第60話 国王エルキュルスの怒り
今回の事件の顛末はこうだった。
数日前、極秘裏にチェッカーを研究、製造していた研究所がブルービーストに襲われ、大型機械獣も手懐けることができるチェッカーがいくつか盗まれた。
アルカズは研究所の研究員と新型チェッカーの在庫を安全のためポクル宮に移動。しかし、ブルービーストに完全に読まれており、襲撃される。
リンナがポクル宮の一部を爆破して封鎖したため、新型チェッカーの在庫は無事だった。しかしチェッカーの研究を行っていた研究員は一人残らずさらわれてしまった。
「なるほど。結局ブルービーストは欲しかった物を手に入れたのか」
テーブルに集まった秘書さん、シンシアさん、リラ、ナヤが見守る中、師匠はそう言ってシンシアさんの報告ノートを閉じた。
「アルカズ・ローリーが施設と人材、資金を提供し、蛇と薔薇が国外の技術や情報を提供し、公爵が爵位特権によって手に入れた機械獣の部品を提供する。完璧だ。今まで誰も無し得なかった『機械獣を手懐ける装置』が開発できるわけだな」
「それぞれ、今後どう出るでしょうか?」と秘書さん。師匠は「うーん」と考え込んだ。
「まあ、研究員がさらわれたんだ。しばらく研究はできないだろう。それに今回の事件が公になれば、蛇と薔薇という裏社会との繋がりから、アルカズ・ローリーとウーゼンバルグ公爵は力を失うかもしれない」
「公にはならないと思います」
ナヤがそう言った。
「お父様は警察や軍の幹部にも、友人が大勢いますから。きれいさっぱりもみ消すでしょう」
「なるほど」と師匠。
「とにかく、ブルービーストに探りを入れるのが最優先だな。幸い、私の部下を潜り込ませる事には成功した。他にも何人かの部下がアストロラ国内で情報を集めている。それをすり合わせて考えると、恐らくブルービーストはこれからそう遠くない時期に本格的な戦争を始めるつもりだ。リラ、ナヤ、そうなったら人探しをしている余裕はなくなるぞ」
「え……」とリラとナヤは顔を見合わせる。だが師匠は「そこでだ」と話を続けた。
「ナヤ。しばらくここに留まり、私達にアストロラ国内の情報を提供してくれ。それと引き換えに、イザックとオスカーを私の部下に捜させよう。断言するが、二人を見つけるにはそれが一番早い。どうだ?」
ナヤは師匠を真っすぐ見て「はい」とうなずいた。
*
ローリー財閥の跡取りとして育ったナヤはアストロラ上流階級の事情に詳しいだろう、と読んでいたらしい師匠。その読みはバッチリ当たっていた。ナヤはここ数日、情報を提供するというより、相談に乗るというレベルで師匠に協力している。
「ナヤ、連合国政府はアストロラの軍関係者と接触を図ろうとしている。だがアストロラは長く鎖国をしてきた国で、パイプがない。このリストの中から、信用できるふさわしそうな人物を教えてくれ」
ナヤは師匠に渡されたリストを見て、一人ずつ解説していく。
「ベルラット元陸軍総帥は、現在は軍とも国軍省とも仲が悪いのでダメです。アロッソ軍事アナリストは、本人は軍幹部とのパイプを自慢してますが、口先だけの軍事オタクで何の力もありません。元軍人のアリス上院議員は表では威勢の良い物言いをしますが、党幹部に睨まれるのを常に恐れる臆病者ですから、秘密裏の交渉はできないでしょう。エディスト国軍省官僚は王室との距離が非常に近いので、情報を流されてしまいます。ドーラルマン元水上兵隊長……可もなく不可もなく、この中では一番マシですね」
「よし、決まりだ。次に、アストロラで最も力のあるメディアは何だ?」
「国営放送です。ただここは政府の言いなりです。他のテレビ局も新聞も、社長や会長はみな政府には逆らえません。ただ、ラジオは比較的自由で、政府も放送内容に口出ししません。ただ、影響力としては『噂話』レベルでしょうか。ラジオの報道内容は、みなそこまで信頼していません」
「ほらほら、その辺にして」
リラが鍋とパンを運んできた。手伝えるのはこれくらいしかない。
「美味しいスープ作りましたよ。お昼にしましょう」
テレビを見ながらお昼ご飯。見ているのは大統領による演説だ。今話しているのは、アストロラの連合国加入に関して。
ブルービーストのテロと、有効な手立てがない軍や警察の力を目の当たりにし、珍しい事に政府だけでなく議会においても与党と野党の双方、そして国民の圧倒的多数が、加入を支持している。
「今、国民の安全、国家の安全を守るためには、連合国加入が不可欠なのです。我が国の警察組織と軍のみでは、ブルービーストの駆逐には大きな犠牲を払わざるを得なくなるでしょう。しかし、連合国の……」
*
リラ達から遠く離れた場所で、同じく大統領の演説を聞いて激昂している人物がいた。アストロラ国王、エルキュルスだ。
国王エルキュルスはグラスを壁に叩きつけて怒鳴った。
「何というふざけたことを!! 我が国は、数百年に渡る鎖国の中、我ら王家の加護によって平和と繁栄を得てきたのだ! それを連合国などに尻尾を振って助けを求めるとは!! 我が……王家の誇りは……っ! くそ!!」
今度は皿を壁に叩きつける。その隣で「アヒヒ」と不気味に笑うのは、国王相談役のゾウマ・ファントム。
「全く、どこまでも陛下をコケにしてますねぇ。これは王家の誇りのためには何としても阻止しなければいけませんよぉ」
「阻止……可能なのか?」
「国際条約には陛下の調印が必要でしょう? それを拒否なさればよいのですよぉ」
「何?! 調印は確かに正式には必要だが、私がそれを拒否するなど許されるのか?」
「アヒヒ。何をおっしゃいますか。陛下が何かをなさる、なさらないのに、一体誰の許しなど必要なのですか?」
「し、しかし……現実には今の王家は……」
ゾウマがエルキュルスの肩に手を置いた。ゆらゆらと黒い煙の様な影が、エルキュルスを包んでいく。
「この国は、王家のもの。つまり陛下のものですよぉ? 陛下こそ、その存在、考え、行いを最も尊ばれるべき方なのです」
「そ、その通り……その通りだ……!」
「アヒヒ。そうですよぉ。調印の拒否と同時に、ワイに一発逆転の秘策がもう一つあります。リューマ隊長達にも働いてもらいましょう」
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