第12話 決勝戦-1


 決勝の前に、ハルと二人でユーシスとコトハの病室に寄った。


 マリアはあれからほどなくして目を覚まし、ハルと気まずそうにしながら「客席で見ている」と去っていった。ハルの告白にどんな返事をするのか、俺としても気になるところだが、あまり首を突っ込んではハルに怒られそうなので静かに成りゆきを見守ることにする。


 ユーシスは目を覚ましていた。傷の具合も悪くはなさそうだ。医療煉術の処置が間に合い、数日で退院できるということだった。


「……決勝の相手は誰になった」


「こいつだよ」


 親指で隣のハルを指すと、ユーシスは真顔で頷いた。


「そうか。当然だ、俺に勝った男がシンクレアに負けるなど許されん」


「君ともう一度やって勝てる気はしないけどね。あの炎の猟犬を出されてたら……ねぇ、なんであれ使わなかったの?」


「【火狗イグ】か。使わなかったのではない、使えなかっただけだ」


 ユーシスはシーツから両手を出し、ベッドに横たわったまま空中で指を動かした。左手の指で丸、右手の指で三角を、器用に同時に描いてみせる。


「【火狗】を操作しながら剣で貴様の相手をするのは、こんな風に右手と左手を別に動かし続けるようなものだ。あの戦いでそんな余裕はなかった、それだけだ」


「えらく素直だな。まだ弱ってんのか?」


 やけにしおらしいユーシスに茶々を入れるも、言い返してこない。いよいよ重症だ。


「……ユーシス、お前レザードと何があった」


「父上の、話をされた」


 俺とハル、二人して息をのんだ。


 ブラッド・レッドバーン。ユーシスの実父にして、卒業試験で俺を殺そうとした男。殺し損ねてからは全国指名手配となり、恐らくは他国へ亡命したとされている。


「父上の居場所を知りたくないか、と。無視すればいいものを、のこのこ路地にまでついっていった」


「そうしたら?」


「……安い挑発だ。俺がそれに乗って、返り討ちに遭った。一瞬だった。とんだ醜態を晒したものだな」


 ユーシスはそれ以上語りたがらなかった。俺たちはなにも聞かず、見舞いの果物をテーブルに置いて隣の病室へ向かった。


「あっ、シオンさん! ハルさん!」


 ベッドの前で椅子に腰かけていた金髪の少女が、俺たちの訪問に笑顔を咲かせ立ち上がった。どうやら先客がいたらしい。


「レン、来てたのか」


「はい、お二人の試合を応援にいけなくてすみません……」


「そんなこと気にすんな」


「それで、結果は」


 二人揃ってブイサインすると、レンは大袈裟に跳び跳ねて喜んだ。


 俺たちの騒ぎで目が覚めたか、コトハが体を起こした。もともと大きな怪我ではなく、顔色は良好。どうやら俺に似て自然回復力が高いらしい。


「調子はどうだ?」


「問題ありません。助けていただいて、ありがとうございました」


「俺も返り討ちに遭っちまったけどな。コトハの怪我が大したことなくてよかった」


「この世界には……強い人が山ほどいるのですね」


 そう言うコトハの表情は、絶望というより決意に引き締まっていた。俺は彼女がいっそ羨ましかった。俺がコトハぐらいの頃は、まだ現役ウォーカーたちのレベルを肌で感じたことなどなかったからだ。


「一刻も早く学園に入らなきゃ」


「気持ちはわかるが、まずは英語の勉強だろ。レンに教わってるらしいじゃんか」


 英語を理解していない状態で単身学園に入っても、履修登録すらまともにできずに詰むのは目に見えている。この世界にきて一ヶ月ほど経つが、聞くところによるとあまり上達はしていないようだ。


「そうだよコトハ、あなたただでさえ危なっかしいんだから!」


 レンが俺に同調すると、コトハは困ったように微笑んだ。


「ダメよ、さっき食べたばかりでしょう?」


「伝わってないことだけは分かる!」


 頭を抱えレンが絶叫する。全く噛み合わない異言語交流に、俺は感心して唸った。


「お前ら、よく互いの言葉が分からないのに仲良くしてるよな」


「まぁ、表情や手振りでなんとなくのことは……。犬や猫って言葉は通じないけど仲良くできるじゃないですか。そんな感じです」


「確かにコトハの生態は人より野生動物に近いな」


「それに、私は日本語、少しずつ覚えてきているんですよ。コトハはさっぱりですけど」


「すごいね。日本語ってルールが独特で難しいのに。助詞なんて理解するのに苦労したよ」


 ハルが素直に賞賛する。お勉強スキルチートのハルでも日本語の完全習得には一ヶ月かかった。俺には分からないが、どうやら日本語というのはかなり複雑な言語らしい。


「英語が分からないコトハに英語で授業しても、この子、可哀想なくらい不憫な顔になるので。まずは私が日本語を覚えなきゃと思って」


 なんと殊勝な心がけだろう。しかし、この調子でいくとコトハが学園に入れるのはまだ当分先の話になりそうだ。せっかく俺以上の剣才があるというのに。できることなら早く学ばせてやりたいが……


 唐突に、閃いた。


「よかったら、レンもコトハと一緒に学園に入らないか? 通訳みたいな感じでさ」


 レンは「えっ」と困惑した。


「私、戦うとか無理ですよ! 剣なんて怖くて持てません」


「卒業する必要はないよ。履修するのは座学だけでいい。この世界で生きていくために欠かせない知識を、俺はほとんど全て学園の授業で得た。きっと役に立つぜ。一年間は学費免除だから、その間だけでも。コトハも一年あれば少しは英語を身につけると思うし」


 コトハの目に恐れが消えたところで、ハルも助太刀してくれた。


「悪くないアイデアだと思う。僕も最初は卒業するつもりなんてなしに入学したし、学食も安いから食費が浮くよ」


「そうなんですか? それは確かに……この子の食べる量、尋常じゃないんです。カンナさんは食費まで出そうとしてくるので断るのも限界がきてて。少しでも安くて腹持ちするものを大量にと私が毎日献立を……」


 レンの遠い目に苦労が滲む。大変だなこの子も。


「……コトハ。私、あなたと一緒に学園に入ろうかな」


 俺が通訳してやると、コトハは犬のように目を輝かせ、レンの両手をがしっと握った。


「ありがとう、レン。あなたのことは私が守るわ」


「ふふ。今回は、なんて言ったかなんとなく分かったよ。よろしくね、コトハ」


 俺は満足して頷いた。コトハが力をつけるのも、レンが知識を身につけるのも、非常に喜ばしいことだ。


「学校かぁ。私、学校好きだったから、ちょっと嬉しいです」


「困ったことがあったら、なんでも言ってくれ」


「それなら」と、レンはやや葛藤あって、何か大きな勇気を絞り出したような顔で身を乗り出した。


「わ、私に、日本語を教えてください。もちろんシオンさんのお時間があるときに……週一、でっ、できれば二回、ぐらい。駄目ですか?」


 それは、断る理由が全く見つからないお願いだったが、ひとつだけ率直に思うことがあった。


「いいけど、教師なら俺より断然ハルの方が……」


「僕も教えられるほど上手じゃないよ。それに、僕に剣と日本語を教えたのはシオンだろ。君、自覚ないかもしれないけど、いいセンセイだよ。決して置いていかない、こちらに歩みを揃えてくれる感じ」


 珍しくハルに褒められたので、俺も悪い気はしなかった。それで、「わかった」と首を縦に振った。


「じゃあ週二回、土日の午前にでもするか。学園も休みだし。場所は、そうだなぁ」


「居候の身なので、この場でお約束できませんけど、カンナさんに、シオンさんを呼んでもいいか聞いてみます」


「マジで!?」


 思わず露骨に喜びすぎた。しかしこれは、なんと思わぬ幸運か。うまくいけば合法的にカンナの家に入れる!


「シオン、そろそろ会場に戻らなきゃ」


「おっ、そうだな。じゃあレン、また話そう。コトハも。医者から外出許可はとってるから、気が向いたらユーシス連れて、俺たちの決勝見にきてくれ」


「は、はい!」


「必ずいきます」


 二人に見送られて、俺とハルは病室をあとにした。そこから会場まで、俺とハルは、一言も会話を交わさなかった。

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