第十五話 宣戦布告-1


 気球が国内上空にさしかかったところから、明らかに待ち構えられていた。出発と同じ北門付近の広場に着陸した気球の周りを、五十名あまりの武装集団があっという間に取り囲んだ。俺達三人は、ただ手を挙げて気球から降りるほかなかった。


「《荊》が一振り、《水剣》のリティシア・アルテミスだ。大人しくすれば手荒な真似はしない」


 青の飾り羽がついた銀色の全身鎧フルアーマーが、同じ意匠の長剣を突きつけて名乗りを上げる。その凛々しいアルトボイスは、俺にとって若干トラウマなのだった。かつて俺を連行し、王の前にひざまずかせた女。


「またあんたかよ……《水剣》サマは俺の連行以外の仕事もらえないのか?」


「私とて貴様の顔など見たくもないわ。今回用があるのは貴様ではない」


 アルテミスは長剣の切っ先を、俺から一つ隣に滑らせた。


「そなた、アイルー王国からの友好大使、テト殿で相違そういないか」


「あぁ……? そうだけど」


「失礼ながら、身柄を拘束させていただく」


 テトが何か言うより早く、殺到した武装兵が俺とマリアを押しのけて、テトを上から押さえつけた。


「な……なにすんだ、お前らっ!!」


 蒼い閃光が爆発し、テトを取り押さえていた男たちが悲鳴を上げて蹴散らされる。蒼く放電しながら立ち上がったテトは、下から真っ直ぐアルテミスを睨んだ。


「ほう、煉術で電撃を……さすがはアイルーの尖兵せんぺいだ」


「ワケ分かんねえことばっか言いやがって……お前らの仲間、死んでんだぞぉッ!!」


 青い目をかすかに潤ませて、テトは爆ぜるように突撃した。光の矢にも似たその速度に難なく反応し、アルテミスの篭手こてがテトの手首を掴んで、捻り上げる。


「あぐ……ッ!?」


「残念ながら、私に電撃それは効かない」


 背後から膝裏を蹴ってひざまずかせ、腕を逆側に捻って完璧に拘束。腕がへし折れる寸前までめられて、テトが苦悶の形相を浮かべる。――強い。カンナにも劣らない体術だ。


「貴様ら二人も、悪いがついてきてもらう。……ところで、ヒイラギはどうした。ここにいないということは、現地に残ったか。よほど巨大な獲物でも仕留めたのか?」


「……死んだよ」


「……は?」


 甲冑に隠れてアルテミスの表情は分からないが、その声は、かつてないほど素っ頓狂に響いた。


「カンナでも勝てないほどの敵がいた。人型の、知能を持つモンスターだ。今、なんでテトを締め上げてるのか知らねえが、それはカンナが死んだことよりも重要なんだろうな? そうじゃなきゃ……お前ら、分かってるよな」


 俺を拘束すべく肩に触れた男を睨み上げると、男は悲鳴を上げて尻餅をついた。


「あ、アルテミス様! 気球の積荷にこんなものが……こ、これって、もしかして」


 気球の中を調べていたらしい男数名が、ジフリートの尾と卵、そして、一振りの、鞘に納められた白銀の細剣を抱えてやってきた。驚きと、混乱、それから隠し切れない興味の滲んだ眼差まなざしで、カンナの剣を握りしめる男を見て、脳の血管がブチ切れた。


「触るな!!」


「ひぃぃぃぃぃぃっ!?」


 腰を抜かして男が取り落としかけた白銀の剣を、静かな所作でアルテミスが取り上げた。


「……ヒイラギ。貴方あなたほどの戦士が、まさか」


 低く呟いたアルテミスの声は、心から、かなしげであった。その姿が、俺の気のたかぶりを少し沈めた。アルテミスは、竜の尾や卵、傷だらけとなった俺たちの装備を見回して、何かを悟ったように語気を和らげた。


「激務からの帰還早々に、無礼な真似をしたこと、許してほしい。カンナの武勇、最期を含め、聞きたいことは多くある。……だが、こちらの問題も逼迫ひっぱくしている。まずは王城まで同行願いたい」


 テトの拘束を解き、片膝をついたアルテミスは、俺たちではなく、まるでここにいないカンナに礼を尽くしているように見えた。俺とマリアは目を合わせ、小さく頷いた。


 俺たちは、静かに王城までの道のりを連行されていった。武器を取り上げられ、手首を腰の後ろで縛られる。テトは鎖で全身をぐるぐる巻きにされた上、首筋には常時アルテミスの剣が突きつけられているという厳戒態勢。


 よほど何かを警戒したのか、アルテミスの他にもうひとり《荊》が帯同していたが、紹介を受けるまでまさか国の最高戦力とは思えない風姿ふうしだった。


 腰の曲がったおばあちゃんである。


 豊かな白髪を頭の上で団子のようにい、枯草色かれくさいろ半纏はんてん姿で、シワだらけの顔で愛嬌たっぷりに笑う彼女は、手足が常にプルプル震えていて、杖をついて歩くペースも亀のように遅い。彼女の歩みに合わせるので、俺たちを連行するはずの大行列がまるでパレードである。


 《金剣きんけん》のヴァーチャ・ヴァローナ。御年おんとし百一歳の現役最高齢ウォーカーだ。こんな人が最高戦力なんて、どうなっているんだこの国は。


「テト君や、アメちゃん食べるかい?」


「えっ、アメって甘いやつ!? ほしい、くれっ!」


「ヴァローナ殿、捕虜ほりょに餌付けしないでください!」


 アルテミスの悲鳴は耳が遠くて聞こえなかったのか、プルプル震える手でタッパー(どこに隠し持っていたんだ)から取り出した飴玉を、ヴァーチャは「あーん」と開けたテトの口に放り込んだ。「うわ、うめえっ! ありがとうばーちゃん!」と無邪気に笑うテトに、ヴァーチャもにっこり微笑む。なんと緊張感のない奴らだろう。テトが少し元気になったのは良かったけど。


 本来の三倍ほどの時間をかけて、俺たちは城へ到着した。通されたのは、王審のときの玉座の間ではなく、一階の天井の高い《騎士の間》であった。そこに待っていたのは、まずは特別豪奢ごうしゃな意匠の鎧とマントで着飾った三十名ばかりのウォーカー。王族・貴族の血筋のみで構成された特別な身分の冒険者――《純血の冒険者ロードウォーカー》である。


 整然と左右に二列横隊にれつおうたいを作ったロードウォーカーたちに挟まれる形で、俺たちはレッドカーペットに投げ出された。異様な圧力を放つ人物が一人、俺たちの正面に仁王立ちしている。腕を組み、かつてより一層深い皺をその眉間に刻んだ壮年の大男。


 ルミエール国王、ルミエール十二世。


「国王様、くだんの男を連れて参りました」


「ご苦労。……ん、《月剣》はどうした。そやつらと共に特別任務へ出ていたはずであろう。……さては、また次の任務か」


 アルテミスはあえてなのか、それに否定をしなかった。三人並べてひざまずかされた俺たちは、そこで知ることになった。同盟国のアイルーが、ルミエールの駐屯基地を襲撃し、事実上の宣戦布告をしてきたことを。テトの狼狽ろうばいぶりは、俺たち以上だった。


「……なんだ、それ」


「駐屯基地の生き残りが帰還して知らせなければ、我々はアイルーの凶行など知る由もないところだった。言え。その間に、貴様は我が国に潜り込んで何をするつもりであったか」


 テトは困惑した瞳をレッドカーペットに落とし、呆然とつぶやく。


「お……おれはただ、ウチの偉い人たちに、友好大使としてヴァサゴのおっさんとルミエールに行ってこいって言われただけだ。何をしろとも、言われてない」


 こめかみに血管を浮かべた王の手の一振りで、テトは見えない力に叩き伏せられたように顔から床に着撃した。


「ぬけぬけと戯言ざれごとを……――既に二名ものウォーカーが暗殺されておるのだ! どちらも階級ランク100超えの猛者である! これが貴様の仕業でなくてなんであるか!!」

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