epilogue〜バケモノと呼ばれて〜-2

「お帰り。自由時間は楽しめた?」


 家に帰ると、白皇が畑にジョウロで水をやっていた。こんなに麦わら帽子が似合わない男が他にいるだろうか。


「おかげさまで、やりたいことが片付いた」


「それはよかった。じゃあ、早速始めようか」


 だだっ広い庭の中央で、俺と白皇はいつものように向かい合った。刀を抜いて、真っ直ぐ中段に構える。


 修行の第一段階。それは、あの日バルサを斬った【火之迦具土ひのかぐつち】を再現すること。丸三日もひたすら白皇相手に奥義を繰り出してきたが、あの斬れる炎は一度も顕現していない。


「【火之迦具土】!」


 すれ違いざま、摩擦で焼き切るようにして放つ斬鉄剣の極意。俺の繰り出した【火之迦具土】は、涼しい音色を上げて白皇の剣に阻まれた。白皇の背後に着地し、地面を滑りながら、「くそっ」と悪態をつく。


「この剣ごと、僕をぶった斬るつもりできなよ」


「やってるよ」


 きちんと極意は踏襲できている。白皇の剣が特別頑丈というだけで、普通の鉄ならあっさり斬れているくらいの威力はあるはずだ。


「あの日のことをよく思い出して。どんなふうにして剣を振るった」


 向かい合い直し、再び構える。この奥義は注意する点が多すぎて、一発ごとに凄まじい集中力を使う。修行の後半になればなるほど、理想形から遠ざかり、迷走する。


 あの日のことなら何度も思い出した。棗流を使わずにバルサと戦い、追い込まれて、土壇場で使ったのが【火之迦具土】だ。実戦で初めて繰り出した。あの時、強くイメージしたのだ。


 周囲の煉素を感じろ。俺にはもう見えるはずだ。空気中を漂う無数の赤い星屑が。そいつに、俺のイメージを余すことなく伝える。


 風に揺らめくほどしなやかで、それでいて爆発的な威力を秘める、火炎のやいばを。


「【火之迦具土】!」


 いける――そう思った瞬間、体の内側から剥き出しの刃が飛び出しそうになった。


 繰り出した【火之迦具土】は白皇に受け止められ、反動で、俺はその場に尻もちをついた。


「くっそ、いけそうだったのに……!」


「シオン。今、一瞬体が固まったね」


 白皇に言われても、すぐには何を言われているか分からないくらい、無意識のことだった。


「君……力を出すのを、怖がっているよ」


「はぁ? まさか。俺はこんなに必死で」


「深層心理で、このまま、なんの進展もないままでいたいと思っている。アカネウォーカーの力を一部でも使って、今度こそ人じゃなくなるのが怖いんだ」


 君は本当は、とっくに、力を使えるんじゃないのかい――言われて、ようやく、自覚した。表に出ようとする刃に、自ら鞘を被せて抑えつけていたのは、俺自身だ。


「こうしよう」


 白皇の体に、淡い光のシャボンが纏わりついた。それは小さくなり、彼の全身を覆う白い膜となって、ふわりと染み込んで消えた。


 実体を異空間に飛ばす、白皇の幻術。


「僕を真っ二つに斬ったとしても、これで僕が死ぬことはない。君はずっと、躊躇ちゅうちょしていたんだ。無意識の、刹那の迷いを捨てろ。大丈夫。僕が君の鞘になる」


 ごくり、とつばを飲み込み、俺はもう一度刀を構えた。本当に、思い切りやってもいいのか。そうだ。白皇は死なない。あの時、バルサを殺す気で斬れたのは、殺しても死なないと分かっていたからだ。


 そうか。引き金は――殺意。 


 背負ったハルが事切れた瞬間、遠く離れたグレントロールの首を居合でぶった斬った瞬間、白皇との戦いで俺が我を忘れた瞬間の映像が、矢継ぎ早に、脳裏に激しくまたたいた。


 視界が、赤く染まった。


 空を、地面を、俺と白皇の体の周りを、漂う赤い光の欠片。鮮明に見える。お前が、煉素。光りながら、踊りながら、まるで俺に見つけられたことが嬉しいみたいに、一際強く輝く。


 俺の中には、入ってくるなよ。こき使うのは、俺の方だ。


 手先に全神経を集中。煉素の方に意識を取られて、繰り出せるほど平易な技じゃない。肩口から刀の先までが、形に囚われない炎となったように、力を抜いて、一瞬の爆発に備える。


 白皇は白銀の剣を体の横に立てて構え、俺にいつでも来いと微笑む。今から、俺は、お前を、殺す。


 瞬間、黒い刀身に大量の煉素が纏わりついた。踏み込み、地を蹴り、息を吐く。


 棗一刀流奥義――【火之迦具土】。


 白銀の剣の上を滑る刃から、振り抜くと同時に爆炎が噴き出した。ダイヤモンドのように強靭な白皇の剣を両断し、斬れる炎は、そのまま白皇の体を真っ二つに焼き斬った。


「――ぅぅッ!!」


 爆炎に押されるように数メートルも滑走して白皇の背後をとった俺は、刀を正面に向けたままの格好で荒い呼吸を再開した。刀身にはまだ、紅蓮の炎が燻っている。俺は、正気でいる。


「や……やった」


「おめでとう」


 泡の弾ける音とともに復活した白皇に、俺は奇声を上げて飛びついた。


「わあっ!?」


「ありがとうハク! マジでできるなんて思わなかった! 煉素が見えた! 俺、煉素に命令できたぞ!」


 俺に押し倒された格好の白皇は、苦笑気味に微笑むと俺の体を押し戻した。


「まだまだ先は長いよ。まずは百発百中で発動できるようにならなきゃ。その後は他の、なるべく煉素消費量が多くて持続可能な煉術をいくつか開発して、バリエーションを増やす。その後は……」


「いいじゃねえか喜んだって! ようやくゼロが1になったんだから!」


 俺は立ち上がると、白皇に手を貸して起き上がらせ、改まって正面から白皇の目を見た。


「決めたぜ。煉術バンバン使いこなして、暴走も制御できるようになって、剣術ももっともっと磨いて、《荊》に入って、王にこの待遇を変えさせてやる」


「いい目標だね」


 弱肉強食の世界でも、力の強さが全てではないと知った。世界最強の男が、こんな辺境で俺のお守りをしなきゃいけない。城の中はあんなに綺麗なのに、スラムは酷いもんだ。


 力じゃどうにもできないことがたくさんある。それでも、今は強くならなくちゃ始まらない。


「……俺、この国をよくしたいって思うんだ。色んな人が支えてて、それでも上手くいってないところがまだたくさんある。だから、俺たちも、バケモノ同士だけどよ、だからこそできることもあると思うんだよ」


 白皇は、嬉しそうに目を細めた。


「そうだね。僕たちと、ルミエールの人たち、一緒に力を合わせて良い国が作れたら、本当に最高だね」


 俺たちの本音は、きっと違う。


 俺たちは、きっと、ただ仲間に入れてほしいだけだ。


「よし、じゃあもう一発いってみようか」


「おう!」


 人になりたいバケモノ二人の元気な声が、小麦畑の上を跳ねていった。




         第二章 新人大会編 完






―COMING SOON 第三章 茜色の戦争編―

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