第十四話 半魔-1
マリアは、バスケットの隅で自分の膝を抱き、真っ赤に腫れた目で虚空を睨んでいた。テトは対角に座り込み、地蔵のように
斬喰炉が去ってから、カルデラ湖のベースキャンプまで死んだように降りて、そこで一泊し、明朝から下山を再開して麓の気球を回収して飛び立った俺達は、その
「……ごめん」
テトが、聞こえるか聞こえないかギリギリの声で、たった一言呟いた。
「何が」
「何が、って……色々だよ。おれはビビって、全く戦えなかったし。それに、その……色々、隠してたから」
「何を隠してたかは言わないで、謝られても。分かんねえだろ」
流れ行く景色を眺めながら低く言う俺に、テトは生唾を飲み込んだ。打ちひしがれ、
「……おれは、人間じゃない。
俺は無感動に「あぁ」とだけ返した。驚きはない。斬喰炉が既にあらかた
「……実際、こんなことがなけりゃ、一生隠していこうと思ってたことだ。今更
「しねえよ、そんなこと」
「……そっか」
壊れた人形のような顔のまま呟いたテトに、マリアが虚空を見つめたまま
「あの斬喰炉は、あんたの仲間なの」
「んな、まさか。ハハ……あの人の態度を見ただろ。斬喰炉さんだけじゃない、おれは、みんなからキモがられてたんだよ。気の触れた誰かが猿とセックスして生まれた奇形児を、人間は仲間に入れるのか?」
自嘲気味に笑ったテトは、すぐに口角を落として首を振った。
「いや……悪い。戦えなかったんだから、向こうに味方したようなもんだな。……結局そうなんだ。おれはどっちにもなれない。群れから逃げて、人間のフリして生きようとしたけど、バレてからは牢に繋がれて、危ねえ任務ばっかりやらされて。……カンナ、だけだったんだ」
初めて、テトの目に生気らしさが宿った。
「カンナは、国の奴らから聞いて、俺がバケモノだって知ってた。それなのに、合同任務の相棒におれを指名して、牢までやってきて、まるで普通の人間みたいに、おれを扱ってくれた。おれは……アビスの味方にも人間の味方にもなれなくても、せめて、カンナの味方になろうって、思った。……思ったのに……!」
ビロードのような蒼い瞳が、ウルウル揺らいで大粒の涙を落とす。
「ごべんなざい……! 動げながっだ……体が全く動かながった! 死ぬべぎは、おれだっだのにぃ……!!」
「勝手に、謝らないでよ」
怒鳴ったマリアの目にも、枯れたと思われていた涙が滲んだ。
「あたしたちに謝られる資格なんてない。三人揃って何もできずに、カンナさんの
テトは、
「好きだったんだな、お前も」
「……うん」
「俺もだよ」
涙が引いてから、俺は振り返って、二人に向けて笑った。
「復讐、しようか。この三人で」
マリアは薄く笑って応じた。
「思ってもないこと、言わないでよ」
あっさり看破された俺は、「悪い」と一言謝って、バスケットの
カンナの亡骸を引き渡して生き長らえた俺たちを、以前までの自分が見たら散々
俺たちは生きるために殺す。毎日、何かを殺す。それなのに、自分の周りの人だけは、何者にも殺されるはずがないと無根拠に思っていた。全く甚だしい思い違いだった。いつから俺は、人類は狩られる側から狩る側へ飛翔したものと、おめでたい錯覚をしていたのだろう。
アビスとは、生きるために俺たちを捕食する天敵だ。天空を飛び回る
斬喰炉の姿を、思い出す。ヤツが同じ空間にいた時の、異質な空気感、圧迫感が、今でも鮮明に思い出されて、身震いした。
"アレ"は、異常だ。決して関わってはならない存在だった。アレに刀を向け数合打ち合ったことが、今にして恐ろしくなった。
カンナはそんな斬喰炉さえ追い詰めた。そして、死んでしまった。弱すぎる俺たちを守り切り、俺の知る限り最も強い人間だった彼女は、生きたいと泣きながら死んだ。最期に、俺に生きろと言い残して。
ならば、生きるしかない。何を捨ててでも。
「ギルドには、紅雲大火山開拓の永久中止を進言する。ジフリートの亡骸も回収には帰らない。マリアも、それでいいか」
「えぇ」
マリアは打ちひしがれた顔で頷いた。俺たちの唯一の失敗は、斬喰炉に出会ってしまったことだ。ヤツの言うとおり、運が悪かった。天災に巻き込まれた。
だから、もうあそこへ行ってはならない。いや、もう極力、冒険者も外に出てはならない。ヤツらに見つからないように、
最初からそうしていればよかったのだ。そうすれば、カンナはずっと生きていられた。
帰って今回のことを報告すれば、国は大混乱になるだろう。
並外れた戦闘能力と知能を持った天敵、魔人の存在。《月剣》の殉職が、その恐るべきを何より国民の眼前に叩きつける。それでいい。カンナの犠牲によって、全国民が思い上がりを自覚するに違いない。そうして、カンナの愛した彼らの命は守られる。
俺は、せめてそんな彼らの盾となろう。
――ふざけるな。
腹の底から、一瞬、爆ぜるような熱が噴き上がった。俺は
「今、何がしたい?」
単純な興味で、俺はマリアに尋ねた。彼女はさして間を空けず答えた。
「そうね。……ハルに、会いたい」
「奇遇だな。俺もだよ」
ところが俺たちは、帰還した瞬間、待ち構えていた《
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます