第3話 レッドテイルファミリー-3

「マリア……なんで君が、その腕章を……」


 目を疑ったハルクの言葉に、マリアは冷たい一瞥いちべつだけ寄越し、つかつかと倉庫の中に入ってくる。気圧され、道を譲ったハルクを追い越して、マリアは足に剣の刺さった男の前まで歩いてきた。跪いた格好の男はまだマリアより目線の高い位置にあるが、マリアはこれ以上ないほど見下した目で、吐き捨てるように言った。


「新客への乱暴、同業者相手に乱闘騒ぎ、挙げ句返り討ち。どこまで無様なの?」


「で、でもっ、保護した新客は好きにしていいってレザードさんが……」


 子鹿のような脚が目にも留まらぬ速さで閃いたかと思うと、次の瞬間、木製の床が凄まじい悲鳴を上げた。


 ニーソックスに包まれた細い脚が、大男の頭を踏みつけて床にめり込ませていた。ハルクの目でも捉えるのがやっとの速度の、かかと落としだ。


「あ、アガ……!?」


「口ごたえしてんじゃないわよ、クズ」


 ハルクは知己の変貌ぶりに、言葉を失った。確かにマリアは昔から傍若無人で、お世辞にもおしとやかな子ではなかったが……ハルクの知る彼女は、性根の優しい、ときどき素直になるとすごく可愛い、そういう女の子だったはずだ。


 こんな、氷のような目をするなんて、まるで仲良くなる前に戻ってしまったみたいだった。


「噂は本当だったみたいだな。レッドテイルのナンバー2、マリア・シンクレアさん」


 挑発的に、どこか侮蔑的に、シオンがそう声をかけた。


「シオン、知ってたの!?」


「あくまで噂だよ。受付の子たちが話してたんだ。レッドテイルの一団がクエストを大量に独占して、何週間もフィールドにこもりっぱなしだってな。マリアの名前がそこに出てきた」


 マリアは男の顔を踏みつけたまま、不愉快げにシオンの方へ顔を向けた。滑らかな肌は、以前より更に血の気が失せて青白く、美しくも、どこか鬼気迫るものがあった。


「部下のしつけもしないなんて、さすが家族ファミリーだな。大層な絆だ」


 不機嫌なのはシオンも同じのようだった。彼は自分が受けた優しさをよく覚えているからか、新客に対する思い入れが人一倍強い。この男たちのような人間は、彼が一番嫌悪する存在だ。


「……久しぶりね、二人とも。うちのバカが失礼をしたわ。ごめんなさい」


「ちょ、マリア……本当なの……? どうしてそんなやつらのところにいるんだよ……!?」


 マリアはハルクの方に凍った視線を寄越すと、ほんの、ほんの一瞬、その瞳を哀しげに溶かして、小さく吐き捨てた。


「関係ないでしょ」


「関係……あるに決まってるだろ! 友だちじゃないか!」


 掴みかかろうとしたハルクは、刺すような視線に睨まれて、ぐっと動きを止めた。近寄るなという、強い拒絶。


「道楽でウォーカーやってるあんたたちに、なにが関係あるっていうの?」


 言葉をなくしたハルクにかわって、シオンは表向き平然とした顔で、マリアに言った。


「お前、新人大会には出るよな?」


「えぇ」


「じゃあ、今日の決着はそこでつけよう。お前が勝ったら、今回のことは水に流してやるよ」


「あんたが勝ったら?」


 興味なさそうに問うマリアを、シオンは鋭い目つきで睨んだ。


「俺たちを、たよれ」


 数秒間、両者は身じろぎ一つせず睨みあっていた。シオンはそれ以上、話すことなど何もないと言うように、ハルクの腕を引いてマリアに背を向けた。


 去り際、ハルクは後ろを向いて、泣きそうな顔で叫んだ。


「マリア……僕も、新人大会に出るよ! 君を守りたい……だから、君に勝つ!」


 マリアは何も言わなかった。ハルクは前を向いて、隣を歩くシオンとともに、固く奥歯を食い縛った。

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