第五話 飛竜狩り-1

「すげー断面! 真っ直ぐ斬れてる上に焼け焦げてるぜ。今のがさっき言ってた煉術か!?」


 斬り落とした巨大な首を片手で掲げ、しげしげと断面を物色しながらテトが眩しい視線を寄越す。


「まぁ、そうだ。元々はただの剣術だったんだけどな」


 へぇ、と不思議そうに目を丸くするなり、テトはあろうことか自分の顔の五倍はある岩トカゲの頭でリフティングをし始めた。無邪気そのものの笑顔。猟奇的な絵面に俺もマリアもドン引きする。


「テト君、それ大事な素材だからやめて。新種なんだよ一応」


「はーい」


 この火山地帯はルミエールにとって全くの未踏破領域。出会う存在全てが新種というわけだ。持ち帰れるものは厳選して、なるべく多くの種類を少しずつにしなければならない。


狂戦士バーサーカーが一、二、三人。うん、今更だけどパーティーバランスめちゃめちゃ悪いね」


 笑いながら言われる。心外だ。「心外です」とマリアが同時に目を細め、テトはなぜか照れている。褒められてないぞ。


「ま、面白いからオッケーだよ。陣形は私が支えるから、三人はなんにも考えずに攻撃していいよ。ただし、一つだけ約束! 攻撃するのは、私達に気づいたモンスターだけ。いい?」


「オッケー!」


「まずは環境調査ね。マッピングしていきながら、気候、自生植物、地質なんかを調べたりサンプルをとったりするの。三人とも初めてだよね」


「えぇ〜、つまんねー」


「文句言わない。討伐だけがウォーカーの仕事じゃないんだよ。土や植物をほんの一瓶持ち帰るだけで、討伐何十体分もの情報になることだってあるんだから」


 ぶーたれるテトに、内心俺も同感だ。そういう面倒な作業は、そういうのが好きなウォーカーに任せればいい。たとえば、アイツとか。


「ハルもいたらよかったわね」


「……まぁ、次の特別クエストには三人で来ればいいさ」


「三人だけで? どうやって」


「できるだろ。俺たちの誰かが《いばら》になれば」


 目を丸くしたマリアは、「それ、いいわね」と口の端だけで笑った。傍目にはわかりにくいが、これはけっこうテンションの上がっている顔だ。


 背嚢リュックを背負い直し、俺たちは行動を開始した。赤褐色の地面を踏みしめ、山頂を目指して岩だらけの道をしばらく歩くと、空から埃っぽい色をした雪が降り始めた。ルミエールという快晴の国で暮らしている俺は、空から何かが降ってくるという現象そのものが無性に懐かしく、思わず足を止めた。


「雪……こんなに暑いのに?」


「火山灰だね。あまり吸い込まないほうがいいかも」


 言って、カンナは首に巻いたスカーフを上げて口元を隠した。


「体に悪いのか?」


「灰と言っても、木を燃やしてできるアレとは全く違うものなんだよ。灰に見えるからそう呼ばれているだけで、火口から噴出された鉱物の欠片だから、実際は細かいガラスみたいな結晶構造をしてるの。気管支を病む原因になるし、ただでさえアカネの火山だもん。地球のよりもっとヤバい成分が入ってるかもしれないでしょ」


 意外にも博学な女だ。歩きながら隣でうんちくめいたことを披露されると、やはりあの歩く辞典を思い出す。


「じゃあ、この灰も採集しておいた方がいいんじゃないか?」


「あっ、そうだね! うっかりしてた、さすがシオン君!」


 ハルと違ってカンナはけっこう抜けているところがある。


 豊富な知識も戦闘能力も、わずか九歳でこの世界に召喚されたごくごく普通の少女が、血の滲む思いで後天的に会得したもの。国内最高戦力だなんて祭り上げられていても、涼しい顔でその肩書をこなしていても、たぶん本当はけっこう背伸びをしているのだ、こいつは。


 一生懸命に完全無欠を演じている。だから時折、年相応の少女の姿が顔を出す。


 それを見せられたとき、どうしようもなく胸が高鳴る。


「んー、意外と上手く入ってこないなぁ。ひらひら落ちてくるんだから」


 フィルムケースのような小型採集瓶の口を開け、降ってくる火山灰を採ろうと宙に向けて振っているカンナの手から、「貸してみろ」と瓶を奪おうとする。


「いいよ、これくらい自分でできるから」


「俺のほうが上手くできる」


「まったく子どもなんだから」


 至近距離で視線がかち合う。スカーフで顔半分が隠れていなかったら、これほど平常を装えなかっただろう。二人して瓶を持ち、同時に空を見上げた俺たちは――紅蓮の雲を斬り裂いて羽ばたく、おぞましいまでの巨影を目の辺りにした。


 肩が触れたカンナの体も、俺と同じように、金縛りにあったように固まった。


 その影は、全長の大半を占める規格外に大きな翼と尾を持ち、これほどの距離でも肌で感じ取れる、溢れんばかりの生命力を振り撒いて、遥か上空を悠然と泳いでいた。



 ――ドラゴン



 マリアも、テトでさえ、その姿を見て声を失ってしまった。恐怖ではない。迷い込んだ森で、意図せず土地の守り神に出くわしたような。岩陰から、女神の水浴びを目撃してしまったような。俺とカンナは互いに体重を預け合うようにして、じっと立ち尽くした。


 そして、どちらからともなく言った。


「……あれ、狩ろう」

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