第五話 飛竜狩り-2

 同時に飛竜狩りを提案した俺とカンナだが、その動機は全く違うところにあった。


「飛竜は、目撃情報だけで《WWU世界冒険者組合》が謝礼を出すレベルの幻獣だよ。倒せればそりゃ一番だけど、せめて鱗の一枚でも手に入れて持ち帰りたいよね」


 カンナの動機はあくまで国と世界の利益。単にあの圧倒的な存在に「挑んでみたい」というだけの俺とは大違いだ。


 テトは完全に俺寄り。マリアは、竜素材なら武器も防具もとんでもない強化ができるだろうという打算。胸の内はそれぞれでも、俺たちの意志は一つになった。


 緊急クエスト『飛竜狩り』の始まりである。


 決して目を離さぬように見張っていたが、飛竜は山の周り上空をしばらく旋回したのち、やがて山の裏側に姿を消した。それからは一向に現れず、完全に見失ってしまったわけである。


「向こう側へ飛んでっちまったか?」


 テトの言葉を俺は短く否定した。


「たぶんアイツ、この山に住んでる竜じゃないかな」


「マジ? なんで?」


「あの存在感、間違いなく生態系の頂点にいるはずなのに、それにしては山の周りを何度もぐるぐる回って、何かを警戒してるみたいじゃなかったか? 見つかったら殺されそうなくらい、すげえ殺気立ってたし」


 カンナが頷く。


「私もそう見えた。たまたまこの火山に立ち寄ったって雰囲気じゃなかったよね。むしろ、火山に侵入する外敵から何かを守ろうとしてるみたいだった。守るもの……もしかしたら、卵、とか」


 おおっ、と三人同時に色めきだった。


「竜の卵なんて、持ち帰ればとんでもない成果になるわね」


「でっけー目玉焼き作れるな!」


「絶対やめろ!」


 スパァンと頭をひっぱたく。テトは痛がるどころか笑い始めた。怖すぎる。


「じゃあ、目指すは竜の巣だな」


「どこかに足跡や体毛が落ちてたりするかも。痕跡を探しながら慎重に進みましょう。とりあえず、竜の消えた山の反対側を目指して」


「おー!」


 山を登りつつ、ぐるりと回り込むように進路を定め、行軍を再開。環境調査は後回しでひたすら進む。これほどの大山たいざんだから途方もない道のりが想定されたが、三十分ほど黙々と登ったところで思わぬ幸運が広がっていた。


 焦げついたような赤黒い山肌に、一点、巨大な風穴が空いていたのだ。人が並んで五十人は優に通れる広さの天然トンネルである。中は黒い大地の上を赤熱した溶岩が龍脈のように這っており、強烈な陽炎かげろうで視界が揺らぐほどの熱気で満ちていたが、山の向こう側に行くには大きな近道に違いない。


 俺たちは迷わず、風穴の中へ踏み入った。


「うぇっ、あっちぃ……!」


 テトがバテた犬のように舌を出して言う通り、中はまるでサウナだった。地面や壁のあちこちで溶岩がみ出し、火山の内部を赤や黄色の光で彩っている。両脇をドロドロのマグマが運河のように流れていて、踏める場所も限られている有様だ。


「落ちたら骨も残らないでしょうね……」


 マグマの間を慎重に渡る。すぐに全身汗だくになり、一時間も歩くと熱が頭に昇ってぼうっとしてきた。休める場所を見つめてはこまめに腰を下ろし、水を飲んで休憩した。首の後ろや脇、ももの付け根などを少量の水で濡らし、少しでも体温を下げては先に進む。


 風穴から火山の内側に入って三時間近く。豊富に持ってきた水もほぼ尽きかけていた。


「よし、行こうか」


 カンナが立ち上がったのは、三度目の休憩を始めて二分も経っていないときだった。テトが悲鳴に近い声を上げる。


「まだ座ったばっかだぜぇ……」


「ここを抜けない限り、どこで休んだって体に熱が籠もり続ける。誰か一人でも倒れたら、一気に動きにくくなって全員共倒れだよ。そんな死に方は《守護石》だって防いでくれない」


 理屈はそうだ。だが、俺を含めて三人とも相当体力を消耗しており、熱で頭もクラクラして、その上あとどれくらい歩けば向こう側に出られるのか、全く終わりが見えない。今からまた歩き始めることを全身が拒絶している。


「もー少しだけ休ませてくれぇ……」


「俺もテトに賛成だ……もうしばらく歩けない」


「私もです、すみません……」


 三人そろって情けなく地べたに尻をつける。一人涼しい顔のカンナは、困った顔で「うーん」と唸ると、にっこり笑って言った。


「弱音吐く元気があるならまだまだ大丈夫! ほら、行くよ!」


 耳を疑った俺たちを、カンナは一人ひとり、優しくも有無を言わさぬ力で起こして立たせた。「お、おい」と文句を言いかけた俺に、ほとんど飲んでいなかった自分の分の水筒を突きつける。


「好きなだけ飲んでいいよ。その代わり、もう弱音は許さないからね」


 こんなに暑いのに、寒気がした。優しく笑っている分余計に怖い。この女のパーティーメンバーに抜擢されたユーシスが、以前カンナのことを異常に怖がっていたことを思い出した。


 持たされた水筒に目を落とす。中はたっぷり水で満ちていた。悪魔の契約と分かっていてもその欲求にはあらがえず、ガブリと飲む。まだ十分冷たい水が、食道を通って胃に入り、僅かに活力を取り戻す。マリアとテトにも回してやると、二人とも結局飲んでしまった。


「よし! じゃあここからもう休憩はなしね。倒れそうになったら、私の服を掴んでも、肩に体重を預けてもいい。だから歯を食いしばってついてきて。いいかな、みんな?」


 指を立て、天使の笑顔で小首をかしげるカンナに、俺たち三人は首を縦に振ることしかできなかった。


 ユーシスが怖がる理由がよく分かった。この女は優しくても、決して甘くない。それが最善であれば、どんな苦行も仲間に課す。「ついてこれないなら、まだ私と来るには早かったよ」と、その背中が優しく、非情に語る。もしここで倒れたら、カンナは置いてこそいかないだろうが、きっと、もう二度と俺を誘ってくれないだろう。


 振り返りもせず歩き出したカンナの後ろ姿に見える、プロの冒険者として、パーティーを率いるリーダーとしての品格。「おい」と、俺はマリアとテトの間から二人の背中を叩いた。


「根性見せようぜ……」


「……おぉっ!」


「……あたしは全然へばってないわよ」


 三人で顔を見合わせ、腹から力を絞り出すようにして俺たちは歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る