第10話 騎士VS戦姫-2

『皆様ぁ! 二時間ぶりに、こんにちはぁぁぁぁぁっ!!! いよいよ新人大会は準決勝へと駒を進めます! お腹も膨れて、観戦の準備は万全のことでしょう! 最後まで、我がギルドが誇る新鋭たちの活躍を、勇姿を、その結末を、その目に焼き付けてください!』


 リーフィアの喉は午後も絶好調。拡声煉術で闘技場全域に響き渡る。二試合目に出番を控えるハルクは、客席には上がらずトンネル状の入場口で壁にもたれていた。


 そこから見えるバトルフィールドには、既に一試合目に出場する二人が向かい合ってスタンバイしていた。白皇の術もかけてある。シオンはハルクの存在にもちろん気づいているはずだったが、墨で塗り潰したような黒い目は、一度もハルクと合わなかった。


「な、なんだ? えらく覇気がねぇな」


 対戦相手は、シオンの様子を見て怪訝な顔になった。三十路みそじ間近の中肉中背、没個性の顔立ち、よくある鎧装備、右手にはごく一般的な片手剣ハンドソード。次の瞬間には記憶から消えてしまいそうな男だ。


 ハルクは彼の名も知らないが、一回戦の内容を見る限り、順当にぶつかればシオンの圧勝であろう。だが、仮にシオンが戦意を喪失しているのであれば、その限りではない。


『さぁ! 間もなく第一試合の火蓋を、切って落とすときがやって来ます! 準決勝第一試合! シオン選手VSザッコ・スギール選手! 両者構えて!』


 対戦相手の名前を、ハルクはどこかで聞いたことがあるような気がした。ザッコは片手剣を誰が持っても最初はそう構えるだろうという風に構え、特徴のない顔をどこか感慨深そうに歪め、高くも低くもない声で呟いた。


「あぁ、苦節十年……ランク戦連敗記録を更新し続けた俺もとうとう学園を卒業し、ウォーカーになれた……。そんな俺が、まさか一回戦を突破して、同期ん中でも有名なあの刀使いと同じ舞台に立ってるなんて……やっぱ努力は裏切らねぇ」


 なにやら涙ぐんでいる。


『それでは第一試合……始めぇっ!!!』


「ここまでくりゃ、なんかの間違いで優勝して大逆転人生始めるっきゃねえ! うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 開戦の合図と同時にザッコは剣を振り上げて突進した。シオンは刀も抜かず、無防備に立ち尽くしたままだ。このまま斬られてやるとでも言わんばかりに、闘志の欠片もない。


 ザッコの剣がシオンの頭に到達する、その寸前までは。



「棗一刀流、居合――【朧月おぼろづき】」



 傍目には、ほんの半歩横に移動したシオンを、ザッコが素通りしただけに見えたことだろう。ひとつだけ違うのは、シオンの手に、先ほどまで抜いていなかったはずの刀が握られていること。


 空振りしたザッコがシオンの方を振り返るより早く、ザッコの体は斜めに真っ二つに両断され、血飛沫を上げる間もなく白皇の術を発動させた。


『け……決着!? わたくしには何が起きたのかまっっっったく分かりませんでしたが、勝敗は決した模様です! 勝者、シオン選手! どなたか解説をお願いします!』


『ただのクソ速ぇ居合斬りだろ?』


『直前までまったく殺気がなかった。すれ違いざまに斬る、本来は暗殺技じゃないかな』


 ロイドと白皇の解説と、どよめき混じりの歓声を背に、シオンは無感動にハルクの待つゲートへ歩いてくる。


 そのまま一言もなく去るかと思われたが、すれ違いざま、シオンは一言だけハルクに残した。


「……勝てよ」


 ハルクは無言で頷いた。シオンにとってみれば、決勝の相手がハルクであろうとマリアであろうと構わないだろう。それでも勝てと言われたことが、ハルクは嬉しかった。


『この調子だと、わたくし尺が足りるか心配です! まぁその時は白皇さんとロイドさんにエキシビジョンマッチでもしてもらうとして』


『いいですね』


『待て待て、御免だよこいつとなんて』


『実現すれば大変楽しみではありますが、まずは次の試合! これは面白いカードとなりました! 優勝候補を打ち破り準決勝に勝ち上がってきたハルク・アルフォード選手! 対するは、先ほどのシオン選手に負けず劣らずの秒殺で一回戦を制した、マリア・シンクレア選手! しかもこの二人、学園時代のクラスメートで、卒業試験も同時に受けた仲だということです!』


 ハルクが入場するなり、客席から耳を覆うばかりの歓声が沸き起こった。身に余る声援の大きさに、恐縮するようなぬるい気持ちは置いてきた。ただ、無心で戦場へ歩みを進めると、対角線上の入場口から、マリアもまたゆっくりと、こちらに向かって歩いてくる。


「おぉ、お嬢のお出ましだぁっ!」


「マリアさーん! そんな坊主ぶち殺せー!」


 客席の一角を占領しているレッドテイルの一団から、マリアに向かって品のない声援が飛ぶ。途端にハルクへの声援は水をかけたように鎮火した。レッドテイルの騒ぎ声だけが残された闘技場で、マリアはほんのわずか、忌々しげに唇を歪めた。


 レッドテイルに対する民衆の評価は最悪だ。表立って騒ぎを起こすことこそ少ないが、大きな態度で酒場や大衆浴場を占領したり、何かと因縁をつけて国民に絡んだりと、とにかく風紀を乱す存在である。


 彼らが大きな顔で町を歩けるのは、ギルドの権限で処分することができないからだ。ウォーカーの職務を組織的に独占し、旨味のあるクエストから消化していく暴挙は誉められた行為ではないものの、決して犯罪行為でもなく、仕事量に限って言えば勤勉とさえ言える。


 レッドテイルに所属した方が、ウマいクエストを受注できる。レアな素材を流してもらえる。ボスに気に入られれば幹部になって、働かなくても上納金だけで生活できる。そのような短絡的な思考は一部事実であり、レッドテイルはあっという間に勢力を拡大し、なおも白薔薇内部で膨張を続ける巨大な目の上のたんこぶだ。もはやギルドの力では制御ができなくなっている。


 なぜ、マリアまでその一味となってしまったのか、ハルクには分からない。彼女は彼らのような人種を最も嫌うはずだ。しかし、こんなことをいくら考えたって、マリアを救うことには繋がらない。


「思い出すわね。初めてここで戦ったときのこと」


 マリアは冷めた青い目をハルクに向け、それからこの闘技場を見渡してそう言った。学生時代、ハルクはランク戦の初陣でマリアと戦った。思えば、あのとき、戦いのなかで、初めてマリアと心を通わせたような気がする。


「……そうだね。あれから仲良くなったんだよ、僕たち。毎日一生懸命勉強して、訓練して、色々なことがあって……楽しかったよね」


「そうね」


 ハルクの心臓が、強く脈打った。マリアの目が、一瞬、確かにあの頃の柔らかさを帯びたからだ。マリアはあの日々を、忘れたわけではないのだ。忘れてしまっただけならば、どんなによかったか。


『両者、構えて!』


「約束、覚えてるよね。僕が勝ったら、君は僕たちを頼るんだ。何に悩んでるのか、何が君を苦しめてるのか、全部話せよ」


「いいわよ。あんたたちに頼って解決する問題なら、とっくにそうしてるけど」


 ハルクとマリアは、同時に抜剣した。マリアが肩から引き抜いた剣のサイズに、ハルクは思わず、目を見開いた。


 それは、刀身に深紅の紋様が走る灰色の片手剣だった。


 ――大剣じゃ、ない?

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