第4話 ウォーカー新人大会-3

 腰まで伸びた白銀の髪。色素の薄い瞳。雪のような肌。全てが浮世離れしたその美しさに、俺は小さく「けっ」と悪態をついた。


 白皇は片手を上げ、微笑みを浮かべて俺たちを一人ひとり、順に見下ろしていく。隣のハルは目が合うなり全身凍ったように恐縮して、感激のため息を吐き出した。


 彼の視線がハルから俺に移った瞬間、一瞬だけ、慈愛深い神のような白皇の目に、強烈な敵意が帯びた。ドキリと硬直する間に、もう白皇は次に視線を移していた。


 親の仇でも睨むような、それでいて、醜い魔物でもさげすむような、涼やかな目。カンナの紹介で初めて会った時にも、一瞬同じ目を向けられた。


 睨まれただけで総毛立つほどの――殺気。


 この通り、どうやら俺は白薔薇の英雄によほど嫌われているらしいのだが、理由はさっぱり分からない。俺が奴のことを嫌いだからだろうか。


「国民の皆様、おはようございます。今日は我が団の新鋭たちが、白薔薇の“格”をご覧にいれます。日々、国と民のため身を粉にしている彼らの顔を、是非一人でも覚えて帰っていただきたい。――ルミエールに黎明れいめいを」


 拡声マイクなど使っていないのに、白皇の声は良く響く。聖人のような微笑で手を上げた彼に、まるで大義を掲げた戦争にでも勝ったような大喝采が巻き起こる。


『白皇サマ、ありがとうございました! 白皇さんには特等席で観戦していただきます。なんと優勝者には、白皇さんがなんでも望むモノをプレゼントしてくれるとのこと! あぁ……白皇サマにお願いしたいことなんて、わたくしここでは言えないことしか思い浮かびません!』


 じゅるり、とよだれを拭うリーフィア。小柄で童顔、エンジェルボイス。要素だけなら小動物系少女だが、残念なことに中身はオッサンそのものなのだ。


『さぁぁっ!! それでは早速、メインイベントに参りましょう! ウォーカー新人剣闘大会の本戦は、《トーナメントバトル》! 八名の通過者による、武具、煉器、煉術、なんでもアリアリのガチンコ勝負です! 組み合わせは既に、無作為抽選で決定しております! 第一試合――』


 組み合わせは俺たちも聞かされていない。リーフィアの口から誰の名前が飛び出すか、水を打ったような静寂に緊張が走る。


『――シオン選手! VS! バルサ・バークレー選手!』


 おお、と群衆がどよめく。数多の視線が一斉に俺と、俺の対戦相手に集中する。「いきなりか」と息を吐く俺の背中を、ハルが強ばった顔で叩いた。


『さぁ、名前を呼ばれたお二方以外は、二階の観客席までお下がりください!』


「し、しししシオン、リラックちゅっ!」


「お前がな」


 選手たちが引き上げていき、ハルも後ろ髪引かれるような顔で退場すると、二人きりとなった闘技場で、対戦相手の男がおもむろにずんずん歩み寄ってきた。


「よぉ、よろしくな!」


 褐色肌の少年が片手を差し出して笑うと、真っ白な歯が爽やかに光った。初対面だがやけに馴れ馴れしい。


 背は俺やハルより高いが、顔立ち、言動、それから妙にキラキラ輝くターコイズブルーの瞳、全てが随分幼く見える。同年代だろうか。


 目を引くのは、剣山のように尖った鮮やかなオレンジ色の髪。この世界で生を受けた、原住民ナチュラル特有の髪色だ。


 一括りにナチュラルを赤髪と言っても、ユーシスは深紅、マーズは緋色と、よく見ると俺たち地球人同様、その色味に若干の個人差はある。彼は黒いバンダナでひたいを覆い、その鮮烈な橙色だいだいいろの髪をかきあげていた。


 ウォーカーにしては随分軽装……というか、奇抜だ。鎧の類いは全くなく、上裸の上からオレンジ色の軍服を着用、豪快に腕まくりしている。隆々の腹筋は剥き出しであり、軍服がまたやけに長い。まるで応援団が着るような長ランだ。


 こんな目立つ奴が同期にいたら、俺でも顔ぐらい知っていそうなものだが……。


「よろしく……見かけない顔だな」


「あぁ、オレはガッコー出てないからな。でもあんたのことはよく知ってるぜ! 新種討伐はでっけー話題になったもんな」


「大したことないよ」と謙遜しながら、クラスのリーダーになるのは、こういうタイプの男だよなぁなどと考えていた。爽やかで人懐っこく、気がつけば懐の深くまで接近を許している感覚。


『舞台には両選手のみが残り、試合前に健闘を讃え合っております! 普段は仲間同士でも、今日は互いに真剣勝負を約束! ……とは言え、我がギルドの貴重な戦力に万が一怪我や死亡事故が起きては大変です! 昨年までは互いに《守護石》を装備しての決闘形式でございましたが――今年は白皇サマがいらっしゃいます! な、なんとなんとなんと!! 白皇サマがこの大会のために、《奇跡》を使ってくださるそうです!!!』


 地鳴りのような歓声の中で、俺とバルサは同時に眉根を寄せた。


「……《奇跡》?」

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