第63話 オスカーの使命




 建設現場で足場と一部の壁が大きく崩落した。砂煙の中、奴隷達が慌てふためいて大騒ぎをする。それを遠くから見つけたコエンは「あーあ」とこぼした。

「また派手にドジッたな……」

「いくよ」

 ジョイスがそう言って現場に向かう。コエンも後に続いた。



「ほら、道開けてー」

 群がる奴隷達をどかせてジョイスが、壁が崩れた現場へやってきた。倒れる奴隷達に目をやる。

「ケガは?」

 ジョイスがそう聞くと、奴隷のうちの一人が走ってきた。

「二人、足の骨を折ったらしい」

「あっそ。じゃああんたが……えーと、名前何だっけ?」

 ジョイスは手元のリストを確認する。

「オスカー・チクザか。あんたが医療テントに連れてってやんな。あと、そっちのあんたとあんた!」

 二人の男の奴隷を指でさし、やはりリストで確認しながら指示。

「えーと、イザック・ジバとドグウか。あんたらも手伝ってやんな」


「三人で足りるか?」とコエンが言った。ジョイスは「うーん」と考え、もう一人追加。

「じゃあそっちのあんた! ヤーニンだったな。手伝ってやんな」

 ヤーニンと呼ばれた赤毛の女の子は「はーい」と返事をしながら上の足場からぴょんと降りてくきた。四人で協力しながら、負傷した奴隷達を運んで行った。


「いやー、キツイもんだね。事故を繰り返しながら働き続けてさ」

「ホントだよな。こんな力仕事、獣人がやった方が安全だし時間もかからねえのに……」


 話しているジョイスとコエンを、後ろから大きな影が包んだ。ぎょっとして振り返った二人の前にいたのは、建設現場主任の獣人、イゲルマイト。

 イゲルマイトは問答無用でジョイスとコエンを殴り飛ばした。二人ともイゲルマイトの怪力で吹き飛んで壁に打ち当たる。


「この馬鹿野郎どもが! 半獣人の分際で、獣人に奴隷の仕事をさせようだと?」

 コエンが頭をさすりながら「別にそういうわけじゃ」と言いかけると、イゲルマイトはコエンをまたしても殴りつけた。

「言っただろうが! 半獣人が口答えするな!」


「大丈夫?」とコエンに手を貸そうとしたジョイスも、イゲルマイトは再び殴り飛ばした。


「お前も、いちいち奴隷の名前なんざ確認してんじゃねえ。つけあがるだろうが!」


 イゲルマイトは「能無しの半獣人が」と吐き捨てて現場から離れていった。姿が見えなくなると「チッ!」と舌打ちするコエン。

「あーもう! いつまでこんな生活続けんだよ俺達!」

 ジョイスはコエンと違い、冷静に言った。

「まあ、もう少しの辛抱だよ」




 *




 建設現場近くにある、奴隷達の食堂。出される食事は決まって、パン一つと、干し肉と野菜のスープ……というか、塩茹で。味は悪くないのだが、毎日朝昼晩三食これだけだと、さすがに楽しめなくなってくる。


 イザックはテーブルでスープを前に、深くため息をついた。

「オスカー、お前いつまでここにいるつもりなんだ?」

 オスカーはスープを口に運びながら答える。

「ドグウを連れて逃げるチャンスが見つかるまでだ」


 奴隷の男の子、ドグウは隣でスープをすすっている。

 年齢は十四か十五。背はそれほど高くなく、ブラウンの髪の毛に、気弱そうながらも整った顔立ち。そして印象的なのは、紫と黄色のオッドアイ。これは誰でも一度見たら忘れないだろう。


「僕は別に、逃げ出せなくたっていいよ。オスカーとイザックの二人だけで逃げられるならすぐに……」


 そう言うドグウの背中にオスカーが手を添える。

「お前を幸せにするのは、使なんだ。頼むからやらせてくれ」


 ドグウはハンターではなくただの奴隷であり、人並みの運動能力しか持っていない。彼を連れて逃げるには、何か獣人達が混乱するようなチャンスがなければ不可能だろう。


「おっ疲れーー!」


 元気いっぱいの声で三人の前にやって来たのは、先ほど負傷者の世話を手伝ってくれた奴隷仲間の少女、ヤーニン。歳はイザック達の一つ上の十八歳で、チリチリした赤毛にバンダナを巻いている。


「いやー今日は大変だったね。あんな事故起こったの三日ぶり? 二日ぶりかな?」

 ヤーニンはオーバーオールのポケットからスパイスか何かの小瓶を取り出し、スープに振りかけた。「えっ」とイザックが興味を示す。

「おいヤーニン、それ何だよ」

「唐辛子とかのブレンドスパイス。調理場からかっぱらってきたの」

「えぇっ」

 ドグウが肩をすくませる。

「ダメだよ、怒られるよ」

「大丈夫だって。ほらパッパッパ!」

 勝手に自分のスープにスパイスを振りかけられ、ドグウは「やめてよ」と手で振り払う。


 バタン! と食堂の扉が開いた。入って来たのは、主任の獣人イゲルマイト。何やら気に入らないことがあったらしく、険しい顔をしている。大方、奴隷を使って憂さ晴らししようとやってきたのだろう。

 奴隷達はみな、因縁をつけられないよう静まり返る。


 イゲルマイトはイザック達の近くに来ると、「ん?」と呟き、すんすんと臭いを嗅ぎ始めた。ヤーニンは自分のスープをスパイスの欠片も残さず飲み干すと、さっきスパイスを振りかけてしまったドグウのスープと交換した。


「何だぁ? この臭い……誰か何か……」

 イゲルマイトはスパイスが浮くヤーニンのスープを見つけ、後ろに立った。



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