第9話 祭り囃子-2

 メインストリートに到着するなり、その光景に目を見張った。


 幅の広い道路の両脇を、到底数えきれないほどの屋台がぎゅうぎゅうにくっついて、遥か先まで列を作っている。歩道は大変な人混みで、客引きの声まで重なって凄まじい喧騒けんそうである。


「わぁ、すごい盛り上がってるね」


「こんなすげえのか……レン、はぐれないようにな」


 隣を歩く低い位置にある頭に問いかけると、レンは強ばった顔で頷いた。


「は、はい! しっかりついていきます! なんだかお祭りみたいで楽しいです」


 レンとは保護責任が解けてからも、ちょくちょくハルを交えて食事にいったりしていたが、はじめの頃と比べると随分表情が明るくなった。


 一緒に住まわせてくれているカンナやルームメイトのコトハのおかげで、レンも少しずつこの世界について前向きな気持ちになってきたと見える。


「レンもこっちにきて一ヶ月経つんだもんな。今日はなんでも奢るから好きなもん食え」


「そ、そんな、悪いですよ。ギルドから生活費はもらってますし、私の保護責任だってもう期限が切れてるんじゃ」


 俺を見上げるレンの顔が、突如香ばしい匂いに遮られた。「うおっ」と退けば、俺の顔に何やら不格好な巨大ソーセージの刺さった串を突きつけて、カンナが歯を見せて笑っていた。


「美味しそうだったから」


「いいのか!?」


 俺がケチャップのたっぷりかかったソーセージにかぶりついている間に、カンナはレンに笑いかけた。


「助けた新客にはずっと世話焼きたくなるものだよ。私もこうしてシオン君に餌付けするのが趣味みたいなところあるし」


「おい、人をペットみたいに言いやがっ」


「ステーキ串食べる?」


「食べる」


 もう片方の手に隠し持っていた牛串をちらつかされ、即答と共に受け取る。カンナは俺が肉にかぶりつくのを、何がそんなに楽しいのか、愉快そうに眺めていた。


「……まぁカンナの言うとおり、俺が好きでやってることだから気にするな。レンは痩せてるからもっと食わないとダメだ」


「じゃあ……お言葉に甘えます」


 よし、とカンナと二人で頷き、俺たちは屋台の波へ突入した。


 屋台の内容は、実にバリエーション豊かだった。モンスターの肉を使った串物に始まり、アカネ産のリンゴやオレンジを絞ったジュース、廉価な宝石を加工したアクセサリー屋。射的にくじ引き屋なんてものまである。どこの国にもこういう祭りがあるものなのだろうか。


 レンはその一つ一つに目を輝かせ、屋台に張りつかんばかりに近寄っては物珍しそうに眺めていた。遠慮の塊のような性格なので、無理やり色々と買ってやった。


「すごい……外にはあんなに恐ろしいモンスターがたくさんいるのに。この国はこんなに豊富なモノで溢れているんですね……」


 感動しているレンの言葉に、俺も同意だ。外の世界を知るからこそ、この国の豊かさには帰還するたび驚かされる。


「そうだな」


「シオンさんたちのお陰ですね」


 言葉の意味が理解できず、レンの顔を見ると、彼女はその緋色の目にいっぱいの尊敬の光をためて、俺を見上げていた。


「この国がこんなに豊かなのは、冒険者ウォーカーさんのお陰です。あのお肉も、あの果物も、あの宝石も、全部ウォーカーさんたちがモンスターを倒してくれるから、手に入るものでしょう? 遠く危険な場所にある資源だって、ウォーカーさんが遠征隊を組んで取ってきてくれます」


 俺は正直、そんな大層な理由でモンスターを殺しまくっているつもりは全くなかったので、見事に不意を打たれた。


 ただ、自分が生きるために殺しているのだと思っていた。誰かがやらなければならない仕事だから、向いている俺が率先してやっているのだと。コトハも言っていたが、戦いしか知らない俺にはこの生き方以外考えられない。


 腕を磨いて、武器を鍛えて、大義の元に生き物を殺す。その繰り返しの生活を、密かに楽しんでいるような俺が、こんな風に純粋な敬意を向けられるなんて考えもしなかった。


「俺は、ただ……好きでやってるだけだから。レンが思ってるような大した人間じゃないよ。いやもちろん、ハルとかみたいにさ、そういうことにやりがい感じてる優しいやつもいっぱいいると思うけど」


 ハルの名前が出たあたりから、レンの表情がわずかに不満げになった。


「シオンさんって、中二病なんですか?」


 逆隣を歩いていたカンナが、ぶふっとジュースを吹き出した。


「はぁ!?」


「ご自分のこと、戦いのなかでしか生きられない人間だとか、人として当たり前の感覚が欠落した異端児だとか、命のやり取りに高揚してしまう危ないヤツだとか、そんな風に思ってませんか?」


 げほっげほっとカンナが咳き込みながら抱腹絶倒する。俺はみるみる顔を熱くしながら、この場にハルがいなかったことをせめてもの救いに思った。


「なっ、なんだそりゃ!? 思ってねえよ!」


 思ってたー! 思ってたかもー!


「っていうか、なんでそんなのレンが分かるんだよ!」


「似たような人がルームメイトにいるからです!」


 あいつか!


 レンはずいっとにじり寄って、俺に怒ったような顔を近づけた。


「シオンさんは、自分で思っているより普通の男の人だし、ずっとずっと優しいです! あの日、私を助けてくれたじゃないですか!」


 なぜか俺が中二病の前提で話が進んでいくが、残念なことにレンの言ったことに何一つ反論できない。


「それなのに、シオンさんはすぐご自分とハルさんを比べます! あいつは優しい、立派だ、って。さっきだって」


「そう、だっけ」


「そうです!」


 言われて俺は、レンとの会話に限らず、いつの間にかハルと自分を比較するのが癖になっていることに気づいた。


 出会ったときから、俺とハルは正反対で、ハルは俺にないものを全部持っていた。ハルは俺のことを、何故だか憧れて、一生懸命追いかけてきたけれど。


 たぶん憧れていたのは俺の方だ。俺はハルが眩しかった。ハルと一緒にいると、強い光が濃い影を作るように、自分の醜い部分が浮いて見えて仕方なかった。


「……確かにレンの言うとおりかもしれない。悪かった」


 俺の言葉にレンはそれまでの興奮を徐々に落ち着かせ、ハッと両手で口を押さえた。みるみる顔をタコのように赤くして、絶叫する。


「す、すすすすすみません! 私なんて失礼なことを! 謝らせるつもりじゃなかったのに!」


 半泣きで俺に何度も頭を下げるレンの肩に、俺は苦笑しながら手を置いた。


「いいよ。こんなにズバッと刺してもらえたらいっそ気持ちいい。あんまり俺にキツく言ってくれる人っていないから」


「ほ、本当に、言いすぎました……つい気持ちが爆発して」


「レンちゃんは、大好きなシオン君が自分をきらってるのがずっとムカついてたんだよね」


「はい………………えっ」


 何やら必死に訂正しようとしているレンを無視して、うんうん、とカンナが頷く。


「でもレンちゃんの言うとおりだよ。シオン君の戦い方って明らかに自分を大事にしてないもん。ユーシス君かばって一度は右腕なくなったんでしょ?」


「なくなった!?」


 レンが仰天して俺の右腕を見つめる。


「君が優しいのはとっくに知ってるよ。誰かが困ってたら思わず助けちゃうような。私はむしろ、もう少し自分を大事にしてほしいけどね」


「お前がそれを言うのかよ」


 あしらって、不思議と肩が軽かった。誰と一緒にいてもどこか孤独だったような気分が、すうっと小さくなったと言えばいいだろうか。


 俺たちは屋台巡りを再開した。レンには悪いが、俺の目はずっと、気づけばカンナを追っていた。こうして、肩が触れるくらいの距離で歩いて、同じものを食べて、カンナが俺に笑いかけてくれるのは、率直に言って夢のような時間だった。


 相変わらずカンナは、俺をよく食べる弟ぐらいにしか思っていないようだが、こんな風に過ごせる時間がたまにあるなら十分幸せだ。この大会に優勝して、名声をあげて、カンナのパーティーに入って、いつか実力で、振り向かせてやるのだから。


 甘美な時間を切り裂く、悲鳴。


 背後で迸った女の金切り声に、俺とカンナはほぼ同時に反応した。


「レンを頼む!」


 先に行きかけたカンナを制止して追い越し、叫び声のした方角へ向かおうとするも、ごった返した人混みが先ほどの悲鳴で動揺し、離れようとする者たちと近寄ろうとする野次馬たちで大混乱。思うように進めない。


「どけ、ウォーカーだ!」


 一喝すると僅かに周囲に隙間ができた。その一瞬で真上に跳躍し、右足の【ピンボール】で空中を蹴って進路を左へ。出店の屋台骨を踏みつけ、一軒飛ばしで飛び移りながら悲鳴の出所へ急ぐ。


 狭い路地裏が出所だった。駆けつけた俺は、まだ新鮮な血の匂いを嗅いでゾッとした。薄暗い路地の中腹で、誰かが倒れている。


 血溜まりに倒れる男に、誰か、若い女がしがみついている。涙声で、その人物のものらしき名前を叫ぶ。



「ユーシスさん! ユーシスさん!!」

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