第三章 茜色の大戦編

Prologue〜とあるバケモノの憂鬱〜

 なつめ流奥義【火之迦具土ひのかぐつち】の一閃が、《リザードコア》の硬い鱗を真っ二つに斬り裂いた。


 空中を噴き荒れた爆炎の残り火が、崩れ落ちたトカゲ男の死体をオレンジ色に照らして消える。刀身に這う火を振り払ってから、刀を腰の鞘へ戻す。


「お疲れ様」


「お前も少しは働けよ、ハク」


「僕はほら、君の監視役だから」


 高い木の枝に座って優雅に笑う白皇を見上げて、短く悪態をつく。


 周りには、三十を超えるリザードコアの死体が折り重なって転がり、視界にモヤがかかるほどの酸っぱい血と獣の臭いで息が詰まりそうだった。


 リザードコア――竜種のモンスター。全身を堅牢な鱗で覆った二足歩行のトカゲだ。一体一体が成人男性を上回る巨体でありながら、知能が高く、群れを率いてナワバリを拡大し、ウォーカーの装備を奪って武装する厄介なモンスター。単体で四級上位、群れとなればグレントロールに匹敵する危険度である。


「剥ぎ取りは手伝えよ」


「分かったよ」


 鋭い爪や牙の付け根にナイフを突き立てた俺に言われ、白皇も渋々降りてきた。



 本来数十名の討伐部隊が組まれるほどの危険な任務ばかりを斡旋あっせんさせられ、たったの二人で東奔西走とうほんせいそうする毎日。一度は王審にかけられ、俺の立場が決定的に変わってから約一ヶ月――こうしていつ死んでも構わない鉄砲玉として国にこき使われているのが、俺たち二人の現状だった。


 加えて白皇は全く手伝わないから、いつも俺一人で死にかけている。今回だって、三十体の群れとの交戦で左腕がズタズタになってしまった。放っておけば治るとはいえ納得がいかない。


「お前が全部凍らせれば済むクエストだろうが」


「僕は力を残しておかなければいけないんだよ。より強いモンスターに襲われたときや、君が暴走したときのためにね。それに、僕が片付けたら君の修行にならないだろ」


「だからってこうも毎回死にかけてちゃ、今に本当に死ぬぜ……」


 素材の回収を終え、そんな会話を交わしながら俺たちは最後の任務にあたった。背嚢リュックから小型のアタッシュケースを取り出して開く。中には八つの小さな"鉢"が整然と並んでいた。


「丁度拓けたフィールドだし、土も良さそうだ。このリザードコアたちもやがて大量の煉素に還元されて、土地を豊かにするはず」


「じゃ、ここに植えるか」


 二人で手分けして穴を掘り、鉢の一つを取ってそっと垂直に穴の中へ配置し、注意深く周りを埋めていく。肥沃ひよくな土から顔を出す、新緑の苗。これは、ギルドの研究部から支給された《ハツカの木》の苗だ。


 ルミエールを覆うように群生するハツカの木は、俺達人間には爽やかなミント系の香りに感じられるが、モンスターには大変な激臭となるらしく、魔除けの木として古来からルミエールの文明を支えてきた。その苗をこうして未開拓エリアに植樹する理由は一つ。《安全地帯セーフティーゾーン》の建設。


 円を描くように等間隔にハツカの苗を植え終えると、俺は大きく伸びをして腰を叩いた。煉素濃度がこれほど濃いこの辺りなら、ハツカの木はぐんぐん成長して、一ヶ月もすれば立派な大木を作るだろう。


 今回の任務地《濃霧の湿地》はルミエールから西に三十キロ離れた遠方の未開拓エリア。俺たちの任務はそこの調査及びモンスターの駆除、そして安全地帯の建設。


 一ヶ月後にはハツカ林という足がかりができる。ギルドの遠征部隊が物資を抱えてやってきて、ここに拠点を作るだろう。そうして調査が進み、開拓され、ルミエールの文明がまた一つ発展する。一番最初の一番危険な任務は俺たちで済ませた。バケモノ二匹のお役はここで御免だ。


「最近、こんな仕事ばっかだ」


「なにか不満なの?」


「別に」


 ハル達と一緒に戦うことを拒んだのは俺自身だ。今の仕事は願ったり叶ったり。不満などあろうはずがない。


 ただ、何も楽しくないだけだ。


「帰ろうぜ」


 俺とハクは植えたばかりのハツカ林に背を向け、丸一日かかる帰路を歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る