第9話 祭り囃子-1
『最後は圧倒的な幕切れとなってしまいましたが、以上で第一回戦が全て終了いたしました! 国民の皆さま方、お楽しみいただけたでしょうか。更に白熱が予想される準決勝、そして決勝戦は、お昼休憩を挟んで午後一時から開始とさせていただきます!』
リーフィアの元気なアナウンスに、客席を埋め尽くしていた人混みがわいわいざわめきながら波打つ。
結局退場口の半ばでたむろしたままの俺たち三人は、順に目を合わせた。
「どうする? 二時間近くも休憩があるぜ」
「とりあえずお昼ごはん食べようよ。ね、ユーシスも」
「庶民の食事が口に合えばいいがな」
言いながら、歩き出した俺たちの後ろをしっかりついてくる。本当にめんどくさいやつだな。
「おーい、シオンくーん、ハルくーん!」
外に出たところを、遠くから誰かに呼び止められた。振り返れば白いニットに身を包んだ私服姿のカンナが、レンとコトハを連れて小走りに駆け寄ってくる。
「二人ともお疲れ様! あっ、その後ろに隠れているのはユーシス君じゃないか?」
「……お疲れ様です、ヒイラギ隊長」
俺とハルの背に隠れてぼそりと挨拶したユーシスに、俺とハルはこぞって仰天した。あのユーシスが、敬語を使っている!
「ユーシス君もお疲れ様。惜しかったねぇ」
「しょ、精進します」
「なんだよユーシス、カンナと面識あったのか」
「カン……!? おい貴様、ちょっと来い!」
ユーシスは目を剥いて俺をヘッドロックすると、ハルの背後に隠すように引きずって凄まじい剣幕を俺に突きつけた。
「なんて無礼な口をきくんだ! あれが誰だか分かっているのか!?」
「誰って、カンナだろ」
「一度あの人の下で働いてみるといい、グレントロールなど可愛い猿に見えることだろう……」
「何があったんだ」
さっぱり分からない。そう言えば俺は、ウォーカーになってからも冒険者としてカンナが働く姿を一度も見たことがない。なんでも長期遠征任務が多いとかで、ほとんど壁の外にいるのだ。
「ユーシス君は、うちのパーティーメンバーなんだよ。つい最近加入したんだよね!」
な、なにぃ!? 俺が泡を食っている間にも、ユーシスは背筋をこれでもかと伸ばし、冷や汗をだらだら垂れ流して両手を振る。
「し、しかし私には、まだ少々早すぎたと言いますか……その、未熟に過ぎる若輩者ですので、やはりもっと経験を積んでから出直しを……」
「最初から上手くできないのは当たり前だよー! 新人からは必ず一人選抜されるんだから、大抜擢だよユーシス君。そんなに謙遜しないで、どんな任務でも歯を食い縛って食らいついてくれなきゃ」
天使の笑顔でカンナがユーシスの肩を優しく叩くと、ユーシスは銃口でも突きつけられたみたいに両肩を跳ね上げた。俺はその首根っこを掴んでハルの背後に引きずり込むと、鬼の剣幕でユーシスに詰め寄った。
「カンナと同じパーティーとか、お前いつの間に……俺なんてそれ目標でこの大会に出てるってのに!」
「はぁ!? 代われるものならいくらでも代わってやる!」
俺はユーシスを解放すると今度はカンナに詰め寄った。
「なぁ、その……俺は入っちゃダメなのかよ。カンナの、パーティーに」
カンナは真ん丸にした目を、笑顔と共に少しだけ細めた。
「シオン君も団長に推薦したんだけどね。ユーシス君の方が総合的には評価高かったみたい」
俺と、なぜかユーシスもがっくり同時に肩を落とした。
「ウチのパーティー、一応ギルドナンバーワンって位置づけなの。だから戦闘以外にも仕事多くて。新種調査とか研究とか、外交とか。シオン君はまだ戦い以外の冒険者スキルがひよっこだからね」
カンナはちょくちょく毒舌だ。口が悪いと言うより、歯に衣着せぬというか、事実をそっくりそのまま笑顔で吐いてくる。
「……そういうのは頭いいやつがやればいいだろ、コイツとか」
「君は子どもだなぁ。ハル君が、これからもずっと一緒にいてくれるとは限らないよ」
「う……」
「え、大丈夫だよシオン、ずっと一緒にいるよ」
「ハル君、そんなんだからシオン君がダメ人間になっちゃうんだよ」
「うぐぐ……」
ぐうの音も出ない。ところで、とカンナは俺たち三人を見回した。
「私たち
「出店?」
「シオンは知らないんだっけ。この新人大会の日は、城から南門までを貫くメインストリートにたくさん屋台が出るんだよ」
ハルの解説に、カンナが以前「町中がお祭り騒ぎになる」と言っていたことを思い出す。そういえば、去年の新人大会は歓迎祭より前だった関係で、俺はまだこの世界に来ていなかった。知らなくて当然だ。
カンナの誘いを断る理由などない。「決まりだね」と笑ってカンナは先頭を歩き出した。彼女の背後に身を隠していたレンと不意に目が合ったが、彼女は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「お、俺も行くのか」
「当たり前だろ」
怯えた小犬のようなユーシスに、それまでじっと黙って立っていたコトハが歩み寄った。
「騒がしいのは苦手ですか?」
「……?」
「あなたの剣術、何より炎の妖術について、色々伺いたいことがあったのですが。お疲れでしたらまたの機会でも」
「おい、この女は何を言っているんだ」
ハルが英語で耳打ちした。
「君とお話したいってさ」
「…………勝手にしろ、と伝えろ」
「喜んで、だって。僕は二人の通訳をするから、シオンはカンナさんたちと行きなよ」
「お、おう」
コトハは俺にも色々話を聞きたげだったが、ハルの好意に甘えて逃げるようにカンナたちを追った。
コトハに真実を話さなかった……いや、話せなかったのは、俺が臆病だったからだ。本当のことを伝えたところで、俺とコトハの関係は、決して昔のような仲良し兄妹には戻らない。生まれてずっと同じ時間を、修行で死にかけるほど辛い時を、支え合って共有してきたからこその絆だった。血の繋がりという事実のみで、それが再び結ばれるはずがない。
『……
『兄さま、兄さま、見てください! 私【火走】を習得しました!』
『兄さま、大丈夫ですか? また父上に殺されかけたと聞きました』
兄さま、兄さま、コトハの顔を見るたび記憶が疼く。俺にだけ向けてくれていた笑顔と、今この世界で俺に向けている顔のギャップが、胸の奥底をきゅうっと締め付ける。
戻れないなら、いっそ赤の他人のままでいい。ハルもその気持ちを汲んでくれている。
「あれ、シオン君どうしたの?」
涙なんて流してもいないのに、カンナは追いついてきた俺の顔を一目みて心配そうな表情になった。俺は適当に誤魔化して、ストリートについたら何を食べようかと考えた。
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