第十四話 半魔-2
※
シオンたち四名が特別クエスト【紅雲大火山調査】に出発した翌日、ユーシス・レッドバーンは知人の女から呼び出しをくらっていた。
一ヶ月前にアカネウォーカーの暴走によって半壊した
「この俺を休日に呼び出すなど、
「一度憎まれ口を叩かないと、素直に後輩の応援もできないの?」
隣に座っていた金髪の美少年が、呆れ顔で苦笑する。
「口に気をつけろアルフォード、俺は応援に来たのではない、ただ
「はいはい」
これから始まるのは、学園の生徒、
片方は、王家に連なる上流貴族、エリンダル
コトハが通訳にレン・フローレスを連れ、ユーシスの元に手書きの招待状を持ってきたのが昨日の夜のことである。
英語で書かれていたが、なぜか
「エリンダル……王族の血にかまけて
「今の学園はレベルが低いってこと?」
「馬鹿が、俺たちの代が異常だったんだよ」
「ふうん。でも対戦相手の子、貴族なんだ。この組み合わせ、なんだか思い出すね」
「やめろ」
忌まわしい記憶が蘇りかけ、ユーシスはブンブン頭を振った。
思い出す、といえば、重要なのはもうひとりの方だ。
ナツメという姓。招待状の文末に記されたコトハのフルネームが、ユーシスがわざわざ休日を返上してここを訪れた理由だ。コトハに
「あの女は、ナツメの近親者か。それとも『ナツメ』とは地球によくある姓なのか? それにしては、雰囲気が瓜二つではないか」
エリンダルに比べて随分ささやかな歓声と、はばからないざわめきを浴びて登場したコトハの姿を見下ろして、ユーシスは灰色の目を
「あ、あぁ、うん。なんか、遠い親戚みたいなものなんだって」
「なるほどな。それが二年連続で同じ地域に召喚されたとは奇妙な話だ。いずれにせよ、見る価値のない試合になりそうだな」
「相手の子はそんなに強いの? 貴族だから?」
「まさか、取るに足らん
「言い過ぎだよ」
だが、いかにエリンダル家が王族の末席を汚す堕落した一族といえど、貴族に生まれたからには幼少から一流の師に剣術・煉術を学ぶもの。同年代に敵など生まれるはずがない。本来ならば。
「この私に勝負を挑むとは、勇敢な方だ。エリンダルの名にかけて、私が戦いの厳しさを教えてあげよう」
七三分けの赤髪を撫でつけ、キザな所作で両手を広げたラインヴェール・エリンダルの
「あっ! ハルクさん、ユーシスさん!!」
泣きつくような少女の声が、横合いから駆け寄ってきた。短い金髪を揺らす華奢な美少女。シオンとハルクによって助けられた新客、レン・フローレスであった。ユーシスも新人大会以降、多少面識がある。
「わぁ、レンちゃん。制服姿似合ってるね」
「どうしましょうハルクさん、コトハが怪我しないかって、私もう不安で……」
「あはは、その気持ちよく分かるよ。大丈夫、守護石が守ってくれるから大怪我はしない。だいたいはね」
「なんで含みのある言い方なんですか!?」
「あまり受け身が上手いと守護石が発動しないからな、稀に医務室送りもある」
「シオンのときはそれで肋骨折れたり皮膚がドロドロになったりしたなぁ」
レンの顔がひと目で分かるほど真っ青になっていく。
「そもそも、なんでこんなことになったの? ふたりとも入学したの昨日でしょ?」
なに、とユーシスは耳を疑った。昨日だと。馬鹿な、ランク戦に出場するためには『剣術基礎Ⅰ』の単位を取得する必要があるはずだ。
「あ、えっと……実は、昨日あの貴族の方たちに絡まれてしまって。パーティーに招待してあげるとか、ランチを奢ってあげるとか、断ってもしつこくて。コトハが守ってくれたんですけど、あの子、言葉通じないし、お互いに喧嘩腰になって気がついたら……」
「決闘する羽目になってた、と。なるほどー、いよいよ思い出すね、ユーシス」
「黙れ」
試合が始まろうとしていた。ラインヴェールは大仰な所作で木剣を振りかざし、構えた。コトハが腰から木刀を引き抜いて青眼に構えるまでの、一連の動作を見た瞬間、ユーシスは勝敗の予測を百八十度入れ替えた。
「あぁ、頑張って、コトハ……!」
ぎゅっと胸の前で拳を握り、見ていられないとばかりに顔を背けようとするレンに、ユーシスは「安心して見ていろ」と不機嫌な口調で言った。
《剣術基礎Ⅰ》を一日で合格したのだとしたら、それは学園創設以来、一度しか前例のない快挙。唯一の前例を作ったのは、一年前、ここでユーシスを負かした男だ。
「――始めッ!」
「見せてあげよう、君と私の格の違いを!」
ラインヴェールが突進挙動に入ったそのときには、既にコトハは五メートルの距離を喰らい尽くしていた。
あどけない少女の声が、低く唱える。
「
一閃で勝負は決した。がら空きの胴に叩き込まれた木刀が、鋼鉄もかくやという威力で肉厚の腹にめり込む。白目を剝いたラインヴェールを守護結界が覆い、ガラスの砕ける音を撒き散らして彼のわがままボディを吹き飛ばした。
声もないレンの隣で、ユーシスとハルクも冷や汗を垂らしていた。
――あの女、一年前のナツメの、優に倍は強い……。
水を打ったように静まり返る闘技場で、一人、砂まみれになったラインヴェールが泡をふいて失神した。正気にかえったレフェリーが右手を掲げる。
「しょ……勝者、コトハ・ナツメ!」
コトハは何事もなかったかのように、ラインヴェールに向かって深く一礼した。
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