第13話 最強のコンビ-1

 それからハルは、俺を置いて水と薬草を探しに外へ出て行った。彼が帰ってくるまでの間、俺はハルの身に何か起きやしないか気が気でなかった。


 結局、ハルは無事に戻ってきて、そればかりか水の豊富に湧き出る場所まで見つけ出してきた。ついでに柔らかい赤色の草を何度かに分けてこんもり運び込んで来て、即席の寝床を用意してくれた。


「気になって仕方がないんだけど、シオンはなんでこんなところに落ちちゃったの?」


 その寝床に重い体を横たえ、深く息を吐いたところで、ハルは控えめな声で聞いてきた。おそらく俺の回復を見計らって、これまで我慢していたのだろう。俺はハルに忌々しい事実を伝えた。ハルはひどく顔色を悪くして、口元を歪めた。


「ブラッド教官が、そんな……あの人は確かに地球人差別で有名だけど、まさか殺そうとまでしてくるなんて……待って! マリアは!? アイツと一緒にいるんじゃ……」


「分からない。けど、ブラッドが無差別に地球人を殺すようなサイコ野郎なら、とっくに犠牲者がごまんと出てるだろ。俺が狙われたのは個人的な恨みだと思う。ロイド教官もすぐ合流に走ったんだろ? 大丈夫さ、今頃俺たちを探してくれてるよ」


「そうかな……うん、そう信じるしかないね」


 ハルは小さく頷いた。


「これからのことだけど」


「あぁ、明日の朝には出発するか? 俺なら大丈夫だ」


「いや、僕らはここから動かない。よほど状況が悪くならない限り、潜伏だ」


 意見が分かれたときは大抵自分が折れてくれたハルだったが、今回ばかりは、黙って従えと言わんばかりの有無を言わさぬ口調だった。


「どうしてだ? 助けを待つなら、見つけてもらえそうな場所を探すべきだし、少しでもルミエールの近くにいるべきだろ。夫婦石の転がる方向に進めばルミエールに近づく。もしかしたら、自力で這い上がれる道が見つかるかもしれない」


「そう、夫婦石の片割れが僕らの手元にある。だから動かず待つんだよ。シオンが行方不明になったこと、もうギルドにまで伝わっているか分からないけど。捜索隊が組まれた暁には、学園で保管してる、この青石とペアの赤石を、必ず捜索隊に持たせるはずだ。僕らがどこにいようと最短距離で駆けつけてくれる。だから、危険を冒してまで動き回る必要はない」


 俺は完膚なきまでに納得してしまった。助けは必ず来る。ハルのあの力強い言葉は、何も俺を励ますための出まかせではなかった。一筋の希望が、俺の胸にぽうっと宿った。


 気が緩んだのだろうか。ぐぅぅ、と腹が盛大に音を立てた。俺とハルは一瞬固まった後、声を必死に押し殺しながら笑った。


「そういえば、朝から何も食べてないもんね。木の実も見つからなかったし。明日こそはお肉を食べさせてあげるから」


「無理すんな、肉なら俺が腐るほど採ってきてやる」


「君こそ無理するなよ。僕だってもう、覚悟は決めてるんだから」


 膨れつらで、包帯の巻かれた左手を、俺に見えるように掲げてみせる。


「分かってるよ。お前にばっかいいとこ見せられて悔しいだけだ。夜はウォーカーも動けない。助けが来るのは明日か、明後日か、それとももっと先になるか……とにかく、潜伏するにも水と食料だけは欠かせない。明日は朝一で狩りに出よう。……たぶんもうすぐ夜になる。まだ五時台だろうけど、交代で寝るか。腹減りすぎて死にそうだ」


「君の体内時計はいやに正確だからな……火の準備をしておかなくちゃ。《火撃ち石》は背嚢の中?」


「あぁ、あるはずだ」


 火撃ち石は、打ち鳴らすとくぼみからガスバーナー規模の火炎を数秒間放出する便利な石だ。これは夫婦石のような自然に出土したものではなく、煉素を蓄積する素材に煉術の命令式を組み込んだ、"煉器"と呼ばれる加工品。


 専門的なことは分からないが、モノに煉術を"覚えさせる"技術がどうやらあるみたいだ。引き金となるアクションを起こせば、対応する煉術が発動する。火撃ち石で言えば、強い衝撃を与えることがトリガーとなって、小さな炎を放出する煉術が行使できる。


 難点としては二つ。人間と違い煉器には脳がないので、一つのアクションに対して一つの煉術しか覚えさせられないこと。また、地球人が使う場合は煉素を操れないので、煉器が自然に周辺の煉素を蓄えるまでのチャージ時間を一度使うごとに待たなければならないことだ。


 ハルは前もって集めてきていたらしい木材を、採取用のナイフで割って中の乾いた部分だけを切り出していく。このフィールドは湿気が多いので、そのまま木を薪とするには水分を含み過ぎている。


「暗くなるまでに火を起こしておくから、先に寝なよ。一時間経ったら起こすからさ」


 正直、目を閉じればいつでも意識を飛ばせるぐらいだったので、俺はお言葉に甘えることにした。


「じゃあ……ちゃんと起こせよ……おやすみ……」


「うん、おやすみ」


 ハルの言葉さえ随分遠いところから聞こえた気がした。俺は息もしないくらい、深く眠った。

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