第89話 出発に向け




 ここはアストロラ国内、西部リーベラ州、ファラメルテ。

「イザック! そっちへ行きました!」

「オッケー!」

 ナヤの合図に合わせてイザックがマグネットシールドを打ち出す。見事命中し、機械獣ホイールスネイルは木に打ち付けられた。

 そこへナヤが縄型アーマーのグリップを投げつけ、電撃を食らわせて動きを止めた。殻にこもったまま高速で移動できるホイールスネイルは、こうやって動きを止めないと仕留められない。

 イザックが手動ドライバーで簡易的にバラし、ネジリウマに背負わせて運ぶ。この生活を初めて二週間。今日がだ。


「オスカーのやつ、ちゃんと来るかなあ」

 ネジリウマの足元で歩きながらイザック。乗っているナヤは「大丈夫ですよ」と迷いなく答えた。

「彼はそう簡単に約束を破ったりしません。ドグウを助けに行くほど意志の強い人間ですから」




 リラ、イザック、ナヤの三人は、ブベル塔での一件の後、ファラメルテの街に滞在していた。

 ブベル塔で旧ブルービースト幹部だった獣人、アッタ・ヴァルパから話を聞いた後、二週間の訓練期間を置き、黄金の獅子を狩りに行くことになっている。

 イザックとナヤの二人はひたすら機械獣ハンターとして腕を磨き、リラは霊術の修行をしていたが、オスカーだけは三人と離れ、シンシアさんに助力を求めに行った。そのオスカーも、もうこちらに向かっている。夜には四人が揃うはずだ。



 イザックの手に連合国の通貨、一万ギン札が二枚渡された。「どうもー」と手を振りながら、イザックはナヤと二人で取引所を後にした。

 アストロラが連合国内の自治王国になって変わった事は二つ。一つは取引所で渡されるお金が連合国の通貨になったこと。もう一つは、法改正と王室特権の廃止により、機械獣の部品をハンターが好きに持ち帰れるようになったこと。今、イザックの鞄にもホイールスネイルの部品がいくつか入っている。



「リラ、帰りましたよー」

 家に着き、玄関でナヤが声を上げると、奥から「おかえりー」とリラの返事。続けて、だっぱん! と水の音とリラの叫び声。


「あいつ、結局できるようにならなかったな……」

 イザックがつぶやいた。リラはこの二週間、水の霊術の修行をしているのだが、例によってうまくいっていなかった。

 師匠からは『風呂に水をはり、その水を持ち上げて形を変える』と修行の内容を指示されているのだが、水をまとめて持ち上げるだけで精いっぱい。それもせいぜい、高さ五センチ、時間は十秒程度だ。

 ズボンを水浸しにしたリラがどたどたと玄関まで走ってきた。


「お疲れ様ー。あれ手に入った?」


 イザックはリラにホイールスネイルの部品が入った鞄を差し出した。

「やった!!」

 頼んでいた部品を受け取ったリラ。喜々としてリビングへと走っていく。2LDKの小さな家は、二週間の間に機械獣の部品でいっぱいになっていた。

 それを足で押しのけ、またぎ、くぐってテーブルまで歩いてきたナヤとイザック。椅子に座るにも、乗っている部品を床に降ろさなければならない。


「ほら早く早く」

 先に座っていたリラがイザックをせかす。イザックはマグネットシールドの小手を取り外して渡した。ホイールスネイルの部品を使って出力を強化してくれることになっているのだ。

 リラは受け取ると早速ドライバーを手に取って小手をいじりはじめた。機械いじりが大好きなリラにとっては、久々に腕を振るえる息抜き、遊びのようなものだ。


 リラの作業が終わり、イザックとナヤが夕飯の支度をし終わる頃、オスカーも到着した。



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