第67話 様子のおかしい海




 朝、霧が城下町と海を覆った。ここではそう珍しい事ではないが、ブベル塔の頂上、空中で停泊している巨大飛行戦艦『ディエンビ』の甲板の上で、霧が覆う海を眺めている女がいた。

 ブルービースト幹部『左爪』ダンガンサカマタの獣人、レブ・リモ。彼女が眉をひそめているのは、朝日の眩しさのせいではない。


 空からヤジリハヤブサが降り立った。すぐに人型になり、レブに「どうした」と声をかける。ブルービースト幹部『右爪』アッタ・ヴァルパだ。

「神妙な顔して。いつかみたいにまた揺れてるのか? 相棒」


「いや……」

「ならどうしたんだ。いよいよ出撃だぞ? ここから先は、お前は好きなだけ人間相手に暴れられるんだ。楽しみだろ?」

「ああ……」

 アッタはレブが見つめ続けている霧がかかった海を自分も眺めた。

「海がどうかしたのか? 俺にはいつも通りに見えるけどな」

「見た目はね。でも……何かおかしい」

「何がだ?」

「ここらの海は私のものだ。なのに……。誰かに乗っ取られたような、そんな感じがするんだよ。何となく」

「初めてか?」

「ああ。初めてだよ。こんなの」

「そうか。まあ、水組の半獣人にでも巡回を……」


 アッタが話している途中で、レブはトン、とディエンビの甲板を蹴り、数百メートル下の海へ飛び降りて行ってしまった。アッタはディエンビから下を覗き込むが、霧のため、レブの姿はあっという間にかすんでいった。


「……相変わらず繊細なやつだ」




 *




 先導するヤーニンが『オッケー』のサインをする。それを見てイザックとオスカー、ドグウが霧の中を走る。建設現場を抜け、城下町を静かに歩いている時だった。


 イザックがオスカーに親指で合図し、ヤーニンから隠れるように道の脇に飛び込んで走り出した。


「追って来てるか?」

 イザックがそう聞いて振り返る。オスカーとドグウも振り返って確認した。後ろには慌てて三人を追いかけてくるヤーニンの姿。


「ああ。追って来てる」



 三人は城下町を抜けて海岸へ出た。倒れた大きな石をイザックとオスカーが力を合わせてひっくり返す。


「ちょっと、何やってるの?!」

 追いついたヤーニンが握りこぶしを震わせながら言った。オスカーとイザックはヤーニンを無視して、石の下にあった穴から、隠してあった自分達のアーマーを取り出した。イザックのマグネットシールドとオスカーの剣だ。それを構えて、ヤーニンと向き合う。

「これさえ手にすりゃこっちのもんだ」

 イザックはそう言ってヤーニンを睨み付ける。



「お前、ブルービーストのメンバーだろ?」



「えっ……?」と眉をひそめてヤーニン。イザックは話を続ける。


「お前、昨日言ったよな。『お仕置きされた後医療テントで睡眠薬をかっぱらった』って。『ジョイスとコエンが飲んでたカップに睡眠薬を入れた』だって? 医療テントで手当てされたあと、二人のいる部屋に戻ったって事になる。まだ二人が起きてる部屋に、どうやって入るんだよ」


「あー、え? それは、色々……!」

「すっとぼけんな。分かってんだよ。お前のは、一つも偶然じゃない。曲芸師顔負けの身のこなしだよな。俺達ハンター相手でもなきゃ、誰もわざとだなんて気付かないだろうよ」


「わざとなんかじゃないって。だって、あの……とかもあるじゃん?」

 顔はニコニコ笑っているものの、明らかに焦っているヤーニン。言っている事もおかしくなってきた。

「別に、私は君達の敵じゃなくて、あの、誰かは言えないけど、待ち合わせ場所に連れて行ってあげようっていう事なんだよね。えーと、そこで私の仲間が待ってるから……」


「やっぱりな! 俺達をブルービーストが待ち伏せしてる場所に連れて行くつもりだったんだろ? そうはいかねえんだよ! じゃあな!!」

 そう言い残してイザックは走って逃げだした。オスカーとドグウもそれに続く。


「待って待って、待ってーーー!」

 後ろからヤーニンが追いかける。とんでもなく足が速く、あっという間に追いつかれてしまった。ヤーニンはイザックと並走しながら言う。


「ねえねえ、私と一緒に行った方がいいって! 私の仲間はなんだよ。だから安全だって!」

「その足の速さ、流石獣人だな! それか半獣人か?」

「私は人間だよ。ブルービーストじゃなくて私の仲間が……私の仲間っていうのはえーっと、私は君達の仲間だから、私の仲間は君達の仲間で、だからえーっと……!」

「うるせえんだよ!」

 イザックはヤーニンを突き飛ばして転ばせた。そのまま走り続ける。


「あーもーーーっ!」

 ヤーニンもすぐに立ち上がって追いかける。またすぐ追いついたが、今度はイザックではなく、ドグウをぐいっと担ぎ上げ、反対方向へ走り出した。城下町へ入っていく。


「な……! くっそ!!」

「マズいぞ!」

 イザックとオスカーも体を翻して追いかける。


「まさかドグウを担ぐとはな。あいつ、見た目より力がある」

「おいオスカー! ドグウとヤーニンって、何か金属持ってるか?」

「ドグウは持ってない。ヤーニンは分からない」

「ダメもとでやってみるか……」

 イザックはマグネットシールドの発生範囲を狭めて威力を強く設定すると、ヤーニンめがけて衝撃波のように打ち出した。

 ヤーニンは背中に何か隠していたらしく、マグネットシールドに押されて住居の壁に打ち当たった。

「ぶっはあ!!」


 倒れたヤーニンと転げ落ちるドグウ。今度はオスカーがドグウを担ぎ上げ、イザックと共に逃げ出した。



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