第10話 騎士VS戦姫-3

 先ほどの第一試合、マリアはちょうど同じデザインの大剣で大地を砕き、対戦相手を秒殺していた。それが今、ハルクの剣より少し短いくらいの、実に身の丈にあった片手剣を構えている。ハルクの記憶にある限り、マリアは大剣以外を使ったことがないはずだ。


 彼女が大剣を愛用するようになったのは学園時代、それもハルクが入学する以前からと聞く。対人訓練の段階から、大型モンスターの討伐を明確な目標に置いて、あえて対人では不利な大剣を使い続けてきたということらしい。


 今やマリアは大剣を片手で扱えるまでの傑物となったが、対人戦では軽い剣に遅れをとるのは間違いない。


「……嬉しいよ、マリア」


『始め!!』


 リーフィアの合図を聞くが早いか、ハルクとマリアの剣は闘技場の中心でかち合った。猛烈な火花が散る。その凄まじい剣圧に押され、ハルクの剣は吹き飛ばされかけた。


 体勢を崩したハルクに、マリアはすかさず地を蹴って接近。土の上を滑りながら、ハルクも体勢を立て直す。


「【剣流ツルギナガシ】!」


 胸を狙って飛んできたマリアの剣を、ハルクの秘術が流水のように受け流す――はずだった。許容を大幅に越える重い一撃にハルクの剣はぐらつき、弾き飛ばされる。


「ぐっ!?」


 たたらを踏んだハルクに怒涛の連撃が迫る。重い盾だけでは捌ききれず、右手の剣でも【剣流】で対応するが、ガードの上から衝撃が貫通し、ハルクの頭をガンガン揺らす。


 冗談じゃない。重機が丸太を振り回しているようだ。ユーシスの鋭い太刀筋でさえ完璧に受け流せた【剣流】でも、辛うじて弾きいなせる程度。想像を絶する速く重い攻撃。一度でもまともに食らえば死ぬ。


 ――ただし、ユーシスに比べれば、常に針の穴ほどの隙がある。


「【狼牙ローガ】ッ!」


 嵐のような乱打の間隙を縫って、盾の死角から音速の突き技を繰り出した。反応が遅れたマリアの肩口を鉄剣が掠める。


 まだだ。


 マリアが倒れこむように避けた先へ、左手の盾を薙ぐように突き込む。顔面に迫るシールドアタックに、マリアは舌打ち一つ飛ばして空いた片手を地面につけ、逆立ちの体勢となるや独楽こまのごとく旋回した。


 ベコッ、と鈍い音。左腕に痺れるような衝撃が走り、ハルクはたまらず顔をしかめた。シールドアタックを蹴りで相殺するとはふざけた膂力りょりょくだ。


『互角! 互角です!!』


 盾を蹴り飛ばされた反動で、ハルクの靴底は数メートルも砂地を滑った。時間にして僅か数秒、一歩も譲らぬ攻防に、群衆の歓声が爆発する。


 ――勝負になる。


 マリアの馬鹿力は驚異だが、剣術のレベルで言えばシオンやユーシスには及ばない。煉術がない分、戦いのなかで注意すべきポイントがシンプルだ。ユーシスよりは戦いやすい。


『マリアを典型的なパワータイプとするなら、目の良さを生かし相手の力を利用した立ち回りをするハルクのスタイルは、言うなればカウンタータイプ。相性いいんじゃねえか?』


『たぶんマリアちゃんは、その相性の悪さを自覚して大剣を封印したんだろうね。スタイルを曲げるのはリスクもあるけど、裏を返せばそれだけハルク君を警戒しているということかな』


『情報によりますと、マリア選手は学園時代ランク戦でぶっちぎりのトップだったとか! とにかくマッチング数が桁外れで、卒業に必要なポイントのほぼ全てをランク戦だけで稼いでしまったということです! まさに、戦うために生まれてきた女の子と言えるでしょうか?』


『んー……確かに学園時代から戦闘狂バーサーカーなんてイメージがついちゃいるが、実際あいつがあんまり楽しそうに戦ってるとこ見たことねぇんだよな』


 ロイドの声は、解説者というより教師だった。


『あいつは、なんのために戦ってんだ?』


 マリアは、迂闊うかつに近づいてはこなかった。ハルクのせんを取る剣術を、かなり警戒している。


「なんのために? 決まってるでしょ」


 血に濡れたような禍々しい剣を掲げ、マリアは青い目をすがめた。


「外のバケモノどもを、一匹残らずぶち殺すためよ」


 次の瞬間、マリアの取った行動に、ハルクはいち早く眉を寄せた。


 腰を捻り、円盤投げの選手がするように片手剣を水平に振りかぶったのだ。ハルクとの距離は約四メートル。その場で振っても届くはずがない。まさか剣を、投げようというのか?


 いくらマリアの馬鹿力で投擲とうてきされた剣とは言え、自分がその程度を対処できないとでも思っているのか。


 ハルクの動揺とは裏腹に、マリアはその場で溜めた力を解き放った。鞭のようにしなる右腕が地面と水平に伸びて振り抜かれ、片手剣は、ヴォンッ!――という恐ろしい風切り音を巻き起こし、四メートル先のハルクに"到達した"。トラックに撥ね飛ばされたような衝撃が、ハルクを右方向に赤子のように吹っ飛ばす。


「ぃッ!!!?」


 視界がめちくちゃにかき回され、鈍痛が頭に響く。何が起きたのか、ハルクの目は捉えていた。咄嗟に盾を構えていなければ首が吹っ飛んでいただろう。


 どうにか起き上がり、今、マリアが引きずっている禍々しい剣の長さを見て、改めて戦慄する。


「"煉器"……だったのか」


 マリアが振り抜き、先端がコンパスのように弧を描いて大地を抉っている片手剣は今――刀身が、五メートルを越える長さに"伸びていた"。刃に刻まれた茜色の帯のような紋様が、ドクドクと血のように脈打ち、明滅している。


「今さら気づいたの?」


 しゅるしゅると音を立て、伸びた刀身はゆっくりと縮みながら主の手に収まっていく。その過程で身幅はノコギリのように長くなり、峰は巨大な刃を支えるべく、分厚く頑強に。


 あっという間に、マリアの手にある剣は、彼女の代名詞である大剣へと形を変えた。「刀身を自在に変形する」煉器――それがマリアの剣。


「【如意剣にょいけん】《ヴァジュラ》。どんなバケモノが相手でも、これ一本で殺せるわ」


「……そりゃいいね」


 骨に異常はない。動ける。ハルクは体の砂を軽くはたき、右手に剣、左手に盾をしっかりと構え直した。


 マリアが強力な煉器を持っていることは誤算だった。しかし、一度限りの奇襲で仕留めきれなかったことが、マリアの落ち度。


 地球人が煉器を使用する場合、煉素を使い手が自力では集められないことから、一度効力を発動すると数分から数時間のチャージ期間が必要になる。シオンの【ピンボール】は五分で済む一方でハルクの【リフレクション】は丸一日かかるように、行使する煉術の強力さとチャージに要する長さは比例する。


 マリアの【如意剣】は、少なくとも【ピンボール】よりは明らかに強力な煉術。チャージ期間はどう安く見積もっても十分では足りないだろう。


 つまり、実質あれがマリアの使えた最初で最後の奥の手。単純な剣術勝負なら、今やハルクに分がある。


「今、あんたがなに考えてるか、当ててあげようか」


 マリアは、何を思ったか、その場の地面に深々と大剣を突き刺した。その威力だけで地面が揺れる。


 ――すうっ、と。マリアの足が、まるでそこだけ重力を忘れたように、宙に浮いた。


 目を疑う。


 無重力になったのではない。マリアの大剣が、伸びているのだ。再び剣の紋様は赤く明滅し、鮮烈な茜色に輝く。地面に刺した剣は垂直に、ぐんぐんと豆の木のように伸びながら、マリアを遥か天空へと運ぶ。


「煉器に内蔵された煉術は、地球人には連発できないはず。そうでしょ?」


 上空、十メートルほどにも到達しただろうか。マリアの声が、赤い空によく響いた。


「なんで……」


 有り得ない。煉器の煉術を無尽蔵に使えるのは、辺りから好きなだけ煉素を補給できるナチュラルだけだ。マリアは、地球人にして煉素を操れるのか?


「全力で殺すわ、ハル」


 剣が、掃除機のコードのように急速に巻き戻った。バチン、と音を立てて元のサイズになった大剣を上空で握りしめ、マリアがゆっくり自由落下してくる。


 振りかぶった大剣が、またも閃光を放つ。さながら、茜色の空に瞬く一等星のように。


「【雷鎚トールハンマー】」


 まだ八メートルも地上との距離があるうちに振り下ろされた大剣が、刹那、爆発的に膨れ上がった。


 もはや剣という定義を逸脱した茜色に輝くはがねの"塊"は、視界いっぱいに膨張し、真っ赤に煮えた空をたちまち覆い隠す。戦場全域に影を落とすほど巨大な鋼鉄の塊が、高速で伸びながら墜ちてくる。逃れようのない、神の裁きのように。


 呆然と立ち尽くすハルクを飲み込んで、《ヴァジュラ》は闘技場のフィールド全てにぴったり嵌まる形で、その全域をプレス機のように押し潰した。


 突き上げるような地震と、塔が崩落したかのような轟音に、客席は一瞬にして阿鼻叫喚と化した。


 

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