第2話 ギルド《白薔薇》-3

「で? 君はこれからどうするの」


 マーズに問われて、俺はなんと答えていいやら分からなかった。


「さあ……俺はこれからどうなるんでしょうか?」


「まぁ、生きる気があるんなら何かしらの仕事を探すことになるわね。働かざるもの食うべからずよ」


「なるほど……」


 得体の知れない世界で仕事探し。さすがにいきなり前向きな気持ちにはなれないが、元の世界に戻る手がかりも掴めない以上、しばらくは日銭を稼がねばなるまい。アルバイトの経験さえない俺に、いったいどんな仕事が務まるだろうか。


「ここで雇ってはくれないんですか?」


「酒場のウェイターにでもなるってこと? いいわね、君可愛いから人気出そう」


「いや、一応最終手段で……もし路頭に迷いそうになったら拾ってください」


「おっけー」


 俺は割と本気だったのだが、マーズはおどけてはぐらかしたかと思うと、悪戯っぽく吹き出した。


「ごめんごめん、そんな真剣に受け止められると思わなくて。裸同然で放り込まれた新客に、いきなり仕事探せなんて言うはずないでしょ」


「……え、どういう」


「ちゃんとあるのよ、新客を守る仕組みがね。アカネに召喚されてから満一年間は、国からの補助が受けられるわ。お金や宿だけじゃなくて、仕事も斡旋あっせんしてもらえるから、何も心配いらない」


 優しく微笑まれて思わず力が抜けた。脅しを間に受けた俺がよほど面白かったのか、猫でも愛でるようにマーズが頭を撫でてくる。油断ならない包容力に危うく屈服しそうになり、俺は慌てて飛び退すさった。


「あら、逃げなくてもいいのに」


「あんまり子供扱いしないでください……もう十四歳なんで」


「ぷっ! 完全に子供じゃない!」


 赤面を隠すように居住まいを正す。


「ともかく……そんな親切な制度があるなら一安心です」


「そりゃそうよ、"先客"と新客は助け合わなきゃ。今はもう色々安定してきてるけど、君たち新客を守る気概が先客になかったら、人類なんてとっくに滅んでるわ。君も来年の新客には、優しくしてあげてね」


 俺は妙に納得した。見ず知らずの俺に、カンナやマーズがこんなに優しくしてくれる理由。彼女たちだけではない。門番も、街の人々も、俺に対してみんな、すごく温かかった。


 ここにいる人たち、みんな、怖い思いをしてこの世界にやってきたときに、先客と呼ばれる人々に、優しくしてもらった恩を忘れていないのだ。この世界で生まれたナチュラルも含め、その気概は街中に浸透している。継承されてきたのは、知識や技術だけではなかったようだ。


 突然、背後で爆音のような大歓声が上がった。割れんばかりの拍手、口笛、喝采が響き渡り、何事かと振り返る。


「あら、帰ってきたみたい」


 マーズの言葉通り、開け放たれた門から、茜色の逆光を背に、今まさに大勢の人間が凱旋するところだった。


 その光景に、俺は目も心も奪われた。


 酒場に乗り込んできたのは、金属や獣の皮で拵えた鎧を身に纏い、純白のマントをなびかせ、めいめいが物々しい武器を帯びた、屈強な戦士たちであった。


 生傷の絶えない身体はまるで野生動物のような、異常な引き締まり方をしている。剣術修行の弊害か、俺は対峙した人間の力量がなんとなく分かってしまうのだが……誰一人として、全く太刀打ちできそうにない。


「お帰りー!」「待ってました!」「無事で何より!」「我らがウォーカー殿に、乾杯!」「うぉぉぉぉぉぉぉ!」――場内はとんでもない騒ぎである。戦士たちは人懐っこい笑顔で手を振ったり、知り合いの輪の中に入っていったりした。


 よく見れば、戦士たちに紛れて二人ほど、ひどく浮いた格好をした人間が所在なさげに立っていた。浮いた格好と言っても、俺にとっては彼らの服装の方がよほど馴染み深い。


 片やスポーツメーカーの上下ジャージ姿の男性。片や、泥で汚れた高そうなスーツを身につけた女性。国籍も性別も違うが、二人は共通して、ひどく狼狽ろうばいした顔をしていた。


 一目でわかる。彼らは俺と同じ、新客だ。


「君を含めて、三人か。今年もこれくらいかしらね」


「あの人たちは……」


「うん? 君と同じ新客よ」


「いや、そうじゃなくて」


 俺が鎧姿の男たちを手で示すと、マーズは意外そうに目を丸くした。


「あぁ。彼らはウチのギルドが誇る、冒険者ウォーカーたちよ」


 ウォーカー――その響きに、何故か強く、惹きつけられる。全身の血が、熱く踊って身体中を駆け巡るような。


「ウォーカーの仕事はたくさんあるけど、一番はやっぱり遠征えんせいね。街の外に出て、危険な場所にある資源を採ってきたり、有害なモンスターを討伐したり。今じゃ随分、殉職者じゅんしょくしゃも出なくなったわ」


 高く分厚い壁に守られたこの街から、外に、出る。考えただけでも身の竦む内容に言葉を失いながら、辛うじてその名を繰り返した。


「……ウォーカー」


「始まりは、集落に隠れ棲むのではなく、更なる資源や情報、そしてロマンを求めて、全くの未開であるアカネに向けて踏み出した、勇敢で酔狂な誰かさんの最初の一歩。地獄の世界を恐れず"歩む者"……それが、ウォーカーの由来よ」


 大きな足が、ダン、と力強い音を立てて草むらを踏みつけた。それは俺の脳裏によぎった空想に過ぎなかったが、背中に、ものすごい力で張り手を食らわされたような衝撃が走った。


 一歩。それに凄まじい勇気を要したことだろう。それでも、分かる。踏み出してしまった誰かの気持ちが。


「……俺も、ウォーカーになれますかね」


「え」


 目をパチクリして俺の顔を覗き込むマーズは、やっぱり俺のことを子供扱いしているに違いなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る