第66話 明日に備える者達




 城下町の一角。人々が行き交う市場を一人で歩いている、小柄な少女。それはナヤだった。


「こんばんは」

 建物の陰で布を広げて座っている乞食の男性に、そう挨拶する。ナヤは二つ折りにした紙幣を手渡した。男性は黙って受け取り、代わりに一枚の紙を渡す。

「ありがとうございます」

 ナヤはお辞儀してその場を去った。



 ブルービーストに送り込まれた師匠の部下が送ってくれた情報により、オスカーとイザックがここで奴隷となっている事を知ったリラとナヤ。師匠に直談判し、シンシアさんの仕事を手伝う事を条件に潜水艦を使ってここまでやって来た。

 すでに到着してから一週間。城下町にいる乞食を利用し、この小さな紙きれを介して、先に送り込まれた師匠の部下から情報をもらっている。


 市場から離れて大きな通りに出たナヤ。大勢の奴隷が乗せられたトラックとすれ違った。ブベル塔拡張の建設現場へ連れて行くのだろう。


 イザックとオスカーも、奴隷として働いているはずだ。それに、もしかしたらも……。だが、ひょっとしたら、もう……。

 何としてもガル・ババから聞き出さなくては。




 城下町から少し離れた海沿いの崖へ。ナヤはそこから飛び降りた。すぐに白いブロバルモモンガへと姿を変え、潮風に乗って崖の岩の大きな裂け目へ。

 裂け目に入ってから人型に戻り、奥に見えてきた停泊中の潜水艦の扉を決まったテンポで三回叩く。


「おかえり。今日もお疲れ様」


 扉を開いてくれたシンシアさんにお辞儀して中に入る。リラも「お疲れ様」と肩を叩く。

「これが今日の分です」

 そう言ってナヤが小さな紙をシンシアさんに手渡す。シンシアさんはルーペを取り出してそれを覗き込む。



「ナヤ、本当に勇敢になったね。アカデミーとか南支部で怯えてた頃とは別人みたい」

 リラがそう言うとナヤは恥ずかしそうに笑いながらうなずいた。


 ブベル塔城下町には、ナヤ一人だけで行っている。もし万が一ブルービーストに目を付けられても、ガル・ババの血を引いている獣人のナヤなら安全なのだ。

 だが、以前のナヤならそれでも、一人でブルービースト本部の城下町を歩くなど、恐ろしくてとてもできなかっただろう。


「ポクル宮で、大事な弟のライトを背中で守りながら敵と対面した時、生まれ変わったような気がします」

 ナヤはそう言うと「実は……」とリラに少し申し訳なさそうな顔を見せた。


「それまでは、『リラなんかより絶対に私の方がリーダーとして上手くやれる』と思っていました。でも、ライトを守れるのは自分だけ、という状況に直面して……大切な人でも仲間でも、何かを背負って闘うというのは、私が考えていたような生易しい物ではないんだと気付いたんです。南支部にいた時も、リラは私が思っていたより苦労してただろうなって」


「うーん……」とリラも申し訳なさそうな顔になる。実際のところ、当時のリラはほとんど何も考えていなかったのだ。責任感無しで突っ走っていただけ。つくづく酷いリーダーだ。



 ことり、とシンシアさんがルーペを置いた。

「これから一気に事が動く」

「えっ」と顔を向けたリラとナヤ、特にナヤに、シンシアさんはにっこりと笑顔を見せた。


「明日、彼に会えるよ」




 *




「ブルービーストが『アストロラ首都に出撃する』?! マジかよ……」

 イザックが目を丸くして驚愕した。オスカーもドグウも同じく驚きの表情でヤーニンの話に耳を澄ませる。


「うん。私、お仕置きの時気絶したふりして、監視役のジョイスとコエンが話してるの聞いてたの。明日、飛行戦艦に『アルファ機械獣』っていうのを積み込んで、アストロラ首都に出撃するんだって。だから明日は朝から大忙しだって言ってたよ。ここの主任のイゲルマイトもかり出されるみたい」


「だから獣人のブルービーストメンバーはほとんど城下町にはいなくなり、たいしてやる気のない半獣人ばかりが残るということか。……絶好のチャンスだ」

 オスカーはそう言ってドグウの手を握った。

「ここを逃げ出して、新しい人生を歩めるぞ。まずは、両親に会いに行かないとな」

 ドグウは少し不安な表情を残しながらも「うん」と笑顔でうなずいた。


 イザックは「じゃあ……」と腕をこまねいた。

「まずジョイスとコエンの監視をどうやってかいくぐるかだな。あいつら一日中……」

「大丈夫!」

 そう言ってヤーニンがオーバーオールのポケットから小瓶を取り出した。

「これ睡眠薬。お仕置きの後医療テントで手当てしてもらう時にかっぱらったの。ジョイスとコエンがお喋りしながら飲んでたカップにたっぷり入れておいたから、二人とも明日はお昼くらいまで起きないと思うよ」


「優秀なコソ泥だな」

 そう言ってイザックは、今の話のに気付かないふりをして笑って見せた。

「明日、ここを出るぞ」




 *




 城下町から少し離れた山、木々の間にある小さな小屋の窓に、ナイトスワロウが飛び込んだ。椅子に座るタキシードの老人、バルトの肩にパタパタととまる。その後ろには、いつもの通り、リンナも立っている。


「ブベル塔の中には大型のアルファ機械獣が大量に並んでいるな。カンノンコングやバルカンバッファロー、キョウリンチョウにシングルスターパイソン……どうやらポクル宮からさらった研究員達に新型チェッカーを作らせることに成功したらしい。これは大変なことになりそうだ」


 バルトはそう言ってかけていた眼鏡を取り外し、ハンカチで拭いて、ポケットにしまい込んだ。背もたれに体を預け一息つくと、笑顔をリンナに向けた。


「面白いことに、街中でナヤ・ローリーさんを見つけたよ。愛しのイザック・ジバ君に会いに来たのかな? それともまさか、オスカー君を探して来たのかな? 彼女には、ポクル宮で助けてもらったからね。機会があれば恩返しをしないと」


 立ち上がり、ベッドへ向かうバルト。リンナが部屋の扉を開ける。


「今度こそ、黄金の獅子の生きた部品を手に入れないとね。ブベル塔は夜の警備が厳重だ。出撃準備で忙しくしている時の方が隙があるだろう。私達の仕事は、明日だ」


「シュエラ」とリンナが返事をし、部屋の扉を閉め、明かりを消した。



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