第5話 世界最強の男-3
無理難題だが、煉術も万能ではないはずだ。ユーシスも炎を連発した後は消耗していたし、無尽蔵に行使できる力じゃないことは確かである。
幸いバルサの攻撃は素手による体術のみ。あの硬さで殴られたら確かにけっこうな威力だが、あんな大振りの攻撃なんて二度と当たってやらない。時間をかけて、攻略法を見つけてやればいい。
その目論みは、次の瞬間打ち砕かれた。
「よっ」
その場で片膝をついたバルサが、右手のひらを闘技場の砂地にぴったり叩きつけたかと思うと、そこから茜色の熱線が弾けた。マグマのように煮え、電流のように
まるで何かを引っこ抜くようにその手を引き上げると、凝縮された逆巻く砂嵐がみるみるシャープな形状に洗練されていく。バチバチ空気の弾ける音を立てながら、間もなくそれは完成した。
漆黒の、槍。
いくつもの黒曜石をデタラメに張り合わせたような歪な形状で、無数の亀裂が茜色に光り、脈打っている。その材質、外見は、バルサの体を覆っていた鎧とぴったり重なる。
「【
武器は持たない主義って、そういうことかよ。
身の丈を越える黒い大槍をブンブン振り回し背後に構えると、バルサは腰を落として白く輝く犬歯を見せた。その全身に茜色の光がまとわりつく。【
「いくぜ、刀使い!」
豪快に飛びかかってきたバルサの大槍が、遠心力を得て恐ろしい威力で
「ぐっ……!」
結局頭の上で刀を寝かせ、受け止める羽目に。想像を遥かに越える衝撃が両腕にのし掛かり、たまらず顔が歪む。
重い、なにより硬い! 普通の刀ならポッキリ折れていたところだ。
「丈夫だな、その刀! 俺の最強鎧は斬れなかったけど!」
叩きつけた槍を回し、空中で振りかぶり直したバルサの第二撃は横っ飛びにかわす。
リーチが長すぎて回避に余裕ができない。こちらから仕掛けるか、初撃を流して合わせるか、もしくは後の先をとらなければ確実に後手に回る。
棗流を使わずにとなると、とれる選択は先手必勝しかない。横っ飛びから素早く立ち上がると、俺は先ほど叩きつけられた闘技場の壁に向かって走り出した。
「おっ、逃がすか!」
大振りの攻撃や言動から推測できる通り、バルサの思考回路は単純。真っ直ぐ俺を追いかけてくる。
棗流は使えなくとも、俺にはコトハの知らないこの世界での一年間がある。
目の前に迫った壁に向かって跳躍すると、俺はそれを蹴って高く舞い上がった。背に迫っていた槍の突きをかわし、バルサの頭上を取る。
「うおっ!?」
虚をつかれたバルサの真上でくるりと体を回し、頭と足の位置を逆にすると、残された左足の【ピンボール】で天空を蹴っ飛ばす。
新・棗一刀流――
「【
寸前のところでバルサの全身がまたしても頑強な黒い金属塊に覆われた。腕がしびれるのに構わず強引に斬り抜くと、バルサは苦悶の声を漏らして片膝を折った。
「ごっ……!?」
「くそっ、これでも斬れねえか!」
バルサの背後に着地した俺は、刀の無事を心配して刃を点検した。美しい黒色の直刃は滑らかで、刃こぼれひとつしていない。
『新・棗流』は、従来の棗流の理論に、この世界ならではの身体能力と武器の頑丈さ・煉器の能力などを掛け合わせて俺が編み出した、アカネ発の全く新しい剣術だ。まだこの【鳴神】しか完成していないが、これならコトハに気づかれず、バルサの装甲を打ち破れると思ったのに。
「あっっっぶねえ、危機いっぱつ! 一瞬意識とんだ!」
脳天をおさえて涙目になっているバルサは、信じがたいという顔で俺の刀を睨んだ。
「それで折れねえなんて、どんな刀だよ!」
俺の刀、【
普通、剣を鍛えるには「不純物がないほど良い」というのが地球の常識だが、この世界でそれは通用しない。
未知の物質、煉素の恩恵をたっぷり溜め込んで育ったモンスターの牙や爪などの《素材》で造る武器や防具は、天井知らずに頑丈なのだ。
完成品の剣や鎧も、素材と共に加工屋で鍛え直すことでより強力なものになるし、壊れてしまった武具も優秀な素材を使って打ち直せば輝きを取り戻す場合がある。これを武器や防具の《強化》という。
《強化》の奥は深く、ただ素材を考えなしにつぎ込めばいいという簡単なものじゃない。《強化》するたびに武具の重さは加速度的に増していくし、素材同士の相性次第ではかえって
複数の素材を重ねるほどそのリスクは高まるため、《強化》には暗黙の回数制限がある。多くとも五回まで、それ以上は自己責任だ。
【黒鉄】は「《強化》の最大値」をコンセプトに、あえて黒鋼一つだけを素材に鍛えぬかれた逸品。グレントロールの牙から始まった三度の強化を経て、この刀は当初の倍を越える重さとなり、同時に無類の強度を誇る。
それでも、斬れなかった。認めざるをえない。バルサの生み出すあの黒い金属は、【黒鉄】より更に硬い。リーフィアの言うように、まさか本当に、この世界のどんな物質よりも硬いのかもしれない。
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