第2話 コトハ・ナツメ-3

 一同驚愕するなか、俺だけは、どこかこうなることを予想していたのかもしれない。


「私の家は、少々血生臭い歴史があって。古くは暗殺稼業を生業としておりました。今でこそただの剣道場ですが……うちは男児に恵まれなかったので、私が、伝わる全ての極意を継承しています」


 ハルが、俺に労るような視線を寄越す。俺は愕然とする体をしかりつけて、平然を装った。やはりーー俺の存在は、棗家の長男として生まれ、血反吐を吐く思いで剣を学んでいた棗詩音は、地球から痕跡さえ消えてしまったらしい。


「私の人生には、剣しかありません。学もなく、戦うこと以外の、全てが不得手です。この世界で、私が生きていくには、戦う職につくよりほか、思い浮かびません」


 コトハは、カンナと俺とハルを順に見つめて、頭を下げた。


「教えてください。どうすれば、うぉーかーになれますか」


「どうするんだ、シオン」と言わんばかりに、ハルが俺を見る。俺の答えは決まっていた。


「学園に入るといい」


 バッ、とコトハが顔を上げ、俺を強い目で見つめる。


「剣と、この世界を学ぶ学校だ。俺とこいつもそこを出た。新客なら学費を免除してもらえるし、教官の多くは退役したウォーカーだから」


 奇しくも、去年カンナが教えてくれた言葉をなぞるようになった。コトハは、黒い瞳に光を宿して身を乗り出した。


「詳しく、教えてください」


「これから一緒に暮らすカンナから聞くといいよ」


 コトハから視線を向けられて、カンナは苦笑ぎみである。


「私は、学校は出てないからなぁ。それにコトハちゃん、この仕事、すっごく危ないよ。何日も体を洗えなかったり、ご飯を食べられなかったり。あと普通に死ぬし」


 渋るも、言葉に力はない。カンナ自身が、わずか九歳のときにウォーカーになりたいと熱望したのだから、説得力などなくて当然だ。


「……ま、まぁ、学園に入ってみるだけなら、とりあえずいいんじゃないかな? ゆっくり考える時間はあるし、うん」


 ろくに説諭もできず折れてしまった。俺としては、コトハがウォーカーを目指すことについて、そう悲観ばかりしていない。彼女が強くなることは、彼女の命を守ることに繋がる。


「じゃあ、参考にもなるしさ、二人とも学校の話たくさん聞かせてよ」


 俺とハルは、顔を見合わせて色々なことを思い出しながら、授業のこと、ランク戦のこと、マリアやユーシスのこと、教官のこと……たくさん話した。特に、卒業試験については話せばキリがなくて、カンナもレンもコトハも、物語を聴くような顔で聞き入っていた。


 思えば濃密極まる一年間だった。どんなことも、今では全て懐かしく、思い出の一つになっている。


 話は尽きず、あっという間に時は流れ。誰からともなくお開きということになった。会計は払おうとするカンナとハルを突っぱねて俺がもった。コトハのぶんが無料になったので、支払えない額ではなかった。帰り際、見送ってくれた店主はコトハに対して「二度と来るな」と言わんばかりの笑顔だった。


 レンとコトハは、早速カンナの家に住まわせてもらえるようで、三人とは、帰り道の途中で別れた。


 俺とハルは、一度ギルドの酒場に寄ることにした。コトハを保護した報告が済んでいないためである。


 新客を救助したウォーカーは、しばらくの間、その新客に対して《保護責任》を課される。傷ついた心に寄り添い、受けられる援助の説明や、折を見て学園や仕事の案内をしたり、たとえば食事に連れていくことも仕事の一環だ。


 カンナが俺にステーキを奢ってくれたのも、ただの仕事だったということである。


 保護責任は軽くないが、救助した新客一人につき経験値などの報酬が与えられることもあり、申告漏れはほとんどない。それに、自らの手で助けた新客のその後が心配になるのは、どうにもならない人の情というものだ。


 ギルドの酒場は、遅い時間ということもあって、どこか危険な匂いがするほどの盛り上りだった。特に今日は歓迎祭。アカネを、一万人の新しい客人が訪れる日だ。


 かつてはそのほとんどが来訪と同時に食い殺されてしまっていたが、彼らがアカネに召喚される瞬間の正確な日時が計算され、情報と救命制度が行き届いた今では、ルミエールだけで毎年数名の保護実績が続いている。


 市民とウォーカーが狭い机に頭を突き合わせて、飲めや歌えやの大騒ぎ。新客も居合わせたが運の尽き、大勢の飲んだくれにあっという間に囲まれて、強引に輪の中に入れられる。


 その、ワールドカップで自国が優勝したかのような騒ぎっぷりに、新客も現実を忘れることだろう。


 俺たちも、知った顔に見つかって絡まれてはかなわない、と、手早く受け付けで用件を済ませた。


「……なんだか、今年は新客が多いような」


 いざ帰ろうというとき、酒場の人混みを見渡して、ハルが難しい顔で言った。新客はこの世界では極めて浮く服装をしているので一目でそうと分かるのだが、確かに、この酒場のなかだけでそれらしき人物が四人もいる。


 俺はレンとコトハの二人を保護したが、一人のウォーカーが複数の新客を保護すること自体、よくよく考えればかなり珍しいことだ。


「それだけたくさんの命が助かったってことだろ、めでたいじゃないか」


「そうだけど……誤差にしては大きすぎるよ。妹が君と続けて、同じ場所に寝ていたことも明らかに不自然、もっと言えば作為的だ。何か……大きなモノの意思を感じてならない」


「考えすぎじゃないか?」


「うん……ん?」


 ふと、ハルが訝しそうな顔で歩みを止めた。


 すがめた視線の先には、酒宴の輪から外れていく四人組の男女がいた。体つきのいい三人の男はウォーカーで、残りの一人、二十歳前後のすらりとした美女は、服装や不安げな表情から、一目で新客と分かった。


 彼らは酒で赤くなった顔を美女に近づけ、その背中に馴れ馴れしく手を回して廊下の奥へ消えていく。あの先は、たしか物置倉庫があるだけのはずだが……。


「シオン、先に帰ってて」


 ハルは素早くそう言うと、滅多に見せない怖い表情になって、彼らのあとを追って走り出した。

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