第六話 火竜ジフリート-1

「調べましょう」


 言うなり、カンナは躊躇いなく人骨の山に飛び込んだ。


「お、おいっ!?」


「みんなはそこで待ってて」


 信じられないほど柔らかい着地は、死者の骨を全く傷つけなかった。カンナは目を閉じ、両手を合わせてから、むくろの一つ一つに顔を近づけ、丁寧に観察を始めた。


「骨格からして間違いなく人間。ほとんどが十代から三十代の男性……やっぱり、私達より前にここに来た冒険者たちのものだね。一番下の方は一年以上も前のもの……上の三人分なんかはかなり新しい。つい一日か、半日ぐらいしか経ってないよ」


 背筋に冷水をかけたような寒気が走る。カンナは神妙な顔で穴から這い上がってきた。手を貸して引き上げる。


「……つい最近ここで人が死んだってことか」


「それだけは確かだね。考えてみれば、大地の裂け目のこっち側にも国や文明があったって不思議じゃないし、この山に任務でやってきた冒険者かもしれない。……ていうか、これ、どう考えたってあの竜の仕業じゃないよ。あんな巨体が食べたにしては、食べ方が繊細すぎる。もっと小型の、別の凶暴なモンスターがいるね」


「どうする? ここで待ってりゃ、そいつの方から来てくれるんじゃないか?」


 テトの言葉にカンナは首を振った。


「目的外のモンスターをわざわざ待ってやることないよ。さっさと奥へ進もう。滞留している空気の流れが変わってきてるから、出口もそう遠くないはず」


 カンナの言うとおりだった。それから三十分足らずの行軍で、俺達は長い長いトンネルを抜けた。外に出た途端、もうもうと火山灰の舞う火山の土手っ腹があまりに涼しく感じられて驚いた。これでも気温は四十度近くあるはずだが、中の灼熱に比べればオアシスのようだ。


「ずいぶん高く登ってたんだねぇ」


 カンナの言うとおり、空を覆う紅雲が記憶にないほど低い位置にある。山の北側を見渡せば、南の国から気球で飛んできた俺達にとって、全くの未知の世界。


 言葉を失った。見渡す限りサバンナのような荒野と大草原が、互いを侵食し合うように入り乱れて無限に広がっている。国はおろか、人工物の類など全くもって見当たらない。この世界は一体どれほど広いのか。その茫漠な大地さえ、ここからではかすみがかかるほど遠い。


「みんなお疲れ様。無事に山の裏側へ抜けたから、まとまった休憩を取ろうか」


「え……?」


 俺たち三人は固まって顔を見合わせた。


「それって……言葉通りの意味で受け取っていいのか……?」


「バカ、試されてるに決まってんでしょ!? 鵜呑みにしたら死ぬわよ!」


「最初に座り込んだやつを見せしめに殺すとか……」


「危ねえ! おれ今にも座るところだったぜ!」


「みんな、私をなんだと思ってるの?」


 カンナはやれやれと肩をすくめた。


「まずは水場を探しましょ。ほら、歩くよ。あと少し、ファイトー!」


 先陣を切るカンナに、俺たちも疲労困憊の体に鞭打って続く。


「こんなところに水場なんてあるのか……?」


「おーい、こっちこっちー!」


 なにか確信を持ったような足取りで歩いていたカンナが、巨大な岩壁をくるりと回ったところで俺たちに手を振ってきた。追いついた俺たちは、そこで夢でも見ているのかと思った。


 湖。


 火山地帯のど真ん中に、広大な湖が広がっていた。それだけではない。草の根一つも生えていなかったこのフィールドで、この湖の周りだけは草木が青々と取り囲み、桃源郷のように光り輝いていた。踏み入った瞬間、体感気温が十度ほども下がった。俺たち三人共、ほうっ、とため息一つ吐いて、その場に膝をついた。


「立派なカルデラ湖だね。ここで休憩しようか」


 カンナの笑顔が、今度こそ天女のそれだった。

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