもしれない。そう恥ずかしがる主人公に一言こう言った。



「坊ちゃん、後悔先に立たずといって、後で後悔するより今後悔した方がいいだよぉ」



 その頃ももしかすると主人公は何か心の奥底を見られたような気になったのかもしれない。そしておっさんに言う。



「何言ってんだよ。馬鹿じゃない」



 主人公はそう言って走り出す。恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい。ただ恥ずかしい。おっさんへの怒りなのか、それとも憧れの女の子への悶々とした思いなのか、多分初めて主人公は寝れない夜を過ごす事になった。

 翌日は朝食の味も鉛のようで覚えてはいない。ただズームイン! とテレビに謎のポーズを決めた事は確かだった。朝礼の時間からクライマックス的に眠かった主人公は友人達の言葉も聞こえない。


(五時間目までとか絶対無理だな)


 驚くべき事は、主人公が小学校の頃には居眠りをする生徒は主人公を含めてみた事はなかった。それだけ学校の授業は神聖な物だと感じていたのかもしれない。その日は何故か多目的室なるイベント用の教室に移動するように先生かの指示だった。移動中、遠くに見える戎神社の赤鳥居の上に天狗が見えるのは主人公の意識が既に夢の中だからか……



「では皆さんは今からの一時間、配ったお菓子を食べながら好きなように時間を過ごしてください!」



 ついに夢の中にいるようだ。にんじんというポン菓子といい子悪い子という飴玉、あとはどんなお菓子が入っていたかは覚えていないが、二十年近く前の思い出をここまで鮮明に覚えているのもわりと凄いのかもしれない。

 この日はどうやら保護者会的な物が企画した別のクラスの生徒同士のお茶会的な何かの日だったらしい。もしかするとそういうお知らせがあったのかもしれないが、主人公はそういった生きていく上で不要な情報は頭に入れない子供だった。

 一週間の給食の献立とかは覚えていた。


 この会の素晴らしい事はこの後に起こる。プレゼント交換的なイベントが行われたのだが、なんたる奇跡か、主人公の手元にきたプレゼントはこの当時主人公が恋焦がれていた少女、ユキちゃんと仮名しておこうか、主人公を知る人がこれを読めば卒業アルバムを開いて誰かを調べるかもしれない。

 残念、ユキちゃんは途中で転校しましたぁ! という情報を出せばさらに狭まる事に少し後悔するも物語に戻りたいと思う。



「うわぁー! これすごくいい! 紙袋を止めてるけん玉の飾りも可愛いわぁ!」



 恥ずかしいくらいに褒めまくった主人公。中に何が入っていたかはもう覚えてはいない。多分なにかしら文房具だったような気もするけど、紙袋を止めていたけん玉の形をした飾りしか覚えいない。

 こんなベタな反応をする主人公を見て、これをくれたユキちゃんはどんな反応をしただろうか?


 1、笑顔でほほ笑んだ。

 2、汚い者を見るような目で主人公を見た。

 3、何も反応しなかった。


 さぁ、どれだ? 物語的には2とかが盛り上がるのだろうが、ユキちゃんは天使だった。主人公にとびきり可愛い笑顔を向けてくれたのだ。過去に戻れるなら主人公はユキちゃんを自分の女にしただろうなと書きながら涙がでそうになる。

 ユキちゃんは同性も異性も友達が多い方の子供ではなかった。一人でいる時も楽しそうに本なんかを読んでいるおとなしい子だった。

 そんなユキちゃんが主人公になんと話しかけてきたのだった。



「嬉しい。ありがとう」



 まぁ、元々惚れてるんだが、声を大にして叫びたい。惚れてまうやろー! と主人公は選ぶ程度しかない語彙力をフル活用してユキちゃんが喜びそうな事をあれこれ興奮して言ったんだろう。残念ながら覚えてはいない。

 一つ覚えている事はこの言葉だった。



「今日、放課後西田公園で遊ばない?」



 まさか当時の主人公は女の子を公園デートに誘ったのである。この西田公園だが、そこらのちゃちな公園じゃない。ちゃんとした西宮の森林公園としてデカデカと聳え立つ大型の公園。学校の敷地と同じくらいはあるんじゃないだろうか?

 そんなところで主人公はユキちゃんと何して遊ぶつもりだったのかは分からないが、ユキちゃんは嬉しそうにしたもののこう言った。



「ごめんね。今日は習い事だから」



 主人公の最初の恋は終わる。学期が終わったころに、ユキちゃんはいずこかへと転校していった。別のクラスという事もあり、その事実すら知らないままの主人公はある意味救われたのかもしれない。

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