第87話 ナヤとオスカーに必要なもの




 リラはオスカーの持っているカードを「見せて」と取り上げた。あのおすましシンシアさんが笑顔でオスカーに渡したカード。そして、にやけていた師匠と顔を赤くしたシンシアさん。カードの内容が気になる。書いてあったのは……


「連合国アイッツェンアワ州コーラド市、四の十二の……これ自宅の住所?! それに電話番号も!」

 リラはオスカーを肘で突いた。先ほどの師匠と同じく、ニヤニヤしながら聞く。

「びっくりだねー。オスカー、どうする?」

「どうするって……別にどうもしない」

 やはり困惑気味のオスカー。


「どうもしないの? シンシアさん、美人じゃない」

「俺のタイプじゃない。それに、そういう意味と決まったわけじゃ」

「こんなの、そういう意味に決まってるよ」

「……そうだとしても、俺は別に」





「残念だが」

 師匠がナヤに言った最初の言葉はこれだった。


「アルカズ・ローリーの娘を探すのはとても難しい」

「……それは、分かりますが……」

「こんな言い方をされると傷つくかもしれないが、お前はもうローリー家の人間ではなく、赤の他人。何の地位もない少女だ。少なくとも連合国政府がお前の証言を元に協力することはできない」


「お父様からの要請があったら、どうです?」

「もちろん、それがあれば連合国も何かしらの協力はするだろう。だが、お前の手柄はゼロになる。お前は、自分でアルカズ・ローリーの娘をポクル宮に連れて帰りたかったのだろう?」

 ナヤはむっと口を結び、顔をしかめて言った。

「私は、お父様に恩を売りたいんじゃありません!」


「……そうか。それなら……こういうことになる。よく聞け」

 師匠は一息置いてから、こんな話を始めた。

「お前は私にアルカズ・ローリーの娘が奴隷の中にいるかもしれない事をすでに教えた。当然私はアルカズにその事を伝えなければならないが、今回の紛争の後処理で非常に忙しい。後回しにせざるを得ないだろう。そして、話は変わるが、お前がもし機械獣ハンターとして、他の誰も手に入れられない機械獣の情報を手に入れられれば、連合国はそれと引き換えにお前に何かしてやれるかもしれない」


 ナヤはいまいち納得していない様子で眉をひそめていたが、師匠は話を終えるとすぐに立ち上がった。


「ドグウ。お前は私と一緒に来い」


 ドグウが立ち上がり、それに合わせてオスカーも立ち上がった。しかし、師匠はオスカーを手で制止。

「お前は来なくていい。ドグウだけだ」

「何? ……ドグウをどこに連れて行くんだ」


「奴隷は全員、この町に留まらせる。もう奴隷ではないが、麻薬を使用した疑いのある者は検査をして逮捕の上、更生プログラムを……」

 師匠はそう言いながらドグウの手を持って引っ張った。オスカーがその師匠の腕をつかむ。

「連合国の法律か? ドグウは、アストロラが連合国の自治王国になってからは吸ってないぞ」

 逮捕という言葉を聞き、オスカーは険しい表情で師匠を睨み付けた。だがもちろん、その程度で動じる師匠ではない。

「いずれにしろ、奴隷は一か所に集める事になっている。ドグウは連れて行く。手を放せ」

「それは俺のセリフだ」

 ボウッ! と音が鳴り、師匠の風の霊術によってオスカーが吹き飛ばされた。机を押しつぶすように倒れたオスカーは、なんと自分の剣を抜き、師匠に切りかかった。

「ドグウを放せ!」


 師匠が携えた革袋から水が飛び出し、瞬時にして凍り付いたかと思うと、オスカーの顔を打ち付けた。倒れるオスカーにイザックが駆け寄る。


「やめてください!」

 そう叫んだのはドグウ。続けてオスカーに語りかける。

「オスカー、僕は大丈夫だよ。殺されるわけじゃないし。……今までありがとう……いつか、またね」



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