第3話 レッドテイルファミリー-1



 ハルク・アルフォードは、胸騒ぎのままに駆け出した。新客の女性と、彼女の肩に手を回し奥へ消えていくウォーカーたちの背中を追って、酒場の凄まじい人混みに突入する。


 すみません、すみません、通ります。素早く繰り返しながら、卓越した洞察力と動体視力で酔っぱらいたちの隙間を見つけ、細い体をねじ込んでいく。


 すぐ後ろをシオンも追ってくるが、彼は新人ながら既にいくつかの武功を上げているため、同業者の間では名も売れて、人気がある。「おぉ、シオンじゃねぇか!」「飲んでんのかぁ刀使い!」「あっちで腕相撲大会やってるぞ、お前も出ろ!」と、あっという間にウォーカーたちに捕まってしまう。


「ちょっと、今急いでるんだって!」なんて言葉は酔っぱらいの耳に入るわけもなく、連行されていく親友を尻目に、ハルクは人混みを突破した。


 既に女性たちの姿はなかったが、この先に部屋はひとつしかない。ハルクは脱兎のごとく駆け出して廊下を走破し、突き当たった倉庫の扉を蹴破った。


 埃っぽい物置部屋に、暖色の光が射し込む。闇を奪われた男たちは、ギョッと顔を強ばらせてハルクの方を振り向いた。


 古いキャンプ用テントの上に、男たちに三人がかりで押し倒された格好の新客の女性は、ひどく着衣が乱れた姿ですすり泣いていた。剥き出しにされた胸元や太ももに、男たちの手が無遠慮に伸びているのに気づいたとき、ハルクの頭が熱を帯びた。


「なにッ……してるんだ、お前ら!!」


 当初こそ狼狽ろうばいした様子の三人も、相手が新人ウォーカーたったひとりと分かるや威勢を取り戻し、威嚇的な形相で声を荒げる。


「なんだお前」


「確か刀使いの腰巾着こしぎんちゃくだろ」


「センパイに向かって、その口のきき方はちょっとないなぁ?」


 取り合わず、ハルクは倉庫の中へ足を踏み入れると、ずんずん間合いを詰めて男たちの正面ににじり寄った。


「新客の、不安を取り除くのが……僕たちウォーカーの務めじゃないのか!」


  感情的に怒鳴るハルクに、ぷっ、とひとりが吹き出した。


「あのさ、このお姉さんは俺たちが救助したの。保護責任は俺たちにあるんだぜ。だから怖いこと全部忘れるぐらい、気持ちよくなってもらおうと思ったんだよ。異世界にいきなり飛ばされて、さぞ怖い思いしただろうからな」


 ハルクは奥歯を軋らせた。噂に聞く《新客狩り》ーーまさか本当に、そんなひどいことをする人間がいるなんて。


 精神的にも、立場的にも、新客は圧倒的な弱者だ。先客には絶対に逆らえない。保護してもらったウォーカーに対してなら、なおさらだ。


 それをいいことに、新客に無理やり乱暴を働く輩が少なからずいる。そんな噂は確かにあった。


「分かったら帰りな。それとも、お前も混ぜてほしいのか?」


 ポン、と、ハルクの左肩に男の手が乗った。


「クズ野郎」


 吐き捨て、払いのけた瞬間、悪童じみた笑みを浮かべた男の拳が、もう鼻先まで迫っていた。


 左肩に注意を向けた隙を狙われたか。一瞬肝を冷やしたものの――あれ、遅い。


 首を傾け、紙一重で拳を避けたハルクの体は、半ば本能的に動いた。伸びてきた男の太い腕を掴むやぐるりと体を回し、勢いを借りて背負い込む。


「ぉ……っ?」


 間抜けな声を上げた巨体は、背から木の床にしたたか叩きつけられた。床は派手な悲鳴を上げて破砕し、割れた床板の間に男がめり込み、呻く。


「なっ、てめぇ……!?」


 泡を食って残り二人がそれぞれ腰から得物を引き抜き、胴間声を上げるのを、ハルクは動揺混じりに見回した。


「ちょっと……壁内で武器を抜くのは規約違反……ですよ?」


 聞こえてすらいないのか、二人の曲刀サーベル使いは危うい目つきでジリジリ距離を詰めてくる。女性を巻き込まないように、ハルクもまた倉庫の奥へとゆっくり移動した。


 厄介なことになった。剣も盾も家に置いてきてしまっている。まさかこれほど話が通じない相手とは思わず、迂闊に踏みいってしまった。


 途方にくれかけながらも、男たちの向こうで震えながら横たわる女性と目が合ったので、ハルクはどうにかでき得る最大限の笑顔を贈った。

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