第19話 再出発-1
「なんで皆、あの王に従うんだよ。ハク、お前なら武力で王を圧倒して新しい王様にでもなれるんじゃないか? 国民だってお前なら支持するだろ。正体明かす必要もなかった」
街明かりを抜け、真っ暗な闇の中を、白皇が持つ
父に山へ放り込まれていたときの癖で、街を出た段階から俺はなるべく松明の炎は見ないようにして、
すぐそこに国を覆う壁と、フィールドへ出るための北門が見える。卒業試験に出発した門だ、懐かしい。
「発想がいかにも頭の悪い中学生って感じだね」
「……悪かったな、その通りだよ」
「でも、気持ちも分かるよ。この国で王がどれだけ偉かろうが、地球という異世界から来た君にはピンとこない。知らない世界の知らないおじさんに偉そうにされて、頭下げなきゃいけないなんて理不尽だよね」
「そう!」
「だから王族は、地球人を毛嫌いするんだよね。王からすれば、突然現れた素性も知れない異世界人を保護し、支援までして生かしてやっている立場。なのに地球人はいまいち王への敬意に欠けるんだから。ほら、ロイドさんなんてあんな態度とってただろ」
あれは確かになめ腐っていた。そうか、そう言われてみると、あの場で王に真っ向から反抗していたのはカンナとロイドの二人だけ。この世界で生まれたナチュラルには、そもそも王に逆らうという発想がないのだ。
「集落で一番腕っぷしの強いやつがリーダーになるのは、原始時代の発想だよ。僕が仮に王を殺して新王になったとして、僕に政治は無理だ。実際、あの王はよくやっている。適量な税を適切な使い道で回し、新客の生活保障も手厚い。外交も手慣れてる。何よりこの国が数年で大きく発展したのは、僕を含め、重用する部下を選ぶ目が確かだからだ」
何も言い返せず、ぐぬぬと唸る俺に、白皇は教師のような顔になった。
「君はたぶん、これまで気に入らないことがあったら暴力で解決してきたんだろう。それで、だいたい上手くいってた。でも、時には自分より弱い相手に頭を下げなきゃ守れないものだってある」
ムカつく王だが、きちんと国民を守っていたのか。よく知りもせず、あんなやつに従わず殺せばいいのになんて発想になっていた自分が途端に恐ろしくなった。
「それでも、君みたいな発想になる人もゼロじゃないから、思想教育は徹底されているし、王族には門外不出の特別な煉術が受け継がれている。革命を起こそうものなら、大量の死人が出るよ」
「……そりゃ、みんな逆らわないわけだ」
随分歩いて、小麦畑を抜けた。住所はこの辺りのはずだったが、駐屯所というようなきちんとした構えの建物は見当たらない。あるとすれば、ポツンと、今にも風でぺちゃんこに潰れそうなボロ小屋がひとつだけだが――
「あそこみたいだね」
「……マジかよ」
腐りかけた木造の小屋。げんなりしながら朽ちた扉を開けると、途端にカビ臭い空気が中から漏れてきた。松明を持った白皇に先陣を切らせる。
「うわぁ、ひどいところだね」
「なんで楽しそうなんだよ」
中は吹き抜けの二階建てで、大きさだけなら二人でも広すぎるくらいあった。だが老朽具合は酷いの一言。何やら大量の酒瓶が散乱した床は歩くたびギシギシ悲鳴を上げて、天井は
「まずは大掃除だね」
「つっても、この暗さじゃな」
「
「そうだな……俺たち
なんだかどっと疲れが肩にのしかかってきた。ただでさえアカネの生活は不便がつきまとう。今後が思いやられて仕方がない。
特に夜だ。電気の通っていないこの国では、灯りは蝋燭や松明、
「庭に荒れた畑があったね。あそこで野菜や穀物を育てよう。上手くいけば自給自足できる」
「街まで往復一時間弱かかるからな。確かに、買い出しの回数は減らしたい。耕具はそのへんに転がってたから……種さえ手に入りゃいけるか」
煉素のおかげで、この世界の農業はかなり簡単になっている。痩せた土地でも、肥料なしでそれなりのものが育つ。きちんとした畑を耕すことができれば、かなりのハイペースで作物を収穫できるはずだ。家庭菜園はいいアイデアかもしれない。
飲み屋はともかく、夜はほとんどの店が閉まる。買い出しも買い物も夜が明けてからにしようということになった。お互い携帯食料の干し肉をかじって夕飯ということにした。
家の裏に生きた井戸があったのは、不幸中の幸いだった。水浴びをして歯を磨いて、床に転がっていた酒瓶だけはどうにか片付けて、その日はもう寝ることにした。
「俺は二階で寝る」
「下より
「自慢じゃないが、俺はどこでも寝れるんだよ」
立て掛けられた
暗闇のなか、埃まみれの床板に寝転ぶと、天窓に映る暗闇をぼーっと眺めた。途端に色々なことが実感を持って襲ってきた。柔らかいベッドがあって、明るい照明があって、ハルが温かい飯をつくってくれるあの家にはもう帰れない。
「明日……買い出しの前に、西区の外れによっていいかな。ちょっとでいいんだ。ハルに会いたい」
「うん。なるべく人目につかない道を通っていこう」
「助かる」
下から届いてきた返事に、俺は感謝して目を閉じた。今ごろ、アイツは俺の帰りを待っているのだろうか。
向こうの家にある俺の荷物は、王が手配したウォーカーたちが明日にでも持ってくるらしい。つまり、用もないのにあの家に帰るなという意味だ。
なぜ俺は、今すぐにでも白皇を説き伏せて、ハルに会いにいかないのだろう。俺はそうしたいはずだし、そういう行動に平気で出るようなやつだったはずだ。なのに、大人しく王の言いつけを守っている。明日会いに行くと、声に出して宣言することで、自分に言い訳しているような気がする。
家庭菜園なんてガラじゃないだろ。なんで乗り気になっている。こんなに不便で汚い場所に隔離されて、どうして俺は、文句のひとつも言わない。
なぁ。俺は、本当は、もうハルたちに会うことも、街に足を踏み入れることも、怖いんじゃないのか。
あいつらを傷つけるのが怖い。あいつらに、怖がられるかもしれない。表向きはどんなに優しく笑っていても、腹のなかでは、近づいてほしくないって思われてるかもしれない。
街に出るのが怖い。いやな目で見られるのが怖い。酒場にいくのも怖い。ウォーカーたちが、俺をどんな風に噂してるか考えると気が狂いそうになる。
目頭がつんとして、熱い液体がまなじりからこぼれる。歯を食い縛って声を押し殺した。
俺が、なにしたっていうんだよ。
「シオン。僕が君の正体を大衆の前に晒し、すんでのところで生かした結果、君は一番辛い立場になった。全て僕のせいだよ」
俺の泣く気配を感じ取られてしまったのか、罪悪感の滲んだ声が下から響いた。
違う。白皇が目覚めさせる前から、俺はとっくにバケモノだった。そうとも知らずに、明日からもハルと能天気に一緒に住んでいたかと思うと、そっちの方がよっぽど恐ろしい。
「……約束しろよ。ハク。俺が、誰かを傷つける前に、絶対、俺を殺せ。お前にしか頼めないんだ」
「もちろんだ」
白皇の言葉に安心したら、眠りの
眠りに落ちていきながら、このまま、白皇のことを好きになんてならないまま、生きていけたらいいと思った。
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