第77話 総統ガル・ババとナヤ
ブベル塔上層にあるホール。ガル・ババによる出撃前最後の演説が始まっていた。
「今日! 今これから! 獣人の歴史が変わろうとしている! 今日こそ変革の日なのだ! 我々の闘いによって獣人達が人間の抑圧から解放される今日は、未来永劫語り継がれるだろう! そしてここに集まった戦士一人ひとりの名前とその闘いもだ! すなわち……」
ガル・ババの声や身振り手振りは普段より大きくなっている。聞いている獣人達がざわついているのだ。先ほどから何度か、小さく衝撃音が聴こえてきたり、ブベル塔が揺れたりしている。
「『ディエンビ』で爆撃を行うのだ! 首都に機械獣を放て! 獅子の亡霊を呼び寄せろ! 人間達に我ら獣人が受けてきた痛みを……」
ガル・ババの声がいよいよ大きくなり、獣人達の心もそちらに捕らわれようとした頃、ホールの扉が開いた。
「ほら行けぇっ!」
コエンがナヤとイザックを高く放り投げた。ナヤがイザックの手を取って滑空し、二人はホールの座席上空に吊るされた録音用マイクに足をかけて立った。
「ガル・ババ! 私が誰だか分かるでしょう?!」
ナヤが大声で言った。集まった獣人達はざわつきながらナヤとイザックを見上げる。
「あなたに聞きたいことがあります!」
ガル・ババは目を細めてナヤの顔を確認すると、返事をするでもなく捕まえろと命じるでもなく、なんとパチパチと拍手をささげた。
「みな、聞いてくれ」
再び演説を始めるガル・ババ。ナヤの突入は間違いなく予想外のはずだが、焦る様子は全くない。
「彼女は、我ら獣人の解放のため幼い頃から人間の家に潜り込み、辛酸を舐めてきた」
「違う!」
「その彼女も、今日こうしてここに馳せ参じ……」
「違う! 違う!!」
いくらナヤが怒鳴っても、マイクを使って喋るガル・ババの声にかき消されてしまう。ナヤはアーマーのグリップを投げ、マイクを打ち壊した。
聴衆の獣人達は一気に立ち上がり、ナヤに怒号を浴びせる。捕まえようと飛びあがってくる者もいたが、ガル・ババの「待て」という一言で全員静まった。
「争う必要はない。彼女は純血の獣人にして、この私の娘だ! 生まれてからローリー財閥の……」
「私はお前の娘じゃない!」
喉が張り裂けそうな勢いで声を上げるナヤ。言葉遣いにも強い怒りが滲んでいる。それを聞くガル・ババの表情も少しずつ険しくなってきた。
心配になったコエンが近づこうとすると、脇の扉が開いた。驚いて飛び退くコエンを気にも留めずガル・ババの元へと向かっていくのは、幹部『右爪』アッタ・ヴァルパだ。
ナヤの声がまたホールに響く。
「私の父は……アルカズ・ローリーだけだ! ガル・ババ、お前は私の父じゃない! 私はお前の身勝手な革命のための駒じゃない!」
ガル・ババは一気に怒りを爆発させ、演説台を投げつけてきた。イザックがナヤをかばうように抱きかかえたが、木製の演説台はマイクごとナヤとイザックを座席へと叩き落とした。
獣人達が驚いて場所を開ける中、走ってきたコエンが何とか二人をキャッチ。
ガル・ババは鋭い目つきで睨み付けながら、ナヤの方に歩いてくる。周りの獣人達も喉を鳴らしたり、獣型になって爪や角を鳴らしたりしている。ナヤとイザックはアーマーを構え、コエンも拳を構えた。
「総統! お待ちください!」
そこに飛び込んできたアッタ。ガル・ババに顔を近づけて耳打ちする。
「出撃を伸ばしてください」
「……何を言ってるんだ?! 今やらなければアストロラ政府は……」
ガル・ババも小声で返す。だがアッタは焦りからか、ガル・ババの言葉を遮って話し始めた。
「アルファ機械獣が全て獅子の亡霊に乗っ取られました。今、城下町で暴れています。公爵家の犬と連合国のスパイも潜り込んでいるようです。朝、レブが不審な気配を察知して海に向かたのですが……」
「ならレブに任せておけ! 足りなければお前が空組から何人か……」
「海では瀕死状態になった海組のメンバーが発見されました。レブは行方不明です。連合国のスパイに殺されたかもしれません。出撃を伸ばしてください!」
「ふざけるな! 今さら後戻りなどできるか!!」
ガル・ババはアッタを殴り飛ばし、獣型に姿を変えた。戦車の様な巨体を持ち、両腕の大きなハサミに空気の砲弾を撃つ強力な砲を備えた、『ツツヤシガニ』の獣人だ。
その砲がホールの壁に向き、空気の砲弾で一撃を食らわせた。壁は粉々に吹き飛び、外気がびゅうびゅうとホール内に入ってくる。
「続け!!」
ガル・ババはそう叫ぶと、自分が壁に開けた穴から外壁を登り、ディエンビへと向かって行った。それをホールに集まった獣人達の半数ほどが追っていく。だが、残りの獣人達は激しい動揺から、うろたえるばかりだ。
ナヤがイザックの手を引いた。
「イザック、私を壁の穴の近くへ投げてください!」
「分かった!」
ナヤは白いブロバルモモンガとなり、イザックに投げられて壁の穴の前へ降り立つと、再び人型に戻り、獣人達に呼びかけた。
「みなさん! どうか、私に少しだけ話をさせてください!」
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