第5話 世界最強の男-2
白昼夢を見たような気分が抜けない。白皇は自らをナチュラルではないと言ったが、これほどの異能を見せられて、この男が同じ地球人だなんて信じられるはずがなかった。そもそも、人であることさえ。
「デモンストレーションは以上だ。ナツメ君にはちゃんと術をかけ直したから安心して。二人とも武運を」
へたりこむ俺を尻目にさっと背を向けたかと思うと、
『ひやあぁっ!!?』
甲高い悲鳴に顔を上向ければ、
『僕もここから観戦するよ。こっちの方が楽しそうだからね』
『こ、こここれは光栄でございます……!』
『おぉハク、お前も来たのか! いい眺めだろ? まぁ俺は見えねえんだけどな! ガッハッハ、
リーフィアの反対隣、解説席にどっかり腰かけていた総髪の大男が、白皇の出現にも平常運転で豪快な声を張り上げる。
誰かと思えばロイド教官であった。あの人が解説なんて、いったいどれだけ人手が足りないとそんなことになるのか。
『お久しぶりですロイドさん。確かに絶景ですね。高いところは好きなので』
『あぁそういやお前、いっつも城のてっぺん登って
『世界を見渡すのが好きなんですよ』
『ふーん、怖』
国の英雄に対してあるまじきロイドの態度に、観客たちが軽く引く。
『と、とにかく皆様! 白皇サマの奇跡はご覧いただきましたでしょうか!? この通り、今回は死ぬまで戦っても死にません! 選手たちには心置きなく殺し合っていただきましょう!』
なんだか物騒な話になってきた。
『さあああああいよいよ第一試合! シオン選手、バーサス、バルサ・バークレー選手! 解説は電撃引退から二年が経った伝説のウォーカー、現在は学園で教鞭をとられております、《心眼》のロイドこと、ロイド・バーミリオンさん! そして飛び入りで白皇サマ!!』
『よろしくぅ』
『よろしくね』
『実況は私、《白薔薇》受付嬢リーフィア・ローリエでお送りいたします!』
人の首が一度飛んだことなどもう忘れたみたいに、リーフィアの一声で闘技場を包む空気はたちまちエキサイトした。大歓声の中で、俺とバルサは難しい顔を突き合わせた。
「守護石のない決闘なんて初めてだぜ……ホントに死なねえんだろうな」
「俺の首が飛ぶとこ見たろ」
「なんともねえのかよ?」
「全く」
俺が首を回して見せると、バルサは「世の中広ぇなぁ」と感嘆したような声を漏らし、拳を打ち鳴らした。
「なら、もっかい殺しても大丈夫だな。安心したぜ」
勝ち気に上がった口角に、俺の眉根もつられてつり上がる。
「殺される心配はしないのかよ」
「え? あぁ、わりぃわりぃ」
バルサは悪気なさそうに頭をかいた。
「でも、オレがかすり傷のひとつでも負うことはないと思うぜ」
挑発ではない。ただあっけらかんと事実を述べたという口ぶりだった。それが逆に、俺の神経を大いに逆撫でした。
「でかく出たな。そんな裸同然の格好なのも自信の現れか? つーか武器ぐらい出せよ。もう始まるぞ」
「いや、オレは武器とか持たない主義なんだ!」
「……知らねえぞ」
ぴりり、と剣呑な空気が火花を散らす。俺たちは五メートルほどの距離を空けて向かい合った。抜刀し、力を抜いて下段に構える俺と対峙するバルサは、裸に軍服を羽織っただけの上半身を反らして自信満々に胸を張っている。
武器の類いはやはり見あたらない。軍服の袖やボンタンの裾に暗器を忍ばせている感じもしない。まさか、本気で素手で俺とやり合うつもりか。
たとえ達人でも、刀を持った素人に素手で勝つのは難しい。まして俺は腐っても剣術家。バルサがどれ程の実力者でも、これでは勝負にすらならない。
『第一試合……始めえええええええ!』
リーフィアの絶叫が火蓋を切った。一応、何か仕掛けてくるかと様子見した俺だったが、バルサは一歩も動かない。あくまで先攻は俺に譲るつもりらしい。
興醒めだ。俺は嘆息して地を蹴った。それほど力を込めなくとも、一発の脚力で俺の体は閃くような速度を出して、一息に間合いを食い尽くす。
「速ッ……!?」
三白眼をギョッと見開くバルサは、あまりに
――そんな呑気な思考は、バルサの首を綺麗に吹っ飛ばすはずだった刀が、硬質のなにかに阻まれたことで吹き飛ばされた。
「っ……!?」
今度目を剥いたのは俺の方だった。俺の刀が、バルサの首筋に触れたところでピタリと止まっている。
それだけではない。バルサの体からは
あれほど露出していた筋骨粒々の肉体も、顔も、そして俺の刀をついに受けきった首筋の皮膚も。全てが――漆黒に染まっているのだ。
まるで、悪魔の姿だ。黒い無数の金属塊が、無造作に組み上げられた鎧のようにバルサの裸体を覆っている。その隙間からは煮えた炉のような茜色の光が明滅し、脈打っている。今や色彩が健在なのは目とオレンジ色の髪の毛だけだ。
「【
技名らしき、この上なく頭の悪そうなワードを得意気に叫び、バルサは拳を振り上げる。俺は突進の勢い余って、両足が地を離れていた。
「かーらーの――」
まずい。咄嗟に俺は、煉器の靴に溜め込んでいた煉素を解き放った。
「――【
比喩でない
脳がくわんと揺れて、俺の体は
『クリーィィィィィィンヒットォォォォッ!!! シオン選手死んだか!?』
『いや、インパクトの直前に靴の【ピンボール】で空中蹴って、自分から吹っ飛んだな。ダメージはそんなにねえだろ』
解説の言う通り、パンチの威力自体は殺せた。お陰で右足の【ピンボール】を無駄打ちしてしまったが。再装填まで五分は使えない。
そんなことよりあの黒い肌だ。滲んできた血の味を吐いて、よろりと起き上がる。
「うほー、さすが、受け身うめえや」
素直な笑顔で拍手しているバルサは、今は元の浅黒い肌に戻っている。あれがひとたび黒くなると、俺の刀を弾いてしまうほどの装甲に変貌してしまうらしい。
あぁ、そうだった。この世界では、剣や槍だけが武器ではないのだ。
「……煉術か。すっかり頭になかったぜ」
「だから言ったろ、オレの体にはかすり傷ひとつつけられないって。どんな武器でも貫けない、最強の鎧だからよ!」
白い歯を見せて勝ち誇るバルサに、リーフィアの美声が歌うように割って入った。
『ご説明しましょう! バルサ選手が得意とするのは世にも希少な【
リーフィアの解説を、観客たちは拍手や口笛で盛り立てた。この新人大会は俺たちルーキーのPRの場でもある。さすがは敏腕受付嬢、仕事に抜かりがない。
しかし、どんな物質よりも硬い、か……。それはまずいな。
棗流には【
俺はこの大会を、棗流の技どころか、基本的な構えや足運びなど、その片鱗さえ見せず勝ち抜かなければならない。今も俺は刀をあえて少し長めに持ち、重心を高くして素人臭さを演出している。
コトハにとって、棗流は自分と父親だけのものだ。兄の記憶を持たない彼女が俺の棗流を見たらどうなるのか、想像するだけで怖い。だからハルにも無理を言って、棗の技はなるべく温存してほしいと頼んでいる。
「棗流なしで、アレを斬らないといけないのか……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます