第3話 レッドテイルファミリー-2

『いいか? ハル』


 ハルクの脳裏に、友の言葉がよみがえる。


『これまで色々と剣術を教えてきたけど、実戦で必ず手元に剣があるとは限らない。特にお前は、極力武器を持ち歩かないだろうしな』


 学園の訓練場でそう切り出したシオンの顔が鮮明に思い出される。今がまさに、その状況だ。丸腰のハルクに対して、剣と鎧で武装した相手が二人、じりじりと距離を詰めてくる。


『もし、丸腰のときに武器を持った人間に襲われたら』


『襲われたら?』


『逃げろ』


 ずっこけた。


『どんな達人でも、刃物を持った素人に素手で勝つのは難しい。ただ、もしそれでも、逃げるわけにいかない局面に追い込まれたときは……』


 回想をぶったぎるようにして曲刀が落ちてきた。中断。ハルクの目はその軌道を瞬時に見抜き、紙一重で刃をかわす。


 チッ、と舌打ちが飛んで、男は次々と追撃を繰り出す。雑な剣術だが、腐っても現役ウォーカーだ。太刀筋は鋭い。一つ一つの軌道を先読みし、辛うじて回避を続ける。


 猛攻の間隙かんげきを突いて、もう一人の曲刀使いも隙あらば攻撃を挟んでくる。狙うなら、早い方がいい。


 男が振り上げた曲刀に向かって、ハルクは自ら右手のひらを差し出した。


「あぁ!?」


 シオンは、殺人剣しか教えられない自分に歯がゆさを感じていたらしい。この技を教えてくれたときは、どこか満足げだった。


ナツメ無刀流ムトウリュウ――【柳凪ヤナギ】」


 ハルクの手が高速でブレた直後、男の振り下ろした剣は、男自身のももに突き刺さっていた。鮮血が薄暗い室内に飛び散る。


「いギ……ッ!?」


 男は痛みに片膝を折り、信じられないという目でハルクを見上げた。【柳凪やなぎ】は素手で剣の軌道を変える、柔術の極地。布を巻いた木剣で練習したが、いったい何百回突き指したかわからない。


「大袈裟だな、そんなに深く刺してないって」


 残るは一人、と後ろを向きかけたとき、最初に背負い投げを食らわせて伸びていた足元の男が、意識を持ち直し、ハルクの両足にしがみついた。


「なっ!?」


「でかした! 死ねスカシ野郎!」


 しまった。ここまでプライドがないとは予想していなかった。すぐさま身をよじるも完全に拘束をほどくことはできず、狂気的に口角を上げて躍りかかった三人目の剣が、躊躇いなくハルクの頭に振り下ろされる。


 【柳凪】は繊細な技だ。ハルクの実力では、まだ咄嗟に成功させるのは難しい。せめて致命傷を避けるべく腕で頭を隠したハルクに、凶刃が降りかかるその寸前。飛来した黒い殺気の塊が、横合いから男を蹴り飛ばした。


「ギャブッ!!!?」


 信じられない威力で吹き飛んで、男は倉庫の壁に轟音を上げて激突した。飲んだくれたちがピタリと騒ぎをやめるほどの激震が、酒場を、城を揺らす。


「そこまでだ」


 いつもはぽけーっとした丸い目に、剣呑な眼光を宿した軍服姿の少年。足に剣の刺さった男が、上擦った声で「か、刀使い」と悲鳴を上げた。


「ご、ごめん、シオン。助かった」


「あとで説教だ、バカ弟子が」


 本気で怒っている様子のシオンに、今回ばかりは返す言葉もない。縮こまるハルクを追い越しざま、その腹に軽くパンチをして、シオンは残る二人の男の前に仁王立ちした。


「その腕章……お前ら《レッドテイル》の一味だよな?」


 男たちの腕に巻かれた、赤い、蜥蜴トカゲのシルエットがあしらわれたバンダナを目で示して、シオンは詰問する。


 ギルド《白薔薇》には500名に迫るウォーカーが在籍しているが、国民や政府からの依頼クエストを効率よく達成するため、また殉職者を削減するために、国は複数人で依頼の消化にあたる《パーティー制度》を推奨している。


 頭数が増えれば、生存率やクエスト達成率は飛躍的に増す。そのぶん報奨は貢献度に応じて折半となるが、戦闘スタイルや能力の観点から相性のいいパートナーを事務員がマッチングするサービスもあり、今やソロでクエストに挑むウォーカーは珍しい。


 そんなわけで、ウォーカーの多くは基本的に、数人ずつのグループ、《パーティー》をつくって仕事をしている。報酬のわけ前が安定するので、ウォーカー階級の近いもの同士で組むことが多い。


 ハルクもシオンと二人組のパーティーを組んでいるが、シオンは平気で休日返上のソロ活動に繰り出すので、階級の差は開くばかりである。


 ウォーカー同士の横の繋がりが強固になるのは喜ばしいことなのだが、一つ、パーティーが過度に膨れ上がり、《白薔薇》の目の上のたんこぶとなってしまっている大集団がある。


 《レッドテイル》と名乗る一団である。総勢70人を超える彼らは、自分達のことをパーティーではなく《ファミリー》と呼び、その圧倒的な数の力にものを言わせ、内容が簡単な割に報酬の高いクエストや、負担の少ない狩り場を独占してしまう。


 幹部クラスは下っ端からの上納金だけで生活しているとか、クエストの達成報告を誤魔化しているとか、新客に乱暴を働いているとか、ウォーカーたちの間でもあまりいい噂はきかない。


「そ、そうだぞ!? 俺たちに手を出したら、お前らレザードさんに殺されるぜ!?」


 足に剣の刺さった男が喚く。シオンは古テントの上で着衣を整える、半泣きの女性をちらとだけ見ると、それでことの次第は理解したという顔になった。


「二度とそういうことできねえように、股にぶら下げてるもん斬ってやるよ」


 腰の刀を半分抜いてみせたシオンに、男の顔からサッと血の気が引く。そのとき、背後から、冷たい少女の声が響いた。


「武器を抜くのは規律違反よ、シオン」


 振り替えると、ハルクの蹴破った扉の前に、逆光を背に小さなシルエットが立っていた。栗色の柔らかい髪が包む、人形のような美貌。温度のない、切れ長の目がシオンを見ている。


 彼女の名を、シオンよりもハルクよりも早く、レッドテイルの男たちが呼んだ。


「ま、マリアさん……!」


 ハルクはそれで気づいた。彼女の細っこい腕に、赤いトカゲのバンダナが巻かれていることに。

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