第九話 捕食者-2
世界が嘘のように静まり返っていた。俺の身の丈ほどもあるジフリートの頭部の前に、ほどなくパーティーメンバーが全員集合した。
「終わったなぁ」とテトがその場に座り込む。「すげーじゃん、シオン。
「二人が両翼を潰してくれたおかげだよ。尻尾を斬れたのも不意打ちだ」
「でも、そのおかげでジフリートの攻撃手段をブレスと熱風に限定できたんだよ。今日のMVPは文句無しでシオン君だね」
肩に担いでいた巨大な竜の尾をその場にドスンとおろし、カンナは満足そうに言った。穴から這い上がる際、ついでに回収してきてくれたようだ。
「でも、俺だけ守護石全部割られちまってるしなぁ。ギルドの規定じゃ、守護石全損したやつは任務失敗扱い。もし穴底でカンナに助けられてなかったら、首刎ねる前に俺が消し炭になってたわけだし」
「変なの。今日は随分謙虚なのね」
マリアが珍しいものを見る顔で言った。謙虚とは少し違うかもしれない。この戦いは初めから全く対等ではなかった。もちろん、狩りとはそういうものなのだけれど、なんとなく手放しで勝利の余韻に浸れる心境ではなかった。俺はジフリートと、決闘でもしていたつもりなのだろうか。
「……とりあえず、土産は十分だろ。持てるだけ素材回収して下山しようぜ」
急に押し寄せた疲労感に負けてそう提案した俺に、カンナは一つ頷くと、俺たち三人の顔を見回して言った。
「私はここに残るから、三人で帰還してギルドに報告して」
「は?」
「だって、こんな歴史に残る資源を置いて帰るわけにいかないもの。解体して全部持ち帰らなきゃ。十倍から二十倍の人手がいるから、帰ってきちんと報告してね」
彼女が言っているのは、至極もっともな話だった。飛竜の全身がキレイに揃った死体なんて、ギルドの研究部がよだれ垂らして欲しがるに決まってる。《
俺たち四人と気球が一機だけでは、持ち帰れてこの巨体の二十分の一程度。かといってジフリートの亡骸をこのまま放置して帰れば、その間に他のモンスターに食い散らかされたり、風化が進む恐れがある。
「それなら、俺も残る。こんなとこに一人なんて危ないだろ」
「あはは、大丈夫だよ、ここら一帯はジフリートのナワバリだったんだから。しばらくは他のモンスターも寄り付かないし、たとえ出ても、ジフリートと同等レベルまでなら私一人で平気」
「いや、でも……」
「これは隊長命令だよ、シオン君。君たち三人にこれ以上の任務続行は難しいと判断しました。体力的に限界でしょ。ていうか、シオン君は守護石全損してるので、即刻帰還が義務のはずです」
「うぐ……」
「まー、おれは早く帰れるならありがたいかな。めっちゃ疲れたし。そもそもおれは戦闘以外役に立たないからなー」
「……ヴァジュラがないと下山も難航するだろうし、この二人だけで帰すのも不安だし。……やっぱり、カンナさんの判断が一番合理的ですね」
「と、いうわけです。お家に帰るまでが任務だからね。よろしく頼むよ、三人とも」
返事をした二人に挟まれて、俺は何も言えず
「はい、はい、はいはい!」
話が終わりかけたところで、テトが小学生のように手を挙げた。
「どうしたの?」
「ほんの、ちょーーーーーーっ、とだけでいいからさ」
横たわるジフリートの亡骸を指差し、もう片方の手で「ちょっとだけ」のジェスチャーをして、テトは無邪気に
「食わねえ? ジフリート」
全く発想のなかった俺達は、一瞬硬直した。しかし――そうだ、ウォーカーは、殺したモンスターは必ず食べる。
「増援を待つ間も肉はどんどん
強いモンスターを食うことで、血が、筋肉が、より強靭に生まれ変わるのはこの世界の常識である。ましてそれが竜の肉であれば――その一回の食事が一体どれだけの体験となるのか、想像もつかない。
先ほどの激闘が頭を
「賛成だ。食おう」
奪った命に対する最大の礼儀は、やはり食うことに違いない。マリアも、カンナもゆっくりと賛同した。
「ていっても、コイツの鱗めちゃくちゃ硬いからな。どこの部位切り出すにしてもシオンの技じゃなきゃ」
「【火之迦具土】じゃ繊細な解体はできないよ。しかも断面が焼けちまう。食うところ以外がぐちゃぐちゃになるだろうな。死んだ相手に対してまで使いたくない」
「じゃあどうやって竜の肉を食うんだよ!」
「一箇所だけあるよ」、とカンナが歩き出した。ジフリートの首の前でひざまずき、手を合わせてから、その上あごを持ち上げる。
でろり、と、分厚く長い薄桃色の舌が牙の隙間からはみ出した。
「竜の
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