第2話 コトハ・ナツメ-2

「もちろん出るぞ」


 俺の返答に、カンナは満足そうに頷いた。


 新人大会とは、《白薔薇》に所属する新人ウォーカーの、頂点を決める格闘大会だ。優勝者には、多額の賞金や経験値が与えられる。


「僕はまだ、考え中で……」


「まだそんなこと言ってるのかよ」


「だって……仲間同士で戦うなんて、あんまり興味わかないしなぁ」


 もう本番を来月に控えているというのに、ハルの決断は煮えきらないままだ。


「出なよ、ハル君! ただ力を誇示する大会じゃなくて、国民に、自国の若いウォーカーたちの実力を披露する機会でもあるんだから。ハル君が活躍すれば、国の皆も、安心して生活できると思うよ」


「さすが三年前の優勝者は言うことが違うな」


「もう、からかわないでよ」


 カンナはむくれてステーキを頬張る。こいつは三年前の新人大会に彗星のごとく現れ、優勝と共に一躍その名を全国に轟かせた女だ。国やギルドからの信頼度が上がれば、そのぶん任される仕事も多くなる。カンナは今や、《白薔薇》の看板ウォーカーの一人と言っていい。


 この大会に優勝すれば、少しはカンナに近づくことができるはずだ。いずれ、カンナとパーティーを組んで同じクエストに挑むという夢を叶えるためにも、是が非でも優勝しなければならない。


「カンナさんが、そう言うなら……考えておきます」


「うん! レンちゃんとコトハちゃんも、一緒に応援に行こうね! 国中がお祭り騒ぎになって、楽しいんだよ」


「は、はい! あの……頑張ってください、シオンさん。私、応援してますから」


 隣のレンが、俺を見上げて小さな拳を握った。


「ありがとう。レンはすごいな、明るくて。今日この世界にきたばかりなのに」


「そ、そうですかね。ビックリしすぎて逆に、今、あまり頭が回ってなくて……でも、酒場でマーズさんがすごく色々教えてくださって、落ち着いたし……それに、その」


 ちら、と俺を上目に見つめて、慌ててそらす。鉄板の熱にあてられたか、顔が真っ赤だ。


「何かあっても……シオンさんが、守ってくださるらしいので」


「う、うん」


 そういえばそんなことを言ったなぁ。でも今はカンナが保護してくれることになったのだから、守る役目はカンナが……と思ってそちらを向けば、なにやらカンナはにやにやこちらを見ている。


「やっぱりレンちゃんはシオン君が保護したら?」


「はぁ? カンナまでなに言い出すんだよ」


「だってー」


 カンナは長い髪を耳にかけ、頬杖をついてレンを見つめた。その、年の差がたった一つだけとは思えない色気に、レンだけでなく俺まで赤面する。


「俺が保護できるわけないだろ。色々問題がある」


「わ、わたしはべつにっ、どちらでも……!」


 カンナは面白そうに俺たち二人を交互に見つめて、くすっと笑った。


「冗談冗談。でも、シオン君も出世したらもっと大きな家に住むでしょ? そのときは、一人二人ぐらいメイドさんがいてくれた方がいいと思うの。ウォーカーが、救助した新客を家事手伝いとして雇う例っていっぱいあるんだよ」


「そうなのか……でも、今のところハルがメイドみたいなもんだからなぁ、足りてるって言うか」


「おい、聞き捨てならない」


「朝起こしてくれて、三食作ってくれて、洗濯してくれて、風呂沸かしてくれて」


「嫁じゃん」


 カンナが呆れ顔で突っ込みをいれた。


「嫁っていうより母ちゃんかな。これからもよろしく、ママ」


「そうやってバカにするなら明日から起こしませんからね。ご飯もなし」


「待て待て、悪かった」


「……君たち、女子たちの間で変な噂が立ってるの知らないな? シオン君は早く自立しなさい!」


 ピシャリと叱られてぐうの音も出ず、俺は小さくなって苦虫を噛み潰した。


「二人で住めば色々と安く上がるからな……もちろん、ずっとこのままってわけじゃない。ハルは金を貯めて、やりたいことがあるらしいし」


「へえ、なんなの?」


 カンナに水を向けられて、ハルは照れ臭そうに頭をかきながら白状した。


「自分のお店を、出したくて」


「わぁ、素敵! なんのお店?」


「そ、その…………花屋です。変ですよね、男なのに」


 カンナはぱぁっと顔を輝かせて、ハルの両手を握った。俺はギョッと目を剥く。羨ましい!


「ぜんっっっぜん変じゃない! 素敵だよ!」


 隣のレンも「素敵です!」と同調した。ちなみにほとんどしゃべっていないコトハは、おびただしい量のステーキを一心不乱に食べ続けている。


「そ、そうかな。ただの花屋じゃなくて、カフェとセットになってるような……たとえば、選んでいただいた花をお席にけたり。帰り際、それを花束にして渡せたら……記念日とかにも、喜ばれるかなって思うんですけど」


「最高! ハル君、それ、すっごく人気出るよ!」


「ほ、本当ですか?」


 ハルはまんざらでもなさそうだ。好き好んで剣を握らないハルが、なぜ前向きにウォーカーをやっているかといえば、今はこの夢のためということになる。


 壁外を探索する際、ハルは新種の花を見つけては採取し、学園の研究室に持ち帰って栽培や品種改良に取り組んでいる。ウォーカーとしての格が上がれば、探索領域も広がり、それだけ新種に遭遇する確率も上がる。


 また、他国から花を仕入れるとなれば、ウォーカーという立場は太いパイプになる。


 ハルは料理もコーヒーも絶品だから、必ずいい店になると思う。


「じゃあ、やっぱりゆくゆくはシオン君も独り立ちしなきゃ。そのときは、レンちゃんをメイドに雇ったらどう?」


「ま、まぁ、考えとく」


 メイドに雇うなら、カンナがいいんだけどなぁ……なんて、死んでも口には出せなかった。


「そうなったらコトハちゃんは、ハル君のお店で働かせてもらったら?」


 カンナは、千グラムはあったステーキの山をついにその細い体に吸い込んでしまったコトハにそう話を振った。口元をナプキンで静かに拭き取っていたコトハは、目を開き、強い目力でハルを見つめた。


「……まかないは出ますか」


「そ、そうだなぁ。出す出す、もちろん出すよ」


「そうですか……」


 やや食いついたかに見えたが、次の瞬間、コトハは驚くべきことを言い出した。


「それよりも、私、皆さんと同じ……うぉーかーとやらになりたいのですが。どうすればなれるでしょうか」

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