第十一話 生存本能-2
※
動揺がなかったわけじゃない。
人間しか食えない人型のモンスターがいたことも、マリアがそいつに家族を殺されていたことも、俺を激しく
人を食う魔人、アビス。ジフリートを食った俺たちが、これからこのバケモノに食われても文句など言えるはずがない。
それでも斬喰炉に刀を向ける意志を持てたのは、単なる、原初的な本能だ。
――生きたい。
感情ですらない、それは生まれた瞬間に組み込まれた、生き物としての生存本能。俺たちはきっと、生まれたときから、勝手に生きるように作られている。
「来いよ天敵。【餌】の根性見せてやっから」
斬喰炉はニタリと笑って、呟いた。
「そりゃ楽しみだなぁ。何秒、もつのか!」
「無理だシオン、逃げろ! その人は、次元が違う!!」
テトの叫びをかき消して、耳障りな金属音が目前に弾けた。足元が陥没する。斬喰炉の突進一閃を間一髪受け止めた俺に、飛び散る火花に照らされて、斬喰炉のギョロ目が「お?」と見開く。
「あれぇ、やるなキミ。キミら三人とも、正直どっこいどっこいに見えたんだけど」
的確だ。俺の主観だが、のんびり立っているだけの斬喰炉の威圧感は、王城で本来の姿を晒したときの白皇、以上。これほど実力差があれば、俺たちなんてどんぐりの背比べに違いない。斬喰炉の動きに俺だけがギリ対応できる理由は、ごくごくシンプル。
相性だ。
「俺は
鍔迫り合いから手首を回し、斬喰炉の刀の上を滑るように斬撃を走らせる。棗一刀流剣術【
「おぉ、おぉ、こりゃすげえ。弱いのに強え」
重心が後ろに倒れている。今畳みかける以外に、俺の勝ち筋は存在しない。この速い相手に奥義はまず当たらない、小さな技で少しずつ崩す!
「【
ゴキゴキ、と両腕が鈍い音を立てた。振り抜いた刀の切っ先が、斬喰炉の想定を超えたリーチで黒い
「刀が、伸びたァ?」
違う、肩、肘、手首の関節を一度に外してリーチを伸ばしただけだ。【鳴神】と違って煉術には
「【
突進突き、斬り上げ、兜割り。相手の体勢と刀の始動位置から、最も
全てを弾きつつも、退がりながら受ける斬喰炉に実力差ほどの余裕はない。奇妙なほど劣勢な自分に、戸惑っているような顔をしていた。
思考を止めるな、動きを止めるな、刹那でも隙を見せればやられる。このまま、押し切る!
「うん、もういいよ」
次の技の挙動に移っていた俺の首筋に、湯をぶっかけたような熱が走ったのは、次の瞬間だった。
カンナに二つももらったはずの守護石が、遅れて二連続で砕けた。二重の結界が俺を守護すべく展開したが、あまりに今更すぎる。何が起きたのか、全く分からなかった。
呆然とする俺の首から、プシュッ――と、赤い
「……ぇ……?」
首の右側が、信じられないくらい熱い。感覚がない。慌てて右手で押さえると、いつもの皮膚じゃなかった。なんだ、これ。ビシャビシャに浸した雑巾みたいだ。
テトとマリアの絶叫が、ずいぶん遠くから聞こえた。俺はそのままふらりと地面に突っ伏した。岩の大地がみるみる真っ赤に染まっていく。
あ、これは、やばい。
「どうにも、その首からさげてるその赤い石がバリアで守ってくれるんだろ? つーわけで、三回斬ってみた」
いつの間にか背後に立っていた斬喰炉が、軽い口調でそう言った。
三回。三回だと。たった一太刀も目で追えなかった。
意識がサーッと色褪せていく。俺の首は、触診の限り五センチ以上も斬り込まれていた。首に集中している太い血管が、全部ぶった斬られたことになる。手で握って必死に止血を試みるが、指の隙間から、蛇口を捻ったように血が溢れ続ける。握力が、どんどん入らなくなる。
「あんまり傷口押さえるなよ、苦しい時間が長引くだけだろ。血抜きも兼ねてるんだからさぁ」
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